第18話 ルーシーの思い

※ルーシーの視点です。心の中では口調が変わっています。


 旦那様がバロンの鍛冶屋へ様子を見に行くと言って出て行ったので、私とエルはアキが提案した作戦の決行について話し合う。


「じゃあリビングに置手紙をして、それぞれ思い出の場所に向かうってことでいい?」


「うむ、それで構わぬ。一つ聞くがエルの思い出の場所というのは旦那様が向かうとしたらどれくらいで着くのじゃ?」


「そうね、普通に歩けば五日はかかるでしょうけど、リクが本気で走れば明日には問題なく着くと思うわ」


 私たちはそれぞれの思い出の場所を教えていない。

 今ではまるで姉妹のように仲良くなることが出来た。だからもしそれを知ってしまえば、一緒に居たい余り旦那様に伝えてしまうかもしれないと危惧したからだった。


「あまり忙しないのも良くないじゃろうな、三日後に来てもらうようにしよう。では妾は今日ここを出る。旦那様も置手紙を見たらすぐ出発するじゃろう。すまんがエルは旦那様がここを出るまでは隠れて三日後にその場所に転移してもらえんか?」


 私の言葉に彼女が戸惑う。


「え?なんでそんなことを?」


「つまり転移を使えるのは一度だけという事にしてほしいのじゃ」


「そんな…わざわざ条件を難しくするなんて」


 彼女が困惑した表情を浮かべる。確かに我ながらバカなことをと思わないでもない。


「妾は魔族じゃ。そして魔王にまでなった女じゃ。こんな風にただ一度だけでも愛する人と一緒になるチャンスを貰えただけで奇跡のようなもの。そしてこの一度きりのチャンスを逃すのであれば妾と旦那様はそういう運命だったという事じゃ」


「でも…リクはきっとそんな事…」


 私の話を聞いて彼女が涙を浮かべる。


「うむ、気にしないと言うじゃろうな。旦那様は異世界から来られた故、魔族と人族の確執について詳しく知らぬようじゃ。じゃがお主は知っておろう?程度の差はあれど世界を見渡しても魔族に好意的な人族などほとんどおらぬ」


 私の言葉に彼女はなおも食い下がる。


「昔人族と魔族が大きな戦争をしたことは私だって知ってる。だけどそれは過去の事じゃないの。ルーシーには関係ない!」


「確かにその通りじゃ。だが妾が魔王になってからも、僅かではあるが人族から略奪をする者もおった。そやつらの不始末は魔王であった妾にある。実際に被害を受けた者たち、それに連なる者たちはそう思っておるじゃろうな。そして魔族は敵であり、友好関係を築くことなど不可能、とな」


「…元魔王だなんて…魔族だなんて黙ってればいい、誰も分からない」


「確かに妾が旦那様に娶ってもらったとしても公言する必要はない。人族として生きることも難しくはない。じゃがそれはリスクにしかならぬ。どこからか情報が漏れれば、旦那様への評価は完全に裏返ってしまう。スプール王国でもあの場にいた者にしか、妾の所在が知られていないのもその証左じゃ」


 何も答える事が出来ず、ただただ肩を震わせる彼女の頭を撫でながら、私は続ける。


「妾とて旦那様が妾たちの事を憎からず思っていることに疑問は持っておらぬ。じゃがそれくらいではダメなのじゃ。旦那様の優しさに甘えているだけになってしまう。妾は旦那様の荷物になりとうない。元魔王と勇者という関係であれば、どんな困難も承知の上で互いを強く求め合う関係でなくてはならぬ。そうでなければ妾は旦那様の傍にはおれぬ。」


 そこまで聞いて彼女はひとしきり涙を流した後、私に向き直り力のこもった目を向けてくる。


「分かった…でも私はリクを信じているわ。必ずリクと二人であなたの元に行くから!」


 その言葉を聞いて私は思わず目を細める。本当に強い娘だと思う。


「うむ、結局旦那様が妾たちをきちんと見てくれておればすむ話じゃ。難しいことなど何もない」


 そう言って私たちは笑いあい、私は深淵の森の拠点を後にする。



 独りで街道を歩きながら私は近くの宿場町へと向かう。これからの事を考えると少し悲しい気持ちになってしまう。

 今日から三日後、私の運命が大きく動く。もしかしたら魔王になった時よりも大きな転換点になるかもしれない。

 その日に彼と彼女に会えなかったらもう二度と会うことは出来ない。いや、会ってはいけない。


「なんで私は魔族に生まれたんだろう…」


 思わず呟いたのち、頭を振る。そんなことは今更言っても詮無きことだ。ただの現実逃避でしかない。

 私の本来の性格もあって、独りでいるとどうしても思考がマイナスに引っ張られてしまう。そもそもまだ何も始まっていないし、もちろん終わってもいない。暗くなる必要なんて何もないはずだ。


「三人でいた時間が心地よすぎたせいかな…」


 彼と彼女といたその時間は私にとって本当に得難いものだった。それはもともと親の顔も知らない捨て子の私にとって初めての家族と言っても差し支えないだろう。

 本当はもっと早く彼の真意を確かめなければならなかった。でもそれは同時にあの大切な時間を捨てる、その覚悟をしなくてはならないという事だ。それが怖くてずるずると時間が過ぎてしまった。


 やがて宿場町に着くと適当な宿に入りベッドに座る。

 視線を宙にさまよわせながら私は魔族領にいたころを思い出していた。


 私は魔王軍の研究施設の前に捨てられていた。

 親は私の魔力量が多いことに気付いていたのだろう。研究対象でも戦闘要員でもいいから生き延びて欲しかったのだろうか?

