第28話 ベッドは?
三人は我が家に帰り、ふと思い出す。
「「「ベッド買ってない!!!」」」
思いのほか挨拶回りに時間がかかったのもあるが、一番の目的であったはずのベッドを忘れるなど、不覚としか言いようが無かった。
実のところ三人のなかで、一番広いベッドを買わねばと思っているのはリクだ。何せどんなに狭かろうが二人がくっついて寝るのだから、寝られる気がしない。尤も広くてもくっついてくるだろうがリクは気付かない。
リクがどうしたものかと頭を悩ませているとルーシーが画期的な提案をしてくる。
「ベッドを二つ並べて、マットレスを横にして二つ並べたらよいのではないか?」
その提案にリクは確かにと唸った。ベッドの大きさは九〇×一八〇、それを二つ並べれば確かに二倍の大きさになる。三人で寝るには広いとは言えないが、十分であると言えよう。そしてマットレスを横にすれば間に落ちる心配もない。
「それでいこう!!」
リクは身体強化魔法を活用して、一人でベッドを運びセッティングした。当初の思惑通り、なかなか広くて快適そうなベッドが出来上がった。嫁二人はそんな様子を見ながら、あることに気付く。
「ねぇ、どうせくっつくんだから、そんなに変わらないんじゃないかしら」
「確かにそうじゃな。考えてみれば広いベッドなどいらぬな」
「…バカな…」
リクはついにその事実に気付かされ、広いベッドの上で懊悩する。
だが狭いより広い方がいいに決まっている。自分にそう言い聞かせて、何とか立ち直る。
「ま、まあ、落ちる心配とか無くなるから」
「?ずっとくっついているから落ちないよ」
「うむ、そんな心配はいらぬな。昨日も問題なかった」
―…この嫁たち寝返りうたないの?まさかそれも魔法で何とかなるのか?―
まあ考えても仕方ないと思い、三人でベッドに入る。リクの右がエル、左がルーシーだ。今朝起きたときは脇腹のあたりだったが、今日は顔が真横にある。非常に近い。息がかかるほどの距離だ。
「ふむ。ベッドが広いおかげで、リクの顔が良く見えるのう」
「うん、確かにベッドは広い方が良かったわね。ありがとうリク」
「…は、はは。どういたしまして…」
―寝られる気がしない…!―
リクは二人に挟まれながら、しばし思考の海にダイブする。
思えばこの嫁二人は性的な知識はどれくらいあるのだろうか?自分はこの歳になっても経験がないとはいえ、元の世界にいたときは、そういったものは割と身近にあふれていた。だからそれなりには知っている。だが、自分がやるとなるとそれは別だ。どうしたらいいのか皆目見当がつかない。
そしてこの状況はどうなのだろうか?嫁が二人がいる。こんなパターンは知らない。だって向こうは一夫一妻制だったんだから当たり前だろう。そういえば物語なんかで何人かいる場合は、お声掛けをした一人を相手にそういうことを致すとかは読んだことが有る。
でも今は二人とも横にいるじゃん。その時点で違うじゃん…
そんなことを延々と考えていると、両頬に柔らかい感触が押し当てられ、思考の海から引き戻される。
考えるまでも無い二人に同時に頬にキスされたのだ。
「「おやすみ、リク」」
二人は純粋に添い寝がしたいだけで、自分ばかりそんなことを考えていたのかと思い、恥ずかしさに悶絶しそうになるが、気を取り直す。
「おやすみ、エル、ルーシー」
そう言って二人の唇にキスをして頭を撫でる。今はまだ自分たちはこれでいいのだろうと思い、気を落ち着かせるように目を閉じる。
―全然落ち着かない…―
それもそのはず、リクの両腕はそれぞれ二人の嫁に抱えられている。そんな風に抱えれば当然のごとく胸に接触するわけで、刺激が強すぎるのだ。
ルーシーは当然の事ながら今朝と同じベビードールを着ており、直接ではないにしろ胸の感触が腕に伝わってくる。
エルも今朝と同じ可愛らしいパジャマを着ている。ルーシーに比べれば大分控えめではあるが、やはり女性特有の柔らかい感触が伝わってくる。
俗にいう生殺し状態である。腕を抱えられれば、当然寝返りすら難しい。まだまだ新婚生活に慣れるのは、時間がかかりそうだと思うリクであった。
翌朝、いつの間にか寝ていたリクは、またしても濃厚なキスを朝から二人にされる。どうやら昨日やったのだからと、恒例にしようとしているようだ。普通こういうのは夜なのではと考えるが、まあ嫌ではないので指摘はしない。朝から大変なのはもう慣れるしかない。
今日も三人で朝食を準備する。エルの不器用さは相変わらずだが、根気強くやればなんとかなりそうだと、二人はほっと胸をなでおろす。
朝食後、今日の予定について話し合う。ザマール公国への遠征は、二週間後にバロンに依頼している物が仕上がってからなので、そこまでは特に予定がない。ファングの四人は一週間後には出発すると言っていたので、現地集合の予定だ。
