第24話 プロポーズ ルーシー編
※最初はルーシー視点
「…もう二人は会えたかな?」
約束の日、既に12時を回っている。私は彼と彼女が会えたかを心配する。
とは言え私が心配するまでも無く、あの二人は大丈夫だろう。私なんかとは一緒に過ごした日々の長さが違う。婚約者になってからの時間は同じだが、その差は大きい。きっと幸せな家庭を築くのだろう。
願わくば私もその輪の中に入りたい。他の魔族から見れば、元魔王が殊勝な心掛けだと笑われるだろう。だけど私は知っている。その輪の中には自分からは入っていけない。彼に迎え入れてもらわなければならない。そうでなければなんの意味も持たない。
この短い同棲期間の間、私は彼をどんどん好きになった。彼は果たしてどうだろうか?好きか嫌いかで言えば好きと言ってくれるのは間違いないだろう。これは自惚れではないと思う。
だけど怖い。どうしようもなく怖い。腹を括ったつもりでも、この感情が消えることはついぞ無かった。まるで死刑宣告を待つ罪人のような気分だ。
きっとその感情は間違いではない。彼が来てくれなかったら、私はまた一人になってしまう。生きる意味を見出だすことなど出来ないと思う。それほどまでに私は彼を愛してしまった。彼と彼女と過ごすその時間を、心の底から愛しいものだと思ってしまった。
願わくば彼に私を見つけて欲しい。叶わぬのならば、せめてもう一目だけでも、私の愛しい彼を、家族を目に焼き付けよう。仮初のものだったとしても、私にとっての初めての家族を…
―――ここからリク視点―――
祝福してくれた方々にお礼を言って見送ると、エルが指輪を指しながら話しかけてくる。
「もちろんもう一つあるのよね?」
「ああ、俺たちは三人でいないとダメだろ?」
その言葉にエルの顔がパッと明るくなるが、すぐにその表情が少し曇ってしまう。そしておずおずと口を開く。
「…実はね、ルーシーから言われて私は今日ここに転移魔法で来ているの」
エルの言わんとしていることを理解して頷く。慌てる必要も驚く必要もない。元よりそのつもりだったのだから。
「ああ、俺もそのつもりでいる。一度のチャンスで十分だし、それをものにしないとダメだ。ルーシーも俺と同じことを考えているんだろ?」
「…うん、さすがリクだね。ちょっと妬いちゃうよ。さあ早いとこ行きましょ!行先は何処かしら?」
決意を込めた表情で行先を告げると、エルは目を見開いて驚く。
無理もない。エルはルーシーのことが好きだ。その仲の良い様子は本当の姉妹のようだと思う。だけど彼女ではきっとこの答えに辿り着くことは出来ないだろう。
そして少しの間、目を閉じて考えた後、決心したように口を開く。
「…分かった。リクが言うなら多分そうなんだと思う」
「ああ、ありがとう。じゃあルーシーのところへ行こう」
俺たちは無事ゲートを抜けて転移をすると、見知った光景が眼前に広がる。
ここは深淵の森、我が家だ。ひっそりとしていて人の気配はない。俺がゆっくりと我が家を見渡して外に出ると、エルも不安そうな顔でついてくる。
やがてウッドデッキにある椅子に座ると、誰もいない場所に向かって話しかける。
「ルーシーそこにいるんだろ?」
すると誰もいなかったはずの空間からルーシーが現れる。その眼には既に涙が浮かんでいる。
「…どう、して…」
「最初は俺たちが戦った場所だと思ってた。でもあれは魔王であってルーシーじゃない。そんな場所に思い出なんてあるはずない」
その言葉にルーシーは何も言わず肩を震わせている。その沈黙は紛れもなく肯定の意だ。
「俺にとってのルーシーはここに来てから楽しそうにしている君なんだ。そしてここは初めて魔王じゃなく、ルーシーという一人の女性と二人きりで話した場所だ」
遂に耐えることが出来なくなってルーシーは顔を覆って声を上げて泣き出す。少し離れた場所で見ているエルも涙を流している。
「…絶対分からないと思った。だけどもしここに来てくれたのなら、私はあなたの傍にいてもいいんだって心から思える、あなたの妻だと胸を張って言えると思ったの」
