第21話 前夜
※リクの視点です
エルとの思い出の場所に向かう途中、俺は目的地付近の宿場町で宿を取っていた。
「…一人きりの夜は寂しいもんだな」
ベッドの上に寝転びながら、考えるのは愛しい二人のこと。
明日で決着がつく。よくよく考えてみれば思いを伝えてもらってから一ヶ月以上返事をしていない事になる。これが逆の立場ならゾッとしない。
「全然気づいていなかったけど、それだけ二人に甘えてたってことか…」
もし上手くいったら、この先ずっと言葉でも態度でも二人に好きだと、愛していると伝えよう。今までの自分が至らなかったことはどうしようもないけれど、これからすることは変えられる。
俺は目を瞑って二人と初めて出会った時を思い出す。
「エルと出会ったのは俺のパーティ選考会だったな。常識外れの魔法ぶっ放して魔族じゃないかとかとか言われてたよな」
初めてエルと出会ったときの様子を思い出して苦笑する。
思えばあの時から特別な感情があったのかもしれない。それはまだ恋と呼べるような物ではなかったと思うが、確かに彼女の姿に目を奪われた。魔法の技量も確かに凄かったが、周りと馴れ合うことを良しとしない凛とした雰囲気に惹かれた。彼女と旅をしてみたいと思った。
「まあ我ながら無茶したよな」
当時の自分を思い返してまたも苦笑する。
あの時エルのあまりの技量に驚いた宮廷魔術師のエリックさんが彼女を連れていこうとしていた時、何とかしないとって思った。だから咄嗟に自分には魔族を見破ることができると嘘をついた。
まあ俺は召喚者なんだからそう言う能力が有ってもおかしくないだろう。そもそも魔族でも人族でも関係なかった。ただ彼女と、エルと旅をしたかったのだから。
尤も魔族かどうかなんて分からないとエルに言ったとき、彼女はひどく呆れた顔をしていたけれど。
そして王様から国を出ることを許され、王都から旅立つときにエルに見送ってもらったことを思い出す。
「あの時は驚いたな」
胸のペンダントにそっと触れる。
あのエルが自作のペンダントを自分につけてくれて、頬に口付けまでしたのだから驚くなと言う方が無理な話だ。
まあペンダントは発信器の役割を担っていたことが発覚し、彼女らしいとも思ったが。
そしてあの時はなぜか自分でもびっくりするほど自然に彼女を抱き締めることができた。異性へのハグなんて人生初だ。でも恥ずかしいという気持ちよりも、そうしたいという気持ちの方が強かった。
その頃は自覚をしていなかったが、一人で旅に出ることへの期待以上に、この世界に来て一番長い時間傍にいた、頼れる彼女と離れることが寂しかったのだろう。そしてそこには確かに恋心もあったのだと今では分かる。
「ルーシーと初めて会ったのは…魔族領に入ってすぐだったか」
当時の彼女はまさに魔王といった風格を纏っていた。いや、今考えると纏おうとしていたと言うべきか。
あの時の彼女と今まで一緒に暮らしてきた彼女は別人のようだ。もちろんどちらも本人だし刷り変わっているわけではないけれど、それほどまでに印象が違う。
いくら最初は敵同士だったとはいえ、こうまで変わるものだろうかと思う。
「曲がりなりにも彼女はあの時魔族の王だったんだ。自分を押し殺すのもやむを得ない、ということなのかな」
何となくだけど、あの頃の彼女が何故倒したものに忠誠を誓うなんて言い出したのか、最近では分かるようになってきた。
彼女は本来優しい人だ。相手がどんな種族であろうと困っているなら助けたいと考えており、時には非情さを求められる王の器ではない。
だけどその王に向かない性格を差し引いても、十分すぎるほどに彼女は強すぎた。
魔族は力が強いものが魔王になるというしきたりがあり、そして一度でも敗北したのならば魔王の座を追われると彼女は言っていた。
だから已む無く魔王となった彼女はさっさと負けてその座を降りようと考えた。しかし真面目な性格ゆえ、わざと負けることは自分を慕ってくれる者に対する裏切りという気持ちが拭い去れず、出来なかった。いつか全力の自分を打ち倒して解放してくれる者が現れる、そう信じて待つことが、唯一の望みだったというのが真相だろう。
「そう考えると俺はいつ終わるかも分からない望まぬ地位から彼女を解放した人、ということになるのか。忠誠を誓うというのも、それほどおかしくはない話なのかもな」
そこまで考えて俺はもう一度思い出の場所について考える。
エルについては間違いないと思う。二人にとって一番大切な思い出の場所といえばあの場所しかない。
ルーシーの方も一応の見当はついている。だけど確証が無いというか、少し違和感を感じている。
だけど一度だって間違えるわけにはいかない。そうなれば優しい彼女のことだから自分の元魔王という過去を気にして俺のために身を引きかねないと思う。
いくら俺が気にするなと言ったところで無駄だろう。だからこの問いには一度で正解を出さなくてはならない。これは不器用な俺にできる最初の二人への愛情表現なのだから。
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