第38話 迷宮都市ラビュリントス
「見て見て!海が見える!」
スプール王国から乗合馬車を使って南下し、無事国境を越えてザマール公国へと入国した三人。リクは爵位を持っているので、入国の審査も非常にスムーズに進んだ。
行く先に新たな竜種がいると知り、楽しい新婚旅行&ダンジョン探索という訳にはいかなくなった、と思いきや三人は道中楽しく過ごしていた。こういう時のエルの存在は大きい。彼女は非常に頭が良く、今の状況が決して楽観できるようなものではないときちんと理解している。その上でオンとオフの切り替えを上手に行うことが出来る。
対してリクとルーシーは少し考えすぎるところがあり、ともすればネガティブ思考に陥りがちな側面を持っている。この二人を精神面で上手く引っ張ってくれるエルの存在は貴重だった。
「エルは海を見るの初めてか?」
海を見てはしゃぐエルを微笑ましく見ながらリクが声を掛ける。
「うん、スプール王国にも海があるけど、海水浴をするような水温じゃないから行ったことないわ」
「妾は海自体は見たことあるが、魔族領の海などスプール王国とは比較にならぬほどの極寒の海じゃ。泳ぐなど考えられぬ」
「そうか、じゃあ海水浴はザマール公国でしかしないんだな」
やがて乗合馬車から迷宮都市ラビュリントスが見えてくる。巨大な城壁に囲まれた都市だ。ラビュリントスは自治都市のような形をとっている。ザマール公国に所属して、戦争時には兵を出したりもする。しかし基本的にはラビュリントスの中ですべてが完結するような仕組みだ。
何故ラビュリントスがこういった形を取るようになったのか。それはひとえにダンジョンを持つからだ。それもそのはずで、ダンジョンには際限なくモンスターが湧いてきて、それを狩った冒険者たちが素材や魔石を売却する。まさに無限の資源が埋まっているようなものだ。
ザマール公国からしたら面白くない存在ではあるが、基本的には他国よりも優先的に―というよりもほぼ独占的に―取引が出来るので、今の形を承認している。ちなみに安値で買い叩いているわけでは無い。そんなことをせずとも、ラビュリントスから購入した資源を他国に輸出すれば大きな利益が得られるのだから、金づるを逃がすことの無いように飼っているつもりなのだ。
しかしラビュリントスからすればいつかザマール公国が武力で制圧するかもしれないという危惧があるのだろう。それが具現化したものが巨大な城壁ということだ。
城壁の北にある門から都市に入るための行列に並ぶ一行。かなりの人数が並んでおり、まだまだ時間がかかりそうだ。
「やっぱり現役の冒険者や冒険者志望、商人あたりが多そうだな」
「じゃろうな。冒険者からすれば、この街には一獲千金のチャンスが眠っているような物じゃ」
「そのために無理して死んじゃう人も多いんだろうね」
「まあ身の程を知らずに潜って行けばそうなるだろうね」
「リクはそういう冒険者たちをどう思うんじゃ?」
ルーシーがリクに質問してくる。それが危機に陥った冒険者を助けたりするのか、という確認だとリクは認識した。
「ああ、確かに方針はきちんと決めておいた方がいいね。基本的には他の冒険者には関与しない。さすがに目の前で死なれるのは寝覚めが悪いから助けるだろうけどね」
「難しいわよね。下手に手を出すと横取りだとか言われかねないし」
「うむ、では助けを求められたら助ける。ということでよいな?」
「ああ、問題ない。それで行こう」
二時間ほど行列に並び、日が傾きだしたころリクたちの順番になる。門衛から簡単な質問をされる。
「この街には何しに?」
「ダンジョンに潜りに来ました」
「…三人でかい?」
親切心からだろうリクたちを見て大丈夫かという様子で聞いてくる。それが分かるので特に三人も不快には思わない。そもそも自分たちの見た目がそれほど強そうとは思っていないので当然だと思っている。
「もう一つのパーティと一緒に潜るんで七人ですね」
「そうか、冒険者ギルドに登録している奴ならダンジョンに入れる。気を付けるんだぞ?死ぬ奴の大半は三回目までに死ぬ。命あっての物種、身の程を弁えて引くのも大事だぜ」
「ああ、ご忠告感謝するよ」
無事街の中に入った三人はファングとの待ち合わせ場所である宿屋へと向かう。到着日は伝えていたので宿の部屋も取ってくれているようだ。
彼らはAランクだけあって、精力的に活動する冒険者だ。当然このラビュリントスにも遠征で頻繁に足を運び、ダンジョンに潜っている。ダンジョンの到達階層というのは、冒険者たちにとって分かりやすい実績となるからだ。
「なあルーシー。魔族領のダンジョンもこういう感じなのか?」
「いや、あそこは魔族領の中でも特に厳しい極寒の環境じゃからな。冬は殆ど氷に閉ざされてしまう。周辺に住もうというやつなんぞおらんかったよ」
