第23話 プロポーズ エル編
「リク!起きて!朝ごはんの準備始めるよ!」
俺を起こすのは見慣れた二人の嫁。一人は頬を膨らませ、一人は柔和な笑みで俺の顔を覗き込んでくる。すごく幸せな朝だ。ずっとこんな日が続けられるように彼女たちを大切にしよう。俺の一生を懸けて守り続けよう。
「……夢か」
運命の日、空はよく晴れ渡っていた。自分を後押ししてくれているようだと勝手に思っておく。こんな大事な日が大雨になっていれば気分は最悪だっただろう。だからきっと今日は上手く行く。
昨日は二人との思い出を思い返していたら、いつの間にか寝てしまっていた。
だがそのお陰で幸せな夢を見ることができた。きっとあれは予知夢なのだ。もう迷うことなんてない。きっと、いや絶対に二人はあの場所にいる。
「よし、出発するか」
足取りは軽い。緊張はもちろんしている。朝食もろくに喉を通らなかった。だけど今日はエルとルーシーに会える。その事が単純に嬉しい。
あまり待たせるのも悪いと思い、軽く走って―とは言っても常人の全力疾走並みのスピードで―街道を進む。目的地は王都だ。
出発から二時間ほど経過して早くも宿場町から王都までの中間地点に差し掛かっていた。この調子であれば昼には着くだろうと思っていたその時、悲鳴のような声がした。驚いて声の方向を見ると、かなり遠いが馬車が止まっている。恐らく盗賊か何かに襲われているのだろう。
「っ!助けないと」
全速力で馬車のもとに向かうと盗賊をあっという間に制圧する。御者は腕を切りつけられていたが、命には別状は無いようだ。こんな日に人死にを見るのは、さすがに縁起が悪すぎるのでほっとする。
念のために持っていたポーションで応急処置を施す。そして馬車の中を覗くと夫婦と十五歳くらいの女の子が蹲って乗っていた。
「賊は倒しましたので、もう大丈夫ですよ」
不安を与えないように努めて優しい口調で声をかける。
「あ、ありがとう。君はいったい…?」
「単なる通りすがりです。お気になさらず」
猛ダッシュでその場を離れる。護衛として乗ってくれとか、お礼をしたいとか言われて招待でもされたらたまらない。
ちなみに盗賊共は縛り上げて街道にぶん投げておいた。誰かが回収してくれると信じて。
途中魔物に襲われている人を五回ほど助けながら、ロスした時間を取り戻すべく全力疾走すると二時間弱でついに王都が見えてきた。疲れに因るものではない、緊張に因って早鐘を打つ心臓がうるさい。速度を落として深呼吸すると王都に向かって歩き出す。
やがて目的地である王都の門に到着してあたりを見渡す。あの日エルと離れた場所、ここにいるはずだ。
「…もしかして間違えた?」
そう思った瞬間、後ろから抱き着かれた。
「エ、エル?」
「…ありがとう。ちゃんと来てくれて」
驚かせようと思ったのか、どうやら魔法で姿を消していたらしい。少し文句を言いたくもなるが可愛さに免じて止めておいた。向き直って言葉をかける。
「やっぱり思い出の場所はここだよな…」
「うん…」
緊張しているせいか、エルの口数が少ない。なかなか会話を続けることが出来ない。
とりあえず俺は荷物袋から敷物を取り出して二人並んで座る。
「昨日の夜、エルに出会ってからのことを思い返してたんだ」
エルが真剣な面持ちで続きを促す。
「それで…いつからエルのことを好きだったのか考えてた」
「…!うん…」
初めて俺が言う明確な好きという言葉に驚き、エルの顔は真っ赤になっている。
「多分初めてエルの姿を見た時に一目惚れ…のような物をしたんだと思う。誰かに媚びたりすることなく、ひたすら自分の道を進むっていう意志のようなものを感じたんだ。俺には無いものを持っている子だって思った。自分よりも年下の女の子なのに、その意志の強さがどこから来るんだろうって不思議で仕方なかった。だからどうしてもエルと一緒に旅をしたいと思ったんだ」
初めて聞く俺の本音にエルは目を白黒させている。
「旅を始めたころは苦労したよ。なかなか心を開いてくれなくて」
