第19話 エルの思い1
※エルの視点です
私たちを探すため、我が家を飛び出していく彼を見送ると、私はここに来るまでの事を思い出す。
ラザフォード家、スプール王国のしがない地方貴族だ。爵位は子爵。
私の両親は私を出世の道具としか見ていない。
くだらない貴族の権力争い。なにが楽しくてそんなことをしているのか?贅沢をしなくても生きていけるのに、なぜ偉くなろうとするのだろう?
貴族は領地の民を守らなければならないと言われている。だけど実際戦争が起きたときにウチの父親や兄が戦うのかと言えばはなはだ疑問だ。熱心に権力を強めようとするが、実際に剣を振っているのを見たことなど皆無だ。真っ先に逃げ出すのではないかと内心思っている。
来る日も来る日も私は貴族としての振る舞いを身に付けるためにひたすら時間を費やす。
そんな私にとって唯一の救いが魔法の勉強だ。私はどっかの貴族にコネの為に嫁ぐなんて真っ平ごめんだ。そのうち家出をして冒険者として生きていこう。そのためには力がいる。十歳で魔法を教えてくれないのならば部屋から出ないと駄々をこね、家庭教師を付けてもらった。どうやら元宮廷魔術師らしい。元宮廷魔術師がこんな田舎で何をやっているのかと思ったが、ずっと田舎で暮らしたいと思っていたとのことだった。魔法より楽しいことなんてないと思うけど、人それぞれなのかしら?学び始めて分かったことだが、幸いにも私の魔力は多いようだし、才能も有るらしい。
一年ほど家庭教師から学ぶと、これ以上教えることは無いと言われた。両親はもう魔法はいいんじゃないかと言ってきたが、とんでもない。おそらくあの両親がまた余計なことを先生に吹き込んだのだろう。でも魔法の学び方や基礎理論はこの一年で分かった。あとはそれを発展させていくだけだ。もう教えてもらわなくても私一人でやってやる。
それから五年の歳月が過ぎた。十六歳になり私の魔法の実力は多くの者が知るところとなっていた。ある日、中央貴族の一人息子が私を一目見て気に入ったと言っていると聞いた。まあ見る目はある様だが、はっきり言ってお断りだ。当たり前の話だが両親はそれが気に入らなかったらしい。二人からはさんざん貴族の令嬢に魔法の腕など不要だ。もっとお淑やかになれ、家の為になるように振舞えと言われた。そんな言葉は私には一切届かない。
それからさらに一年が経ち、私は攻撃魔法に関しては自分でも相当なものになったと思う。だけど私は何故か回復魔法や支援魔法が苦手だ。自分でも性格が攻撃的だと思っているので、もしかしたらそれが原因なのではないかと考えている。魔法適性と性格の関係について。うん、これは調べてみると面白いかもしれない。そのためには魔導士同士の横のつながりがいると思う。だけど私には言葉を交わす程度の関係の者はいても友達と呼ぶに値する者が全くいない。魔法学院にでも通っていれば別だったのだろうが、今更言っても詮の無いことだ。頑張って今から友達を作ろう。
人知れずそんな決心をしていたころ勇者が召喚されて魔王を討伐しに行くという話が聞こえてきた。どうも召喚された勇者は魔力が少なく物理攻撃が異常なまでに強いということだった。近衛兵が束になっても傷一つ付けられなかったという事なので相当な物なのだろう。だが、物理攻撃は当然ながら基本的に複数の敵には相性が悪い。そこで弱点を補うために攻撃魔法の使い手をパーティとして募集するとのことだった。
魔法が使えない勇者にあまり興味はなかったが、他の魔導士の攻撃魔法には興味がある。もしかしたら同年代の女子がいて友達になれるかも。そこで私も王都で行われる勇者パーティの選考会に参加することにした。もちろん両親には内緒なので屋敷を抜け出して。
無事選考会の会場に辿り着いて周りを見渡すと、見事なまでにおっさんだらけだった。加齢臭が凄い。こんなところで友達を作るとか正気の沙汰じゃないなと思い、魔法の見学が出来るだけでも良しとしようと切り替えた。だがあまり面白いものは見られなかった。いや、逆に面白いか。
「…固定砲台?」
思わず呟いてしまう。選考会の内容は木剣を持って襲い掛かってくる兵士と模擬戦を行うというものだ。単純だが普通の魔導士には難しいもののようだ。
今回のパーティは勇者とツーマンセルになるので、守られるだけの魔導士ではダメ。自分である程度は接近する相手に対処できないとお話にならないとのことだ。
