第16話 久しぶりの我が家
無事契約した物件に転送用の魔道具を設置すると、まだ家財道具も揃えていないので三人は久しぶりに深淵の森へと戻ることにする。フーランメの卵をヴァーサに預けるためだ。
「久しぶりと言うほどでもないが、面白いことがあったようじゃな?」
ヴァーサが見透かしたように三人に問いかける。
「ああ、フーランメに殺してくれと言われたときは驚いたけどな、なんとか三人とも火竜の加護を受けることが出来たよ。それでこれが卵だ。フーランメは水竜に預かってもらうと言っていたがいいのか?」
「うむ、そのあたりはお互い様だからな。我が責任をもって預かろう」
リクはヴァーサの言葉に頷き、続けて尋ねる。
「あと不躾ですまないがエルとルーシーに加護を与えてもらうことは出来ないか?自惚れていた訳じゃないが、今回の戦闘で竜種の強さを思い知った」
突然の申し出にエルとルーシーは目を見開き、ヴァーサはしばし沈黙する。
「…ふむ、まあ火竜の奴めを討伐しておるのだ、力は十分だろう。ではこちらに来るがよい」
二人が湖付近に立つと水竜は二人に向かって突如ブレスを放つ。
『土障壁』
ルーシーがエルの前に立ち障壁でブレスを防ぐ。そしてエルがすかさず詠唱を始める。
『大地に眠る精霊よ
汝が望むは地の安寧か
然らば我が魔力は汝の剣となる
汝は我が敵を穿つ剣となれ
土剣乱舞』
無数の土の剣がエルの周りから飛び出しヴァーサの目の前で静止する。
「うむ、合格だ。二人に加護を与えよう」
エルとルーシーはほっとして、リクは卵を抱えたまま目を白黒させている。
「ふ、二人とも何で?」
リクの問いかけにエルとルーシーは嘆息して答える。
「旦那様、何故とは異なことを…」
「竜の加護よ?力を示さずに貰えるわけないでしょ?そんな事よりいきなり加護をくれとか言い出すんだから焦ったわよ」
「うむ、時々思うが旦那様は報連相が足らぬな」
この世界にもそんな言葉あるんだと思いながら、二人に責められリクが小さくなる。
「そういうことだ。どうやらお主よりも連れ合いの方が頼もしいようだな」
ヴァーサは心底愉快そうに言うと、二人に血を飲ませ加護を与える。
「仲間外れみたいで悔しい…」
リクが恨み言を言いながらヴァーサに卵を預ける。
「まあそう言うでない。それから火竜が孵化したらお主らに預けよう。竜種とは言え幼体はそれなりに愛らしい姿をしておる。ちょっと記憶を操作するからお主らの養女として可愛がるとよい」
「…ちょっと待て。聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするぞって、逃げるな」
相変わらず言いたいことだけ言ってヴァーサは帰っていく。
ヴァーサの言葉に不穏な物を感じるも、仕方なく三人は凡そ一週間ぶりの我が家へと戻る。
「あー、やっと帰ってきたわー」
家に入るや否や、エルがソファにダイブして寝転ぶ。
「これエルよ、そのままではローブがシワになるぞ」
「そうそう、あと家に帰ったら手洗いしないと」
「はーい、パパ、ママ」
エルがおどける様に言うと、ローブをハンガーに掛け、足取り軽く手を洗いにいく。そんなエルを見てリクとルーシーはやれやれと思いながらも笑いあう。こうして何気ないやり取りをすると短くも濃い遠征からやっと帰ってきたのだと実感する三人であった。
翌朝、朝食の準備に立つのはもちろんリクとルーシーだ。エルは食卓で待機しながら船を漕いでいる。
今日は休日。エルとルーシーがギルドで見た魔道具をヒントに通信用魔道具を作りたいと言うので、完成までは休暇を取ることにしたのだ。フォータムで仕入れてきた食材の使い方をルーシーにレクチャーしたいという事もあったのでリクとしても丁度良かった。
「いいかい?味噌汁は昆布や煮干しで出汁を取らないといけないんだ、それで味噌を入れたら沸騰させちゃいけない…」
リクの説明を熱心に聞くルーシー。そんな二人の様子はまるで新婚夫婦のように見え、薄目を開けて見ていたエルは頬を膨らませる。
「「「いただきます」」」
今日のメニューは白米、鯵?の干物、豆腐と若布の味噌汁に卵焼きというリクの好きな和食の朝ごはんだ。ちなみにリクだけは納豆をプラスしており二人から怪訝そうな目で見られていた。
「初めて飲むけど味噌汁って何だかほっとする味ね」
「うむ、米にもよく合う。それにしてもこの魚は旨味が凄いのう」
「うん、干物は確かグルタミン酸っていう旨味成分が作られてから乾燥させるから、旨味が凝縮されてる。だったかな?」
リクの説明を聞いて、エルが感心した声をもらす。
「へー、よく考えられているのね。これなら内陸部でも魚が食べられるわね」
「そうだな、俺のいた世界では物流が凄く発達していたから、どこでも色々な食材が買えたんだ。それこそ内陸部でも海の魚を生で食べられたりした。それでもその土地の物が美味しいのは変わらないけどね」
「うむ、各地を巡って美食を追求するのも旅の楽しみじゃの」
食事を終えて、食後の緑茶タイム。エルが言いにくそうに口を開く。
「本当にリクの世界は豊かな所だったのね…ねえリクは元の世界に戻りたい?前に方法を探してみるって言ってたじゃない?」
エルが表情を曇らせながらリクに聞いてくる。それを聞いたルーシーの表情もやはり曇っている。
「うーん、上手く言えるか分からないんだけど、俺はあっちの世界にそこまで未練がないんだ。小さい頃から強くなりたくて努力したし、それなりに才能があった。でも技術が頭打ちになって、それならと思って体力をつけて、そんな時にこの世界に来た。最初は魔力で強化なんてずるい気もしたけど、こっちでは当たり前の事だって分かると、自分がもっと強くなれるって思って嬉しかった。だからそんなに帰りたいとは思ってないんだ。まあ強いていうなら二人に俺の世界を案内したい気持ちはある、それくらいかな」
―本当は二人がいるからって言いたいけど、それはプロポーズの時に言おう―
「そっか、私も行ってみたいわ。変なこと聞いてごめんなさい」
「うむ、妾も是非行きたいものだ」
エルとルーシーは一番聞きたかった言葉が含まれていないことに、胸の奥が痛むような感情を覚えたが、それを悟られまいと笑顔を見せる。リクはそんな二人の様子に気付かない。
昨日のヴァーサの加護の件といい、今回といい、あるいは普段のリクならば気付けたかもしれない。だが生まれて初めて女性に自分の思いを告げるその日が近づいていると思うと、気が気ではなかった。
そして少しのすれ違いを孕みながら二日が過ぎた。
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