第25話 挨拶回り
晴れて婚姻を結んだ三人。夕食を終え、今日は疲れたので早めに寝ようという話になる。
この世界での結婚は周りに宣言すればそれで片が付く。特に役所に届け出るというものではない。そもそも戸籍が無く、当然出生届や死亡届も無いので、人口どうやって把握してるんだろう、税金ってどうしてるんだろうとリクは思う。
深淵の森はともかく、各国に拠点を作る―今はまだフォータム共和国だけだが―のであれば、その辺りの確認もするべきかなーなどと考えていると、現実に引き戻される。
「今日は三人で寝ましょう」
「そうじゃな、リクを真ん中にして寝るとしよう」
すっかり口調が戻ったルーシー。あれでよかったのにと思ったが、まあ本人なりの拘りなのだろう。けれども呼び方は旦那様からリクに変わった。もしかしたら名前で呼びたかったけど、恥ずかしくて呼べなかったのだろうか。そして結婚したこのタイミングをチャンスと思い変えたと、可愛いやつめ。
―ダメだ、思考がそこらじゅうに飛んでいく…―
リクの思考が乱れるのも無理は無い。人生初の母親以外の女性との同衾、しかもいきなり二人という離れ業。
「ちょっと待った、今日はそれぞれの部屋で寝よう。みんな疲れてるだろ?さすがにこんな狭いベッドで三人では寝られないよ」
もっともな主張に二人はむぅ…と頬を膨らませる。なんとか乗り切れたようだ。しかしこれは今日しか通用しないであろう。恐らくこの後、ある提案がなされるだろうから。
「じゃあ明日は三人で寝ても十分な大きさのベッドを買いに行きましょう」
「そうじゃな、もはや我が家の寝室は一つで十分」
―やっぱりそうなるのか…って、え?一つでいいの?だって結婚したら当然夜の生活的なものが…もしや三人で?い、いや落ち着け。彼女たちは純粋に一緒に寝たいだけなのだろう。うん、それはその時に考えよう―
一人で懊悩し赤面していると二人からは怪訝な目で見られてしまう。とにかく今日は疲れた、気疲れがすごい。早く眠りたい。リクは心からそう思った。
「分かった、明日早速買いに行こう。それじゃあ二人ともおやすみ」
「うん、おやすみリク」「うむ、おやすみリク」
リクは二人にぎこちないキスをして、ベッドに倒れこむ。なぜか二人は自分に比べて自然に変化を受け入れているような気がする。自分だけが夢の新婚生活という甘美な言葉に酔って、身悶えしているような気分にすらなる。
実のところ二人も結構無理をしているのだが、自分の事で精一杯なリクに気付く術などなかった。
「とにかく早く慣れないと。ずっと同棲してきたんだからそんなに変わらないだろう。それにこれからはちゃんと好きだと伝えてあげないとな」
左薬指の指輪を見ながら決意を新たにしていると、いつの間にか寝入ってしまった。
翌朝少しの寝苦しさを感じて目を覚ますと、両脇にエルとルーシーがいた。狭い一人用のベッドをものともせずに、リクの脇腹にピタリとくっついて器用に寝ている。
「道理で聞き分けがいいと思ったんだよ…」
呆れたように独り言ちるが嬉しくない訳が無い。二人が自分の嫁だという実感が沸々と湧いてくる。そして二人の頭を撫でようとして目線を下に向けると気付いてしまう。
「…刺激が強すぎる」
エルは彼女らしい可愛いパジャマ姿ではあるが胸元が大きく開いており、目のやり場に困る。ルーシーはベビードール?という名称だっただろうか、ほぼ下着じゃんって格好でこれまた直視できない。
仕方ないのでとりあえず天井のシミ―そんなものは無いが―を数える様に視線を上に向けて、二人の頭を撫でる。早急に広いベッドが必要だと思うリクであったが、残念ながら例えベッドが広くともくっついて寝るのは変わらないということには考えが至らなかった。
「ん…あれ?リク、おはよう…」
頭を撫でられているのに気付いたルーシーが目を覚ます。スイッチが入っていないのか、いつもの尊大な雰囲気が鳴りを潜めている。まあこの可愛い雰囲気もいいものだとリクは思う。
まだ眠そうな目をしていたが、じっとこちらを見ていると思ったらいきなりキスをしてきた。しかもかなり濃厚なやつ。リクの頭は一気に真っ白になり、顔が真っ赤になる。やがてルーシーの意識がはっきりして自分のしていることに気付いたのか、勢いよく離れようとしてベッドから落ちてしまう。
「…いたた、お、おはよう」
「…ああ、おはよう」
目を逸らしたまま朝の挨拶をする二人の顔は耳まで真っ赤になっている。どちらも次の言葉を続けられず、二人で羞恥心に悶えていると、今度はエルが突然濃厚なキスをしてきた。どうやらバッチリ見ていたらしい。ルーシーは寝惚けていたが、今のエルははっきりと目が覚めている。リクはその度胸に驚くが、唇を離したその顔はやはり真っ赤になっていた。
「…おはよう、リク」
「うん、おはよう」
「「「………」」」
―き、気まずい。早く次の言葉を!!―
「じゃ、じゃあ朝ごはんの準備でもしようかな!」
「う、うむ妾も手伝おう」
「私も手伝う!」
