第22話 そのころファング

 リク達に見送られてフォータム共和国の首都ヘルプストを出発した冒険者パーティのファングは、翌日の昼過ぎ頃にトカナ村に到着していた。彼らの時にはタイミング良く行商に行く商人もいなかったので、徒歩での移動となり、無理せず一日野営をしての到着となった。


「ここがトカナ村か…まあ聞いてた通り寂れているな。確か村長さんに依頼されたってリクは言ってたよな?」


「ええ、最初に村長さんのお宅にお邪魔してから、火山に向かうのがいいでしょうね」


 最初に言葉を掛けたのは、このパーティのリーダーでムードメーカーのウィル。それに答えたのは、このパーティの司令塔アキだ。いかんせん他の二名、ラークとアイリスは基本的に口数が少ないので、必然的にパーティの会話は、この二人によって行われる。

 そもそもウィルとてムードメーカーと言えるような性格ではないのだが、このメンバー構成では自分がそういう役割をするしかないと思い、そのように振舞っていた。

 四人は農作業をしていた村人に村長の家の場所を聞き、他愛もない会話をしながら―もっとも会話をしているのはウィルとアキで、ラークとアイリスは相槌を打つくらいだが―向かう。


「初めまして、ヘルプストの冒険者ギルドからの派以来で派遣されてきましたウィルです」


「アキです」


「ラークです」


「…アイリスです」


 四人の自己紹介を受けてアルスはリクたちが約束を守ってくれたのだと思い、ほっと胸をなでおろす。


「トカナ村の村長をしているアルスじゃ。こんな遠くまでわざわざ来て頂いてすみませんな。要件はベルファス火山の坑道と付近の魔物の調査でよろしかったですかな?」


「はいそうです、リクからもよろしく言われています」


「おお、彼らに会われたんじゃな。彼らは本当にこの村の為に親身になってくれてのう。ここから火山へは歩いて五時間ほどはかかる。あんたらも今日は泊っていくといい、彼らも泊っていったしな」


「いいんですか?」


「構わんよ、無駄に広い家じゃ。部屋は腐るほどある。温泉もあるしな。特に彼の婚約者の二人は気に入ってくれたようじゃったわ」


 村長の言葉に女性陣が沸き立つ。もともと野営になるだろうと思っていたところだ。屋根のあるところで寝られるのは僥倖だし、先を急がなくてはならない理由も無い。それに女性陣の反応を見るに、ここで断ったら恐ろしいことになりそうだとウィルは考え、この申し出を了承した。

 この判断は正しかった。温泉は素晴らしいもので、あの三人が気に入ったのも良く分かる。何より女性陣が『肌すべすべー』とか言って喜んでいた。

 食事こそ質素な物であったが、きちんともてなそうという気持ちが伝わってくる。そんなあたたかい夜になった。


「ありがとうございました。周辺の魔物の調査もあるので、しばらくは坑道付近にいることになると思います。それでは行ってきます」


「ああ、気を付けてな。帰りにも報告がてら寄ってくれ。また泊って行くといい」


 四人は丁寧にお礼を言って村からベルファス火山へと出発する。魔物の調査もあるので索敵をしながら進むことになったが、魔物と遭遇するようなことが全くなかった。


「上級の魔物も下級の魔物も出てこないな?」


「そうね、彼らが分かる範囲で大分狩ったとか言ってたし…もしかして狩り尽くしたとか?」


「いやいや、さすがにここら一帯の魔物を狩り尽くすとかは…ないよな?」


「どうかしらね。魔素濃度が低くなってるのは確かなようだし、それに加えて彼らを見て逃げて行ったんじゃないかしら?」


 おそらく上級の魔物はリクたちに狩られたか、魔素濃度の低下により離れて行ったのだろう。そしてかつてこの辺りに生息していた低級の魔物は、上級の魔物に住処を追われたため数が少ないのだろうと四人は結論付けた。


 ウィルとアキが会話し、それをラークとアイリスが聞くといういつものスタイルで進んでいくと、一度の戦闘もなく廃村となった村に到着してしまった。

 四人はそこで小休止と簡単な拠点を作ったのち、ベルファス火山へと向かって進む。

 ここまで来るとさすがに魔物がいた。しかし上級ではない。下級か中級の下位といったところが関の山だ。A級の彼らにとっては脅威になり得ない。


「もうちょっと調査が必要だけど、どうやら上級の魔物はいなさそうね」


「ああ、これだけ索敵しながら進んでも遭遇しないんだ。いたとしても数匹だろう」


 魔法銀の採掘となれば、国家の一大プロジェクトになりうる。それならばそれなりの護衛もつけることが出来るというものだ。上級の魔物が僅かしかいないのであれば、対処は十分可能だろう。


「じゃあ坑道に入りましょうか」


「ああ、そうだな」


 アキが光球を作り出して、坑道を進んでいく。どうやら坑道の中にも魔物はいないようだ。

 やがて四人は開けた場所へと出る。その壁面には大量の魔法銀が露出しており、一瞬彼らはそちらに目を奪われたが、すぐにそこであったであろう戦闘の跡に気付き絶句する。

 所々地面が砕けているところもあったが、それよりも壁面の状態に驚く。火竜のブレスによって至る所の岩が溶けていた。それが超高温のブレスであることは想像に難くない。


「あいつら良く生きてたな…」


「ええ、恐らく火竜のブレスよね?こんなの防ぎようがないと思うんだけど…」


 もちろん彼らの実力を疑っていたわけでは無い。だが自分たちだって彼らに勝てるとは言わないが、食い下がれるという自信はあった。しかし苛烈な戦闘の跡は三人の強さを如実に表していた。自分たちとは強さの次元が違うと思った。

