第30話 更なる進化

 続いて嫁二人の今日の成果発表。二人は昨日見せた通信用の魔道具を、さらに改良すると豪語していた。


「さて、私たちは昨日の魔道具を発展させて、声を届けられないかと思ったの」


「つまり携帯電話みたいなものか?」


「ケイタイデンワ?」


「うん、俺のいた世界ではそういう物があったんだ。それを使えば遠くにいる人とも話が出来るし、メールといって文章を送りあったりも出来たんだよ」


「うむ、完成版はまさにそれじゃな。しかしリクのいた世界はすごいのう。是非行ってみたいものじゃ」


「ああ、それも行き来できる方法があればいいんだけどな。それで上手くいったのか?」


 その言葉に二人が渋面を作る。それだけで望ましい結果が得られていないことは明らかだ。文字ではなく音声を届ける。それがこの世界において、大きな技術革新となることは間違いない。それ故に困難なのだろう。


「上手くいってるとは言えないわ。最初は声を魔力に変換して届けられないかと思ったんだけど、途中で霧散しちゃうの。それでリクに意見を聞きたくてね」


「俺なんかの意見が参考になるの?」


「リクは科学の知識があるじゃろう?じゃから妾たちとは、異なる視点で見られるはずじゃ」


「そういうことか。しかし電話か…」


 リクは眉間に皺を寄せて天井を見上げる。科学の知識があると言っても、せいぜい高校レベルまでの話であって、きちんとした仕組みや理論の説明は無理だ。せめて何かヒントになるものがないかと、記憶を探る。


「うーん、子供の頃の遊びで、糸電話っていうのがあったな」


「どうやってやるの?」


「仕組みは簡単だよ。糸の両端に紙のコップを取り付けるんだ。それで片方の紙のコップから声を出す。そうすると声で出来た振動が糸を伝わって、もう片方まで届いたらまた声に戻るんだ」


「振動か…それは使えるかもしれん」


「うん、送信側は声を振動に変換して、さらに魔力に変換する。受信側はその魔力を振動に変換して、声に変換する。やってみる価値はあるわね!」


「お役に立てたようで何よりだ」


 この夜の報告会はこれで終わり、三人でベッドに入る。相変わらず嫁二人が密着して寝息を立てている。疲れているが、なかなか眠れないリクは、魔道具の公表について考えを巡らす。

 どうやら自分のアドバイスによって、近いうちに通信用魔道具は完成しそうだ。

 しかし、この世界には特許の概念というがない。公表した場合は即座に解析されて模倣されるだろう。嫁二人は研究が好きなだけで、お金のためにやっているわけではない。なので公表するのも吝かではないだろう。

 だが、魔道具を開発して生計を立てている人たちには、切実な問題だろう。新しいものを作っても、すぐに模倣されるのでは開発のモチベーションに関わってくる。技術がなかなか発展しないのはそれも一因かもしれない。

 こういったシステムの導入を各国に提言するべきだろうか。フォータム共和国なんかでは流人がいるのだから、有ってもおかしくないと思うが。

 もう一つ気がかりなのは、自分が嫁二人に助言することで急激な技術革新が起こることだ。フォータム共和国は流人がいることで、色々と新しい技術は出て来ているようだが、そのスピードは緩やかだ。うちの嫁二人ほど優秀な人材がいないのか、あえて小出しにしているのかは分からない。

 そもそも技術革新自体はもちろん悪いことではない。しかし急激な変化はどこかに歪をもたらすだろう。それによって職を失う人が出てきたりすることだって、十分に考えられることだ。

 考えれば考えるほど、思考の沼にはまっていくような感覚に陥る。しかし自分がこの世界にどうやって関わっていくべきなのか、もう少し深く考えるべきかもしれないとリクは思った。


「あまり国なんてものに関わるつもりはないんだけど…フォータムの流人に接触するのも有りかもな…」


 そうすれば国の方針などが聞けるかもしれない。そこまで考えるとまぶたが重くなってきたので、睡魔に抗うことなく身を任せ意識を手放した。


 翌日以降もリクは反応強化魔法の練習、嫁二人は魔道具の研究をそれぞれ行う。

 ただ反応強化魔法の練習はその副作用を考慮して、一時間しかできないので相変わらず筋トレも行う。そしてこの日のリクはルーシーに協力してもらい、やってみたいことがあった。身体強化魔法の精度上昇訓練だ。


