第20話 エルの思い2

※エルの視点です


 彼の必死の説得により何とか私の疑いは晴れて二人で旅立つことになった。

 よくよく考えたら男と二人旅ってどうなのかしら?なんか下心とかあったらどうしよう。


「ところでどうやって説得したの?」


「ああ、俺には魔族が分かるんだって言ったら大丈夫だったよ」


「…本当にわかるの?」


「いや、全然」


 呆れた。なんて奴かしら。こんなのと二人旅とか本当に大丈夫かしら。

 私の心配は最高潮に達していたが、それでもこの機会を逃すのはもったいない。たとえ両親にバレたとしても、彼の要請だと言えば連れ戻されるようなことは無いはず。まあ寝る時は別々の部屋にすれば問題ないわよね。


 彼との旅は順調に進んでいく。確かに彼は魔力が少ないから魔法をバンバン撃って倒すという戦法は取れないが、それを補って余りあるほどの身体能力だ。

 話を聞くと、元居た世界でもかなり小さいころから格闘の練習をしていたとのことだった。よくよく見れば全身の筋肉は無駄がなく機能美と言って差し支えないものだ。

 一度野営の時に背中を貸してもらったが、そのしなやかさと密度に驚いたものだ。そして異世界から来た者には特別なスキルが与えられるらしく、彼の場合それが「魔力操作 極」だと言っていた。攻撃魔法のように体外に魔力を出すのは魔力量からして不得手だが、体内に循環させる身体強化魔法ならばそれはハンデにならない。

 私たちは例外なくこの魔法を使っているが、彼のそれは練度が桁違いだ。それに加えて普段から身体強化魔法を使わなくても十分生きていけるほどの身体能力。まさに一騎当千、勇者と呼ぶにふさわしい強さだ。

 いつしか私はそんな彼の助けになれる自分が誇らしくなった。多勢が相手の場合は彼が動き回って時間を稼ぎ、私が上級魔法で殲滅する。自分で言うのもなんだが、いいコンビだと思う。


 王都から旅立って約半年、襲い掛かる魔物どもを退け、やっと魔王の元まで辿り着いた。彼との旅もこれで終わりと思うと少し寂しい気もするけど全力を尽くそう。


「初めまして。俺はスプール王国で召喚された勇者リクだ。こっちは魔導士のエル」


「よくぞここまで来た、妾は魔王ルーシーじゃ…そっちの貧乳女はさがっておれ」


「…殺す。灰にしてやる」


 あいつ言ってはいけないことを言いやがった。ちょっと自分の方がスタイルがいいからって調子に乗って。ふと彼の顔を覗き見ると青ざめている。いつだったか酔っ払いが同じセリフを吐いたときに髪の毛を全て灰にしてやったのを覚えているんだろう。


「エル、ごめん、ちょっと抑えて。一騎打ちをご所望かい?」


 彼が魔王におどける様に尋ねる。問答無用で二人でやっつけちゃえばいいのにと思う。


「そうじゃ、正々堂々一騎打ちで妾を討ち果たせ。でなければ汝の望みは叶わぬぞ」


 あー面倒くさ、仕方ないから彼に任せるしかないか。どうやらあいつを王国に引き入れるにはそれしかなさそうだ。


「分かった、応じよう。エル、すまないけど障壁張って観戦してて。すぐ終わらせる」


 彼の言葉に私は頷く。あいつもバカな奴だと思う。見たところ相手は魔族なだけあって私より体術は出来そうだけど、魔法中心タイプ。彼とは絶望的に相性が悪い。私だって彼と一対一でやれば瞬殺される。彼は間違いなく一対一では世界最強だ。

 やがて戦闘が始まると魔王の表情がみるみるうちに変わる。当たり前だ、あれでは勝ち筋が見えるはずがない。私と同じように無詠唱の魔法ならば放つことは出来ているが、その程度の威力じゃあ彼を止めることなんてできない。

 彼の魔力操作の練度ならば体に沿って薄皮のように障壁を作ることなんて造作もないことだ。あの障壁を貫くには、魔王であっても詠唱が必要なんだろう。だがそんな暇はもちろん与えてもらえない。かと言って体術では天と地ほどの差がある。