「…それは当たり前でしょ。男と二人旅なんて」
「ふふ、そうだな。でも戦闘で連携がうまく出来る様になってきたら、心が通じてるようで嬉しかった」
「うん、私もそうだった」
会話が進むにつれて、俺たちの表情が柔らかくなってくる。段々といつもの調子を取り戻してきた。
「野営の時なんか、急に背中貸してとか言ってもたれかかってきたりしたよな」
「だ、だってあの時は適当な場所が無かったから」
「でも俺にとってはすごい嬉しかったんだよ。あー頼ってくれたって思って」
「そ、そっか…」
「うん、エルが強いことはこの世界で俺が一番よく知ってる。そんなエルに頼ってもらえるような存在になれたんだなって、そう思えたら誇らしく思えたよ」
「ズルい…私もリクに頼って欲しい」
エルは不満気に頬を膨らませているが、どうやら恥ずかしいらしく耳まで真っ赤にしている。
「…分かりにくくてごめんな。俺はずっとエルに頼っていたよ。どうしてもはっきり表現するのが苦手で、エルには寂しい思いをさせたって思ってる」
真剣な雰囲気を感じてエルが少し身をこわばらせる。
俺はエルの手を引いて立ち上がらせると、彼女の前に跪いて指輪を差し出す。
もちろん俺の左薬指にはめられた指輪と同じ意匠だ。唯一違うのは嵌められている魔石の色で、エルの瞳と同じで緑色をしていた。
「…俺の世界では結婚した証として左手の薬指にペアリングをするんだ。だからエルにはこれを付けて欲しい。俺の生涯をかけて君を愛する。君を守り抜く。だから俺と結婚して下さい!」
「…はい。よろしくお願いします」
エルの左薬指に指輪がはめてあげる。そしてぼろぼろと涙を流し抱きついてくるエル。自分が不甲斐ないばかりに、待たせ過ぎてしまったと申し訳無くなる。
「もっと早くこうするべきだった、ごめんな」
「ううん、リクは悪くない。私の方こそごめんなさい。こんなふうに試すような真似をしてしまって。でもありがとう、本当に嬉しい」
「うん、俺も嬉しいよ」
俺たちはどちらからともなく体を少し離し、見つめ合う。エルが目を瞑るとゆっくりと距離を近づける。そして二人の唇が重なり合い、しばしの静寂が訪れる。
するとどこからともなく拍手や囃し立てる声が聞こえる。驚いて周りを見ると、門の陰からこちらを伺っている人たちが見えた。
その数凡そ十人。俺がここまで来るのに助けた人達と、どさくさに紛れた門兵だ。二人とも緊張しすぎて全く周りが見えていなかったみたいだ。どれだけ時間が経っていたかも定かではなかった。
「リ、リク。知ってる人たち?」
「あー…ここに来るまでに街道で助けた人たちだね」
俺の言葉を聞いて、リクらしいねと言いながらエルが心底嬉しそうに笑っている。その顔からはほっとした感情が見て取れる。どうやら緊張も完全にどこかに行ったようだ。あの頃の凛とした雰囲気の彼女も素敵だが、花のような笑顔を見せる彼女はもっと魅力的だ。
「二人ともおめでとう。ごめんなさいね。覗いちゃって」
「お兄さん、さっきはありがとう。お姉さんを幸せにしてあげてね」
「うむ、男らしくてよかったよ!おめでとう」
馬車に乗っていた貴族の夫婦と娘さんが謝りながら祝福をしてくれる。それに続いて口々に祝福の声が俺たちに届けられる。
「おめでとう」
「おめでとう、若いっていいなぁ」
「幸せにしてやれよ!」
思いもよらぬ祝福に俺たちは耳まで真っ赤にして恐縮するが、もちろん悪い気はしない。
そして俺はエルの手を握って語り掛ける。
「なあエル、俺は難しいことは良く分からないけど、この先もずっとこうして目に映る人たちを助けたい。協力してくれるか?」
「ええ、もちろん!今までもそうだったでしょ?」
「ああ、そうだな。これからもよろしく頼むよ」
「ええ、ア・ナ・タ!」
おどけて言うエルは今まで見てきたどの表情よりも幸せそうで、素敵だった。
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