大抵の奴は物理障壁をまず展開して、長々と詠唱をしている。今やっているこの魔導士は中級魔法の詠唱中のようだ。まあ中級魔法が使えればひとかどの魔導士と言われるので、決して低レベルではないと言える。だけど遅い。遅すぎる。あれは相手が木剣だから出来る戦法だ。相手が強かったらどうするのだろうか?あの詠唱の遅さでは移動しながら詠唱するなんて不可能だろう。
「あーあ、しかも障壁割られてるじゃん」
とうとう詠唱完成前に障壁が割られ制圧されてしまった。
「三十三番エル、前へ」
私の名前が呼ばれる。もちろん家名は名乗らない。ただの平民エルとして参加する。私の姿を見て周りがざわめく。嘲笑だ。あの程度の実力のくせによくも人を見下せるものだと辟易する。
「始めっ!」
兵士が襲い掛かってくる。だが開始時には距離があるので障壁を展開するまでもない。
『火球』『火球』『火球』『火球』『火球』
得意の無詠唱での火球五連発だ。三発目まで躱した兵士だが、四発目と五発目を被弾し、倒れこむ。
「それまでっ!」
先程まで嘲笑を向けていた加齢臭のしそうな魔導士どもが青ざめる。いい気味だと思っていたら予想外の行動をしてくる。
「あんな低級魔法の連射なんて意味がない」
「高位の魔法で相手を殲滅出来なかったら勇者様のお役に立てないだろう」
は?今の試験に高位の魔法を使う意味なんてない。実戦で魔法を使うことを考えていないから、そんな発想になるのだろう。口々にケチをつけてくる落第魔導士ども、収拾がつかなくなってオロオロする試験官。事故を装って根こそぎ吹き飛ばしてやろうかと思ったその時、責任者らしき人物がその場を一喝する。
「静かにせよ!三十三番、そなたは高位の魔法も使えるのか?」
「もちろんよ。でもあの試験内容で高位の魔法を使うなんて効率が悪いと思うけど?」
「確かにそうだな。では高位の魔法も見せてもらってよいだろうか?」
「ええ、お望みとあらば。人を下げてもらえるかしら?」
私の言葉を聞いた試験官たちが私の後ろに人を誘導する。さてド派手な奴がお望みのようね。邪魔者が全て下がったのを確認すると詠唱を始める。
『天と冥府の狭間に燃え盛る炎よ
我が魔力を贄にその姿を現せ
現世に蠢く迷える魂を
諸共全て汝の炎で浄化せよ
|煉獄』
十メートル程の燃え盛る炎の立方体が私の眼前に姿を現す。なかなかいい出来ね。大きさも完璧にコントロール出来たわ。これであいつらも静かになってくれるかしら。
「詠唱の短縮だと?なんだあいつは?」
「悪魔の血でも引いているんじゃないのか?」
「もしかしたら魔族かもしれん。」
「ああ、人の魔力で出来る芸当ではない」
何あいつら。自分の修行が足りないだけじゃない。確かに私の魔力は多いわ。でも詠唱が短いことや魔法をコントロールするのは関係ない。そんなことも分からないのかしら。
「お、お前、本当に人なのか?」
責任者と思しき奴までそんなこと言い出す。うら若き乙女を捕まえていくらなんでも失礼じゃないかしら。
「私は宮廷魔術師の筆頭だ。だがあんなことは私でも出来ん。あれは凡そ人の使いうる魔法の域を逸脱している。色々聞かせてもらわねばならぬ。一緒に来てもらおう」
何だか面倒なことになった。魔族の疑いをかけられて牢屋にでも入れられたらどうしよう。顔もバッチリ見られてるし、さすがに脱獄とか不味いわよね。というか魔族じゃない証明ってどうやってするのかしら?
「ちょっと待ってください。彼女は普通の人間じゃないんですか?」
ん?この人は誰?兵士っぽくないけど…童顔でよく分からないけど私と同じくらいの歳かしら。まあ助けてくれるなら誰でもいいわ。
「ええ、私は間違いなく魔法が得意な普通の人間よ」
「こう言っていますが?」
「ですからそれを確かめるために連れていくのです」
どういうことかしら。あんな若い人に宮廷魔術師筆頭が下手に出るなんて。
「私は彼女についてきて欲しい。申し分ない実力だと思います」
私についてきて欲しい?もしかして彼が勇者?それならこれはそのまま冒険者になるチャンスかも。
それが私とリクの初めての出会いだった。
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