 その思惑通り私には英才訓練が施された。

 魔力量だけでなく才能も持ち合わせていた私は六十年ほど経つと全ての属性の攻撃魔法を使い、支援魔法や回復魔法までマスターしていた。

 その頃から次第に周りから次期魔王だという声が出始めた。

 当時の魔王は好戦的な人物で、度々人族の領土に出向いて食料を略奪していた。

 魔族領は不毛の土地で、作物が育ちにくいという側面があるので仕方ない部分も確かにある。しかし私は戦闘や略奪は嫌いだったので、魔王になんてなりたくないと思っていた。そもそも自分の事で精一杯なのに、他人の命や生活を守るなんて出来るはずがない。

 そんな私の思いとは裏腹に私が百歳-魔族で言う成人-になったころ、先代の魔王が引退を表明し、私は魔王に即位させられた。

 そのときの私の実力は既に先代魔王を凌駕しており、自分が魔王であり続けるのは強いものが魔王になるという理に反するからだということだった。私は本当にくだらないと思った。

 王の器であることと、武に秀でていることが全くの無関係とは言わない。だがそこまで大事な物とは思えなかった。事実、人族の国では王や帝が一番強いということは無い。だから魔族領は貧しいのではないかと思った。

 そうは言っても仕方ないので、まず私は農業改革を進めることにした。人族の領地で魔族領と似た場所を探し、正体を隠して教えを請うたり作物の種をもらったりした。その甲斐もあってか収穫高は右肩上がりとなり、徐々に略奪するような輩もいなくなった。

 少しずつ結果を出していたこともあり、私は魔王という立場にそれなりのやりがいも感じていたが、やはり魔王の地位と言う重責は自分にとっては重すぎて、向いていないと思っていた。

 そんな時、合法的に魔王を辞めることが出来る条件を知ることになった。


【一騎打ちにて敗れたものは魔王の座を追われる】


 思わず小躍りしてしまいそうになった。これで魔王を辞めることが出来る。

 だが冷静に考えてわざと負けるのはやはり無しだと考える。自分を信じてくれている者たちへの裏切り行為だし、何より実力至上主義の今の魔族において弱い者では内乱が起きかねない。

 そこで私はまず魔族に対して


【魔王になりたいものは私を一騎打ちで打ち倒せ】そう宣言した。


 しかし私より強いものは一向に現れず、挑戦者を撃退し続けて約二十年が経過する。しびれを切らした私は今度は人族に対して


【自分こそが魔族で最強である。私を一騎打ちでうち倒すことができたのならばその者に忠誠を誓う】と宣言した。


 これに反応した各国から精鋭が送り込まれてきたが、私を倒すまでは至らなかった。そもそも人族の戦い方は集団戦法が基本のようで、個の強さを求める魔族相手と一騎打ちでは分が悪かった。

 それからしばらくするとスプール王国で勇者が召喚されたという噂が聞こえてきた。実力を計る為に送り込んだ魔物たちは尽く撃退され、遂には魔族領まで攻め込んできた。

 パーティ編成は格闘家の勇者が前衛で、魔導士が後衛というものだった。二人組というのは珍しいが、それは二人で十分という事だろう。私は勇者の方に一騎打ちを申し込み、彼もそれを了承した。魔導士から刺すような視線を感じるが無視しておいた。

 やがて戦闘が始まると、私はあっと言う間に劣勢に立たされた。彼はとにかく早くて硬い。単純故に勝ち筋が全く見えないのだ。速度重視の攻撃を放ったところで歯牙にもかけないし、威力重視で詠唱を開始しようとすると尽く潰された。研究中の動きながらの詠唱も試してみるが、相手の方が早いのだから意味がない。

 やがて追い詰められた私の右頬に衝撃が走ると、私は意識を手放した。

 目を覚ました私の前には既に二人はおらず置手紙が置かれていた。


【仕える用意が出来たらスプール王国に来てください リク】


 手紙の内容と右頬の痛みで私は自身の敗北を理解した。とてつもない強さだった。おそらく何回やっても勝てない。それほどまでに力の差を感じた。彼は恐らく一対一では世界最強なのだろう。

 とにかくやっと負けることが出来た。彼には感謝してもしきれない。彼には一生傍で忠誠を誓おう。


 今思えばこの時の私はかなり浮かれていた。というよりも自分の事しか考えていなかったのだろう。魔王にまでなった自分が傍にいる。そんなことが世界に知れ渡った時、彼がどういう立場に追い込まれるのか考えていなかった。

 今は彼のことを知り愛するようになった。だからこそ彼のことを一番に考えてしまう。だからこそ身を引かなくてはいけないのではないかと思ってしまう。


「三日後、もし旦那様が妾を見つけて求めてくれるのであれば腹を括ろう。伴侶として何があっても旦那様を支える。それでよいな…」


 そうなってほしいという願いを込めて独り言ちる。

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