「…ああ、ルーシーは優しいからな。きっと俺の為だとか思って色々考えてくれたんだろ?」
ルーシーはそんなことないと頭を振って否定する。
「…本当は全部私の為。…あなたは優しいから、同情じゃなくて本当に私を見てくれているっていう確証が欲しかった」
「ああ、ずっと見てたよ。だからここに来た」
「…うん、そうだね。ありがとう」
心を落ち着かせるため、大きく息を吐いた後、ルーシーが俺の顔をしっかりと見据えて口を開く。
「私は魔族だよ?」
「知ってる」
「元魔王なんだよ?」
「それも知ってる」
決して目を逸らさない。彼女の背負っている物も、これから起こるかもしれない困難も全て受け止める。その覚悟はとっくに出来ている。そしてルーシーの手を取り、真っ直ぐにその目を見つめて語りかける。
「今この瞬間からはもう元魔王だからとか魔族だからとか、そういうことを言わないでくれ。思わないでくれ。そんなものは何も関係ないんだ。俺はもう君が傍にいない人生は考えられない。君を愛してる。俺と結婚してくれルーシー」
「…うん、ありがとう。私も愛してる」
どちらからともなく口付けをして抱き合う二人。ずっと不安だったのだろう。怖かったのだろう。彼女の体は小さく震えている。
そんな二人にいきなり衝撃が走る。ずっと黙っていたエルが我慢できずに二人に抱き着いてきたのだ。
「ズルいよ!私も混ぜて!」
「エル!あなたの番はもう終わったんでしょ?私の番なんだから大人しくしといてよ」
「ふふふ、そんなこと言っていいのかな?ルーシー気付いてる?ずっと口調変わってるよ?」
悪戯っぽい表情でルーシーにツッコむエル。
「え?あっ…」
耳まで真っ赤にしながら顔を覆って崩れ落ちるルーシー。
どうやら全く気付いていなかったらしい。やっぱりいつものあの口調は無理してたんだな。
「なあルーシー、エルにも言ったことなんだが聞いてくれるか?」
ルーシーは何も言わずに真っすぐにこちらを見つめて頷く。
「前にも言ったと思うけど、これから俺はこの世界で色々なところを旅をする。それで困ってる人がいるなら助けてあげたい。世界中の人を助けるなんて、そんな大それたことは出来ないけど、この手が届く範囲の人は守ってあげたい」
ルーシーは目を逸らすことなく、しっかりと俺の顔を見据えてくる。何を言いたいのか、既に分かっているのだろう。何よりそれは彼女自身も望むことなのだから。
「だから俺を助けてくれ。二人がいてくれれば、三人ならきっとどんなことも出来るはずだ」
その言葉を聞き終えるとルーシーは俺とエルの肩を抱いて目を閉じる。
―自分が愛する彼が、世界で一番強いとも思える彼が私を頼ってくれる。こんなの嬉しくないはずがない。この人の支えになりたい―
そして意思の籠った目を開き俺たちに声を掛ける。
「私からもお願い。私を助けて欲しい。エルもお願い」
「うん、もちろん!」
そして少し体を離すと俺はルーシーに向き直る。顔が熱くなっているのを感じる。我ながら今更なにを恥ずかしがることがあるのだろうと思うが、儀礼的な物は緊張するものだ。仕方ない。
「あー、ルーシー。実は渡したいものがあるんだ」
俺はそう言ってルーシーの前に跪くと、左手を取り薬指に指輪をはめてあげる。もちろん基本の意匠は同じで、魔石の色はルーシーの瞳と同じく赤だ。
「これは結婚指輪と言って俺の世界の風習だ。三人とも同じデザインにさせてもらった」
「綺麗…ありがとう。これで私たち本当の家族ね」
「ああ、よろしくルーシー、エル」「うん、よろしくね、二人とも」
三人の間に暖かな空気が流れる。三日前に離れ離れになってから、ずっと三人が望んでいたもの。これは今までのように仮初ではない。これからもずっと続いていくものだ。
「あともう一個だけ言わせて欲しい」
晴れて我が嫁となった二人が不思議そうな顔で見てくる。
「俺はこの世界にずっといるよ。だって二人がいるんだから」
この時の二人の表情はずっと忘れられないだろう。
こうして人生で一番緊張した日が無事に終わったのだった。
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