「このバーベルに重力魔法を使って、重くできないかな?」 


 バーベルには片側六〇キロずつのプレートが付いている。バーベル自体の重さと合わせて一四〇キロだ。これが今のリクがパラベンチプレスで身体強化魔法を使わずに挙げられる重量だった。

 パラベンチプレスとはパラリンピックで採用されているベンチプレスの方法で、足を伸ばした状態で行う。つまり純粋な上半身の筋力を測定できるといえる。そのため今回の実験には最適だとリクは考えた。


「問題ないが、何の意味があるのじゃ?」


 全く理解できないといった様子のルーシー。これは仕方あるまい。重量にロマンを求めるのは男性が多い。中にはそういった女性もいるが、少数派だろう。


「例えばこれを五倍の重さ、七〇〇キロにしたとする。そうするとそれを何とかあげられる強化度合いが五倍って言えるだろ?」


「別にそんなことをせんでも常に全開でいいのでは?」


「こ、今後力を入れすぎたらダメな場面とかあるかもしれないから。それに常に全開だと戦闘訓練が楽になりすぎるから良くないんだ!」


 ルーシーの的確な指摘に、しどろもどろになりながらリクが答える。実際、以前も常に全力でやると、勘が鈍るという弊害を感じていただけに間違ってはいない。だが本当の狙いはそこではない。


―だって十倍界〇拳!とか、徐々に戦力開放する強キャラごっこ的なものをやってみたいじゃん…―


「ふむ、まあ言いたいことは確かに分かる。ではやってみるとするか」


 ルーシーは少し考えるような素振りを見せるが了承する。なんだかんだ彼女はリクに甘い。一応意図を質問したものの、お願いをされて断るという選択肢は無い。加えて魔法オタクの彼女にとって、リクの魔力操作を間近で観察できるのは魅力的だった。


「ありがとうルーシー!」


 手を取って礼を言われると、ルーシーが頬を赤く染める。まっすぐな謝意を伝えられるのが恥ずかしいのではない。結婚してキスをするような関係になったというのに、未だに手を握るのが少し恥ずかしいのだ。リクはそんな様子の嫁に気づき、顔を赤らめ慌てて手を放す。

 それから二人は気を取り直して実験を開始する。


「う、うむ。それで最初は何キロにすればよいのだ?」


「そうだね。じゃあまずは二倍で二八〇キロにしてもらえるかな?」


「承知した。『重力付与』」


 ちなみにリクの家にあるラックとバーベルは最高高度の金属アダマンタイトが練りこまれており、一〇トンまでの重さに耐えることができる。もちろん特注で超高級品だ。

 我が家紹介で筋トレルームを案内し、嫁二人に自慢した時の呆れた顔は今でも忘れられない。


「ふっ!ちょっと軽いな…これくらいかな?」


 見事にぎりぎり一回上がるくらいに身体強化を調整するリク。それを見てルーシーは心底感心する。瞬時にここまでの調整が出来る者など、世界のどこを探してもいないだろう。


 これを繰り返して、リクは二倍、三倍、五倍、十倍、十五倍の強化度合いを習得していった。そして最終的に全力で強化した時には、約二十倍の力を出すことができると分かった。

 当然攻撃時には全身を連動させるのだから、威力は二十倍どころではない。ほぼすべての相手が一撃で倒されるのも頷ける話だ。


「おかげでいい研究ができたよ、ありがとう」


 リクはお礼を言うとルーシーを抱きしめてキスをする。彼女は一瞬驚いたように身を震わせたが、やがて力を抜いて身を委ねる。


「あー!様子を見に来たら何してるのよ!」


 タイミング悪くエルが様子を見に来たようだ。二人が驚いて体を放すと、エルがリクに抱き付く。


「もう!私にもしてよ」


 してと言われてするのは恥ずかしいと思うが仕方がない。嫌なわけではないのだから。リクは諦めてエルに軽くキスをする。エルは少し不満そうな顔で見上げている。さすがに二人きりでないと、さっきのようなことは無理だとリクは思う。

 そしてはたと気づく。考えてみれば結婚してからやった夫婦らしいことは、キスして添い寝したことだけ。そして最近はもっぱら各々の研究三昧。これではダメだ。結婚するときに誓った、愛情表現をしっかりするということに反してしまう。だが三人でいるとき愛情表現は、なかなか恥ずかしいものがある。


―それならば二人きりでデートとかすれば良いのでは?―


 そう思い立つと二人に向かって意を決して提案する。


「二人きりでデートしないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る