 やがて彼の拳が魔王の右頬を強かに打ちつける。女性の顔にちょっとひどいと思ったけどスカッとしたのは秘密。まあ本気ではなさそうだったし、死にはしないだろう。

 彼は魔王の首から討伐の証であるアミュレットを取ると、私に申し訳なさそうな顔を見せる。ちょっと意地悪でもしてやろう。


「私の出番…」


 彼は仕方ないだろといった感じで手をひらひらさせる。


「…ぅう」


 魔王―ルーシーと言ったかしら?―はしばらく目を覚まさないだろうし、こんな魔物が沢山いるようなところで待つのも面倒だ。さっさと帰りたい。だけど彼にこれだけは言っておきたい。


「でもいくら魔王とはいえ女相手に思いっきり顔面にグーパンはどうかと思う」


「…た、戦っているときは余裕なかったから……」


 彼は私の目を見ずに答える。全く誤魔化すのが下手な人だ。


「まあいいわ。戦う時に名乗っているけど、念のため置手紙をして帰りましょうか。この魔王は約束を違えるような奴でもなさそうだし」


「ああ。それでは勇者様の凱旋といきますか」


 こうして彼と私の魔王討伐の旅は終わりを告げた。


 王都に戻ると王様との謁見で大魔導士という称号を貰ったり、凱旋パレードという心底恥ずかしいイベントをさせられたり、面倒な貴族向けの祝勝会などに参加させられた。まあ彼も一緒だったので我慢できた。

 さすがにエルという魔導士が勇者と一緒に旅に出たというのは王国中の噂になっていたので、私の身分は当然バレていた。そのため祝勝会には両親や二人の兄も来ていた。当然話しかけてきたけれど適当にあしらっておいた。

 王様から褒美を聞かれた私は魔法書と魔道具の閲覧許可をお願いし了承してもらった。これでより一層研究が捗ると思うと笑いが堪えられない。だけどその後の彼の一言で私の気分は一気に落ち込んでしまう。


―この国を出て世界を回りたい―


 それが彼の望んだ褒美だった。私の気分は最悪だ。でもなんでこんな気持ちになるんだろう?彼がずっと傍にいてくれる訳じゃないのは分かっていたのに…

 祝勝会の後、彼は私に言ってくれた。


「まあ旅をするっていっても拠点は持つつもりさ。いつでも遊びに来るといい」


 その言葉が堪らなく嬉しい。社交辞令なのかもしれないけど言質は取ったのだ。たとえ迷惑だと思われようと絶対会いに行く。そう決めた。


「分かった、絶対会いに行くね」


 私は彼に恋をしている。もう隠すことも気付かない振りも出来ない。


 三日後、とうとう彼が旅立つ日が来てしまった。また会えると分かっていても辛い。

 あの時恋心を自覚してからというもの意識してなかなかうまく話せなくなってしまった。もっと勇気を出して話をすればよかった、二人で出掛ければよかったと後悔してしまう。


「それじゃあ世話になったな。拠点が出来たら知らせるよ」


 彼のその言葉が私の心を少し軽くする。


「うん。リク、これあげる」


 私は彼の首に腕を回しペンダントを取り付け、そっと頬に口付けする。


「私が作った魔除けのペンダント。ちゃんと着けててね」


 恥ずかしい!顔が熱い!まるで頭が沸騰したみたいだ。彼は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれる。そして私をそっと抱き締めながら耳元で囁いてくれる。


「ああ、肌身放さず着けておくよ。ありがとう」


 私は彼の姿が見えなくなるまで何とか笑顔で見送った。やがて彼が見えなくなると、どうしても寂しくなってしまい涙が零れる。


「大丈夫、手は打ったんだ。絶対また会える」


 私は自分に言い聞かせて王都の中に戻る。


 彼が旅立って二カ月以上、私の機嫌は最悪だった。実家は相変わらず私を政略結婚の駒にしようとしてくるし―もっとも屋敷の三分の一を灰にして絶縁してやったからいいんだけど―彼は全然連絡寄こさないし!あの日のあれは何だったの?好きなのは私だけ?考えてきたらむかむかしてきた。