「へー、じゃあ行くなら夏ね」
やがて目的とする宿屋が見えてくる。外から見る限りは周りの建物に比べて、明らかに一ランク上といった感じだ。さすがはAランク冒険者御用達という所だろう。
【宿屋ラビュリントス】
「そのまんまだな…」
「…好意的に考えれば、街を代表する宿屋ということじゃろう」
「疲れたー、早く中に入ろう?」
あくまでマイペースなエルに促され中に入る三人。豪華とは言えないが必要十分といった感じだ。過度な装飾が無いのは、観光目的の人よりも一流の冒険者たちが使うからだろう。
「リクと言います。三人で部屋を取ってあると思うんですが」
「はい、ファングの方々から一部屋で伺っております。それでは宿帳にご記入をお願い致します」
―やっぱり一部屋なんだな…まあそりゃそうか―
言われるがままリクは宿帳に記入をする。今回の滞在期間は一週間の予定。一週間前に先行したファングが可能な限り潜り、リクたちがそこから合流して最下層を目指すというプランだ。
ダンジョンは便利なことに一度潜った階層までは転移できる。そして転移はそこまで潜ったパーティと同伴者の合計十人まで同時に行ける。これを利用するということだ。
部屋に荷物を置いてロビーでファングを待つ三人。エルがお腹が空いたと喚いている。
「おーいたいた、久しぶりだな!」
リクたちを見つけたファングのリーダー、ウィルが声を掛けてくる。その後ろにはラーク、アイリス、アキがいる。早速女性陣は再会を喜んで話をし始める。
「とりあえず飯にしようぜ!ここの宿屋は飯が上手いんだ」
三人も異存が無かったので、宿屋の一回に併設された食堂の席に着く。メニューを見るとラビュリントスが海に近いこともあり、魚介類のメニューが豊富だった。
「へー、やっぱり内陸部とは大分メニューが違うわね」
「うん、やっぱりここに来たら魚介類がおススメよ」
「とりあえず麦酒頼もうぜ!料理は俺らのおススメでいいか?」
「ああ、よく分からないしな。頼むよ」
やがて麦酒と簡単な料理が運ばれてくる。そして当たり前のようにウィルが乾杯の音頭を取る。
「とりあえずようこそ迷宮都市ラビュリントスへ。ダンジョン攻略を祈願して乾杯!」
「カンパーイ!」
ザマール公国は海水浴が一般的というだけあって、日中の気温は三〇度を超えている。乾ききった体中に麦酒が染み込み、筆舌に尽くしがたい美味しさだ。
魚介類もおススメのものと言うだけあって美味しかった。ブイヤベースのような料理に、塩焼きにムニエルやフライ、焼きハマグリのようなものまであった。しかしさすがに生食の習慣は無いようで、リクは少し残念だと思った。
「ところでどこまで潜れたんだ?」
「三十九階層までだな」
「え?それってかなりすごいんじゃないの?」
「そうね、最深部が五〇階層らしいからいいペースね。でも四〇階層のボスが倒せないのよ」
「ふむ、そのボスは何なのじゃ?」
「ミノタウロスよ」
「ああ、あれか…確かに有効な攻撃が出来ねば難しいじゃろうな」
「ふーん、ミノタウロスってどんな奴だっけ?」
「うむ、リクも戦ったことが有るぞ。まあ簡単に言えば牛の化け物じゃ。とにかく固いやつでのう。火力が足りんと倒せぬ」
「そうか…」
全く覚えていない様子のリクだったが、覚えてないから雑魚だったんだなとは言わなかった。これにはルーシーとエルも苦笑する。
「じゃあ明日はとりあえずファングだけでミノタウロス討伐が目標ね」
軽く言ってのけるエルにファングは困惑する。とにかく自分たちでは勝ち筋が見えないのだ。
「…どうやって?…全然ダメージ入ってなかったよ?」
エルからの思わぬ言葉に普段無口なアイリスも思わず疑問を呈する。
「それはとりあえず戦い方を見てみないと分からないわ。本当に四人が勝てないかどうかはその場で判断するから」
この言葉にファングの四人は驚愕し言葉を失うが、それも無理からぬことだ。彼らが全く歯が立たなかったミノタウロスなど自分たちの脅威になり得ない。なんならその場でお茶でもすすりながら、ゆっくり作成会議できると言っているようなものなのだから。リクの気遣いもぶち壊しである。
実際その通りでリクにかかれば一撃だし、エルとルーシーなら中級魔法でも当てれば十分ダメージを通せる。そしてミノタウロスの攻撃など彼女たちが本気で障壁を張れば一時間は持たせることが可能だ。
「改めてとんでもねえな…分かった、お前ら気合入れてやるぞ!」
腹を括ったウィルの言葉に三人は静かに頷く。リクたちに追いつくというあの日立てた誓いを果たすため、こんなところで躓くわけにはいかないのだ。
そうして迷宮都市ラビュリントス初日の夜は更けていった。
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