「今日の予定なんだけど、結局ベッドはどうする?」
「今ので使えるのなら別に買わずとも好いのではないか?」
「賛成!別に要らないものを買う必要はないと思うわ」
「ん、分かった。そういえばすっかり忘れてたんだけど、前に言ってた新しい魔道具の開発ってどうなったの?」
家出前にも開発をしていたので、そろそろ形になっているのではと思い聞いてみる。
その質問を待っていましたとばかりに、二人が顔を見合わせて頷き小型の魔道具を取り出す。まるでコンパクトミラーのような形状をしている。
「ふふふ。まあ、百聞は一見に如かず。試してみるわね」
この世界って何故か同じことわざあるんだよなーと思いながら、二人の様子を眺める。エルが魔道具を開いて、ルーシーは閉じたままだ。どうやらエルが送信して、ルーシーが受信するらしい。
やがてエルが魔道具に魔力を流し込むと、ルーシー側の魔道具が少し光った。その後ルーシーが魔道具を開くと空中に文字が浮かび上がる。
【これは文字を送ったり受け取ったり出来る魔道具】
メールだけできる携帯のようなものかとリクが感心する。
「すごいね、さすが二人だよ。これが有れば滅茶苦茶便利だ」
リクの讃辞に、二人は胸を張って満足気な表情を見せる。その反応も無理もない。今まではギルドカードの技術が最先端だったのだ。それを僅か数日の間に大きく進化させたのだから、天才としか言いようがない。
エルとルーシーは本来魔法での戦闘よりも研究が好きだ。リクが二人を魔法オタクと言うだけあって、魔法への情熱は半端ではない。
エルはまだ十八歳ながら、独自の魔法理論を考え出しており、それによって詠唱の省略や、新しい発想の魔法の使い方を実践していた。
対するルーシーは一二〇歳超という年齢だけあって知識量が豊富だ。そしてその知識を生かしてきた確かな経験もある。その二つに裏付けられた理論は、現代魔法の極致と言える。
異なる長所を持つエルとルーシーが魔法談義をすれば、飛躍的な向上も何ら不思議な事ではない。
そんな二人を見て、リクは漠然と考えていたことを口にする。
「なあ、二人に相談なんだけど、身体強化魔法ってもっと改良できないかな?」
珍しいリクからの魔法トークに興味津々といった様子の二人は先を促す。
「改良?例えばどうやって?」
「こう、なんて言うかな。例えばパンチを打つときって言うのは、下半身から上半身へ関節を連動させて、力を増幅して打つんだよね。それに合わせて魔力を動かせば強い威力が出せるんじゃないかな?」
「ふむ、つまり特定の場所を魔力で強化して、力の流れに合わせてそれを移動させるという事か」
「そう、そういうこと」
「難しいわね。身体強化魔法の理論からは外れる話だと思うわ」
話を聞いていたエルが顎に手をあてながら、難しい顔をしている。だがその顔はどこか楽しそうな雰囲気も感じる。
「やっぱり無理かな?」
「早まらないで、既存の理論からは外れるというだけよ。今までの身体強化魔法とは違うアプローチで行けばいいんじゃないかしら?」
「ふむ、成程な。それなら妾に一つ考えがある。まずは既存の身体強化魔法は全身の細胞を活性化させる、ここまでは良いな?」
ルーシーの説明に二人は無言で首肯する。
「この時強化されるのは皮膚と筋肉、そして骨。この三つしかない。つまり反応速度を上げることは出来ないということだ」
ここまで聞いてエルがルーシーの言わんとすることに気付いたようで、あとを続ける。
「つまり体に命令を出す部分を強化すればいい、そういうことかしら?」
「うむ、少なくとも回避速度は上がるはずじゃ。攻撃を見てから体を動かすのにかかる時間が短くなるわけじゃからな。攻撃に関しては各部を動かす指令に魔力を乗せることになるのだから、より素早く連動することで威力を増すことが出来るかもしれん」
二人の説明を聞いてリクは考え込む。つまり脳と神経を強化し、電気信号を魔力で増幅するイメージだろうか。回避に関しては恐らくルーシーの言う通りだろう。但し攻撃に問題がある気がする。なんにせよ確かめてみないことには、どうにもならない。
「ありがとう二人とも。なんとなく向かう方向は分かった。ちょっと試してみるよ。と言うことで今日は自由行動にしよう」
「うん、役に立てて良かった。楽しかったし。また結果を聞かせてね?」
「妾も楽しかったぞ。やはり魔法談義は良いな」
身体強化魔法の概念にとらわれることを良しとしなかったエルと、それを聞いて瞬時に解決策を膨大な知識から引き出してくるルーシー。本当にいいコンビだとリクは思った。
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