 Sランクなど称号のようなものでAランクと変わらない。彼らを含め、そう思う冒険者は少なくなかった。いや、ギルド職員だってそういう認識だろう。しかしSランクになるような実力を持つ者たちは、やはり別格なのだと、彼らは認識を新たにした。

 だがファングの四人は強かった。そこで心が折れるようなことなど無かった。

 自分たちより遥か格上の存在を認識した時の人の行動は、凡そ三種類に分けられる。諦めて別の道へ行く者。身の程を知り出来ることをしようと前だけ向く者。上に這い上がる道を探す者。


「俺はあいつらに追いつきたい。おまえらはどうする?」


 普段見せることの無い真剣な表情で決意を語るウィルに、無言で首肯する三人。

 彼らは這い上がろうとした。これが良い決断かどうかは分からない。その道は最も危険で、命を落とす確率が高いものなのだから。


「よし、それならあいつらとの縁は大事にしないとな。帰ったら早速飲みにでも誘って、稽古でもつけてもらう約束でもするかな」


「ああ、そうしよう」


 予想外のところから同意の言葉が返ってきて目を丸くするウィル。口を開いたのはラークだった。頷くのではなく言葉にしたということは、彼なりの強い決意の表れなのだろう。


「稽古するなら男女別がいいんじゃないかしら?近接主体と魔法主体で分かれられるしね。あと色々とお話しするのに、そのほうが都合のいいこともあるだろうしね。具体的にはあの三人の仲とか、ねアイリス?」


「…うん、私もそう思う」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるアキと、こちらも珍しく食い付き気味のアイリス。


「…ほどほどにしとけよ?」


 そんな二人の様子を見て呆れたような声を出すウィル。


「分かってるわよ。もちろん魔法の話も色々聞くつもりだしね。二人ともさすが大魔導士と賢者だけあって、常識の理論に囚われていないの。多分、私もアイリスもまだまだ強くなれるわ」


「…うん、二人の話面白かった」


「それにしても、あの三人さっさと結婚しちゃえばいいのに。お互いべた惚れなんだから…」


「…そういえばアキ、余計な事した、と思う」


「え?もしかしてあの『思い出の場所に来て』とかいうやつ?全然余計な事じゃないでしょ?進展するために必要な事よ」


「…多分そんな事しなくても、近いうちに決着はついた、と思う」


 珍しくアキに食って掛かるアイリスと、その様子に驚く男性陣二人。女性にとって他人の恋の話は絶好のネタと聞いたことが有るが、どうやらアイリスも例外ではないようだ。

 そんな事を考えていたウィルだが、ふと我に返ってアキを問いただす。


「ちょっと待て、アキなんかしたのか?」


「ええ、『一度家出でもして二人の思い出の場所に来て』ってやったらどうかしらって、アドバイスしてあげたの」


 エル以上、ルーシー未満の程よい大きさの胸を張ってアキが答える。アキは自身は恋愛経験がろくになく、それでいて他人の恋路には興味津々な恋に恋するタイプだった。それ故、アドバイスも夢見がちなものが多く、他の人にはあまり聞き入れてもらえない。

 だが今回は相手が悪かった。魔法一筋だったエルとルーシーもアキ同様やはり恋愛音痴であり、それをまともに受けてしまった。


「リクはちゃんと考えてるみたいだったぞ?タイミングを計っているというか、準備を進めてたんじゃないのかな…」


 ウィルの言葉にアキがしまったという表情を見せ、アイリスは嘆息する。


「…馬に蹴られても仕方ない」


「だ、だってそんな事分からないじゃない…」


「…自分のこともままならないのに、余計なことをするからそうなる」


「うう…」


 アイリスに口撃されてアキが涙目になっている。こんなことはパーティ結成後初めてかもしれない。そしてそんなアキを見ていたラークが口を開く。


「心配いらない。リクはやる男だ」


「…ラーク」


 普段無口なだけあってラークの言葉には妙な説得力がある。それによってほっとした表情を見せるアキ。


「まあ俺らがうだうだ言っても仕方ないわな。収まるところに収まるだろ」


「…うん、私もそれは心配していない。アキのアドバイスで結果が変わるとは思わない」


「そうね、あの三人なら大丈夫よね。帰ったら話を聞こうっと!」


 現金なアキに三人は苦笑する。


「さて、魔法銀持って帰っていいって言われてるけどどうする?」


「そうね、必要な分だけでいいわ。きっとあの三人も村の復興のために残したんでしょうしね。私たちが大量に持って帰るのは違うと思うわ」


 ウィルの問いかけに対してアキが答え、残りの二人はうんうんと頷いている。本来であれば持てる限り採掘して当然の場面だ。四人は依頼を受けた冒険者なのだから、これは正当な報酬だ。

 しかしこの場で大量に魔法銀を採掘してしまったのならば、三人との関係も悪化とはいかなくとも、良くは思われないだろう。そういった思惑もあっての判断だ。


「よし、じゃあ少し採取して一度拠点に戻るとするか」


 こうしてファングの四人は坑道付近の魔物の調査を三日ほど行い、ヘルプストへと戻って行った。もちろんトカナ村で温泉に入ってから。

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