 そもそも私が送ったペンダントで居場所は分かってる。そして二カ月近く深淵の森の中心部をうろうろしているのも分かってる。もう我慢できない、会いに行ってやる。


「む、そこにいるのは貧乳女ではないか」


 聞き覚えのある声が聞こえたので声のした方を振り返って見るとあいつがいた。魔王だ。


「誰が貧乳女よ!ってアンタなんでこんな所に居るのよ?」


 話を聞くと魔王を引退してここに来たらしい。そして忠誠を誓うのは自分を倒した相手だと言っている。つまり彼のことだ。彼が元魔王と一つ屋根の下で暮らす?そんなの認められるわけがない。

 しかも伴侶を探すためにあんな事を言ったと言っている。彼と結婚するのは私、絶対に渡さない。そもそもあなた彼と一回しか会ってないじゃない。とにかく一人で行かせるわけにはいかない。王様に許可を取って二人で彼のもとへ向かうことにしよう。


 深淵の森に向かう私とルーシー。道中色々な話をして大分打ち解けることが出来た。どうやら色々苦労しており悪い奴ではないらしい。まあ戦った時からそれは感じていたけど。

 それにしても深淵の森に住むだなんてどういう神経しているの?まあ彼ほどの強さがあれば問題ないのかしら?

 そしていよいよ深淵の森に私たちは到着した。最初はいいペースで進めていたが、奥に向かうほど魔物の攻めは苛烈になる。彼は本当にここを一人で突破したの?改めてその強さに驚く。

 そしてルーシーの強さもやはり相当なものだと思う。魔法主体でありながら、しっかりと前衛の代わりを務めている。彼女が居なかったら私はここまで来れなかっただろう。私よりも強いのではと思ってしまう。

 悔しい。私は彼と一緒に戦える唯一の存在だと思っていたのに。私はもっと強くならないといけない。私は守られるだけの可憐な少女なんてごめんだ。私は唯一無二の大魔導士だ。私は彼に頼られたいんだ!その瞬間私の中で魔法のイメージが明確になる。あ、今なら出来る。


『炎槍乱舞』


 中級魔法の無詠唱。無数の炎の槍が放たれると魔物たちを穿ち、燃え上がる。


ってやばい森が燃えちゃう。


『水球』


 私が慌てているとルーシーがすかさず止めを刺しながら消火してくれる。本当に頼りになる。


「中級魔法の無詠唱、見事な物じゃな」


 驚いた表情でこちらを見るルーシー。彼女に褒められるのも悪くないと思える。特に魔法に関しては私より上手だ。ほぼ攻撃魔法一点特化の私と比べて、彼女はすべての魔法を万遍なく使える。でも無いもの強請りをしてもしょうがない。私は私にできることをやる。そうすればきっと彼の力になれる。

 魔物がもういないか確認しようと周りを見ると、見覚えのある顔が見えた。やっと会えた。嬉しい。


「あー、やっと見つけた!拠点決まったんならさっさと連絡しろバカヤロー」


 ついつい暴言が出てしまった。我ながら可愛くなれないと思うが仕方ない。これが私なのだ。


「私もリクと結婚するから問題ないわ。こないだ実家で縁談をしつこく迫られたときに、屋敷の三分の一ほどを灰にしたから大丈夫。お父様も諦めているわ」


 ついに言った。言ってしまった。恐る恐るリクの表情を見ると何とも言えない表情だった。嬉しいような、驚いているような、困惑しているような。まあいきなりの事だから仕方ないだろう。

 私の気持ちは伝えたんだ。これからありのままの私を見てもらおう。私の大好きなあの人に私が好きだと言わせてやろう。その為に私はここに来たんだから!


 そこまで思い出すと先程のルーシーとの会話を思い出す。


 彼女は元魔王だ。だから彼女は人族との婚姻など本来出来るはずがない立場だと思っている。

 だけど私はそんなの関係ないと思う。そしてこれが感情論だという事ももちろん分かっている。

 私は誰よりも彼女を深く知っている。どれほど彼が好きかも知っている。最初は彼女が彼と結婚するなんて嫌だと思った。だけど今は違う。きっと二人じゃダメだ。三人じゃないと私たちは幸せになんてなれない。私と彼女の間に違いなんてない。この想いの前に魔族と人族の違いなんて意味を成さない。なのに彼女はこんなにも苦しんでいる。私には彼女を救うことは出来ない。救えるのは唯一人だけ。その唯一人を思い浮かべて、思わず呟く。


「お願いリク、必ずを見つけて」

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