二人が、えっ!と言う顔でエルを見るが本人はかなりやる気のようだ。結婚したのだから、いつまでも家事を出来ないのではダメだと思ったのだろう。そんな気持ちが分かるので二人も無碍には出来ない。
「分かった、少しづつやってみようか」
「うん、足を引っ張らないように頑張るから」
「うむ、妾たちが手取り足取り教えてやろう。これから時間はたっぷりあるしな」
「ふふ、ありがとうルーシー」
その日の朝食の準備にはいつもの倍以上の時間がかかってしまった。しかし三人で朝食を作る時間はとても得難い貴重な時間なので、これはこれで有効な時間の使い方と言えるだろうとリクは思った。
ちなみにエルの担当は食材を洗うことと切ることだったので、不揃いではあるが、なんとか無事に終えることが出来た。むしろ指を切らなかっただけでも十分過ぎるかもしれない。そして味の決定はリクとルーシーでやったので何の問題も無かった。
「とりあえずスジとしてスプール王国には結婚の報告はしておくべきかなと思う」
「そうね。一応私たちスプール王国民だしね」
「妾もそうなのか?」
「うーん、どうなんだろ?ルーシーはどうなりたいんだ?」
「そうじゃな、妾も二人と一緒がいいのう」
「分かった。まあスプール王国としてもデメリットは無いとおもう。もともと俺たちは大事の際には手を貸すんだ。それくらいは認めてくれるはずだよ」
そうして三人はスプール王国に向かい、王への謁見を願い出る。王国の守護者のような存在の三人の希望ということで、ほとんど待たされることなく謁見をすることが出来た。
「突然の拝謁となりまして申し訳ありません。この度、私は彼女たち二人を妻として迎えることとなりましたので、ご報告に上がりました」
「そうか、二人と婚姻を結んだか。おめでとう。ならばルーシーについても名誉子爵夫人として我が国が身分を保証しよう。報告は当然として、その為にも来たのであろう?」
王から願ってもない提案がなされて、三人は目を丸くする。
「…お見通しという訳ですね。ありがとうございます」
三人の結婚は祝福され、ルーシーもスプール王国民として認めてくれるという了承も得られた。スプール王国としてもルーシーを国民にしてしまいたいという思惑もあったので、双方にとって利があるものであった。こうして晴れて三人の婚姻は王国の公認となった。
ついでにスプール王国にも拠点を作っておこうという話になり、小さな部屋を借りることにした。フォータムではそれなりの大きさにしたものの、転移拠点以外でほぼ使うことが無い為、利便性だけ考えれば小さくてもいいだろうという結論になった。
「次はフォータム共和国に行こうか。ファングの四人もそろそろ帰ってきてるだろうし、ギルドの方にも報告しておきたいしね」
二人とも異存はないので、エルの魔法でフォータムの拠点に転移する。
まずは近場で目当ての人物がいるであろう冒険者ギルドを目指す。相変わらず腕を組んで歩いているが、リクにとって二人は今や正真正銘自分の嫁なので、周りの視線は全く気にならない。むしろ誇らしい気分にすらなる。
程なくしてギルドに到着すると、相変わらず受付でわたわたしているニアの姿が見える。忙しそうだったがギルドマスターへの面会を申し出ると、私も行きますと言って聞かなかったので一緒に行くことになる。
「おう、よく来たな、まあ座ってくれ…ニアは何してんだ?」
「私はお三方の担当者ですから!」
自信満々のニアを見て苦笑する三人と、頭を抱えるガウェイン。密かにリクとルーシーはエルの影響を受けているんじゃないか?と心配になる。
「ニアにも聞いてもらいたかったから構わないよ。実は俺たち正式に結婚したんだ。なので今日はその報告でね」
「おお、そうか。そりゃあ、めでたいな!」
「仕方ありませんね…お三方、おめでとうございます。リクさん!師匠を幸せにしてあげてください!」
素直に祝福してくれるガウェインと、良く分からないことを言い出すニア。リクは師匠ってエルの事だよなと思って嫁を横目で見やると、満足そうな顔でうんうんと頷いている。
「ありがとう。それでファングの四人にも会えればと思っているんだけど…」
「ああ、あいつらも帰ってきてるぜ。ベルファス火山の調査も無事に終わってな。問題なく採掘出来そうだ。既に国にも報告しといたから、近いうちに働き手がどんどん送られるだろうよ」
「良かったわね、リク!」
「うむ、あの温泉が入れなくなるのは惜しいからな」
嬉しそうな嫁二人の姿を見てリクは満足気に首肯する。
「話が逸れちまったな。ファングの四人なら昨日帰ってきたばかりだから、今日は休みのはずだぜ。連絡とってみようか?」
「ああ、お願いするよ」
「恐らく揃うのは時間がかかるぜ。先に回りたいとこ行ってくるといい。ちょっとくらい待たせても構わねえよ」
「分かった、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
そう言って三人はギルドを後にする。向かうはバロンの鍛冶屋だ。
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