第14話 友達

「あ、来た来た」


 ギルドマスターの執務室でエルとルーシー、ガウェインとニアがそれぞれ並んでソファに座っている。


「旦那様はカードのメッセージを見て戻ってきたんじゃな?」


「ああ、そうだよ。思ったより早く出来たみたいだな?」


「まあね、私たちにかかれば楽勝よ」


 エルが薄い胸を張って自慢げに答える。


「それでどういう仕組みだったんだ?」


「カードの方は単純じゃ。受け取った文字の形をした魔力を浮かび上がらせるだけじゃった。それで送る側の魔道具を調べてみると、魔力をギルドの所在地の形にする術式が組み込まれておった」


「それで送り先を指定する部分、魔力を送る部分はそのままにして、所在地の部分を自由に書き換えられる魔道具を新たに作ったって訳よ」


丁寧に説明しようとするルーシーの説明にエルが被せてくる。


「…説明ざっくり過ぎないか?」


「だって詳しく言っても分からないでしょ?」


「うっ…」


―まあ、そうなんだけどね?-


「お陰で助かった。それでリクの他に、さっき話に出たAランクパーティにもメッセージを送ってみたんだよ。今日は休みとか言ってたから、届いてればそのうち来るだろう」


 ガウェインはかなり感激している様子だ。文字が送れるならかなり使い勝手が良くなるのだから当たり前だが。

 程なくして勢いよくドアが開かれると、冒険者とおぼしき四人組がずかずかと入ってくる。

 先頭の剣士らしき男はサラサラの少しくすんだ金髪に整った顔立ち、文句なしのイケメンだ。その後ろには身長一九〇はあろうかという栗色の髪をした大男、盾役だろうか。後は女性が二人。エルのような輝く金髪のヒーラーと、こちらの世界では珍しい黒髪の魔導士だった。


「おいおいガウェインのおっさん、なんだよいきなり。ギルドカードにこんな機能あったのかよ?」


 リクがじっと四人を観察していると、視線に気付いた剣士の男が声をかけてくる。


「見ない顔だな?俺はウィル、このファングっていうパーティのリーダーだ。こっちのタンクがラーク、ヒーラーがアイリス、魔導師がアキだ」


 パーティを紹介し終えると、ウィルがこちらに手を差し出してくる。


ーさすがエースだけあって余裕があるな。絡んできたやつらとは大違いだー


「じろじろ見てすまない。俺はリク、こっちがエル、それとルーシーだ」


 ウィルと握手しながら二人を紹介する。


「よろしくな!そんでガウェインのおっさんこれはどういうことだよ?」


 握手を終えるとウィルがガウェインに向き直って再び尋ねる。


「実はこの二人が魔力送信側の魔道具を改良してくれてな、短いながらメッセージを送れるようになったんだよ」


 ガウェインの言葉に胸を張ってドヤ顔をするエルとルーシー。


「嘘でしょ!そんなこと出来るの?私にも教えて!」


「アキ近い…私も興味あります」


 アキが頭突きする勢いで二人に顔を近づけると、アイリスがアキのローブを引っ張って制止する。魔導師はみんな魔法オタクなのだろうか。


「いいわよ。魔導師ならそこまで難しいものでもないしね」


 エルが了承すると、女性陣で魔道具談義が始まる。それを横目に見てガウェインが話を続ける。


「なあリク、出来ればこいつらにはお前らの事を教えておきたいんだ。信頼できる奴等だし、こいつらと仲良くしとけば、他の奴等も手を出して来ないはずだ。それに人手がいるときに、連携できるパーティが一つくらいいた方がいいだろ」


「確かにそうだな。エルとルーシーも…まあ大丈夫だろ」


 そんな二人のやり取りを怪訝そうに見るウィルとラーク。


「話が見えないな。早いとこ教えてくれよ、わざわざ休みの日に来てやってるんだぜ?」


 先を促すウィルとうんうんと頷くラーク。どうやら無口な男のようだ。


「ああ、すまんな。そっちの二人もちょっと聞いてくれ。リクとエルは魔王を討伐した二人で、ルーシーは二人に負けた元魔王だ」


「正確には旦那様に負けた、じゃがな」


 ガウェインの言葉に呆然とする四人。恐らくルーシーの付け足しは聞こえていないだろう。


「マジかよ…けどガウェインのおっさんがこんな冗談言うはずねぇし、魔道具を改良するような奴等だしな…」


 ウィルが信じられないといった様子ながらも思考を整理する。そんな様子を見てリクが話を続ける。


「今ガウェインが言ったことは事実だが、別に信じて欲しいっていう訳じゃない。俺達はガウェインに頼まれて、普通の冒険者が受けたがらない依頼を専門にこなすことにしたんだ。それで人手が欲しい時にはウィルたちに手伝って欲しいってわけさ」


「うーん、まあ嘘ついてるって感じじゃねえな」


 リクの説明にウィル達は一応は納得したという表情を見せる。


「それで?その為だけにわざわざ休みの日に呼んだってわけじゃないでしょ?」


 アキがガウェインに尋ねる。どうやらアキがこのパーティの司令塔らしい。


「もちろんだ。実はリク達がギルドに来たのは、ベルファス火山で魔法銀の採掘が出来るようになったと知らせるためなんだ」


「つまり私たちに調査に行ってこいというわけね?報酬は?」


 さすが司令塔、理解が早い。


「魔法銀取ってきていいぞ。但し取りすぎるなよ?」


 ガウェインの言葉に沸き立つ四人。それもそのはず武器防具の強化はもちろん、売れば結構な金になるのだから。


「気前がいいねえ!ガウェインのおっさん!」


「ところで何で今になって魔法銀が取れるようになったの?」


 アキの言葉にラークとアイリスがうんうんと頷く。


―多分このパーティはウィルとアキが会話のほとんどを担っているんだろうな―


リクがそんなことを考えているとエルが収納空間から火竜の一部を取り出す。


「これが原因で魔素濃度が上がっていたのよ」


「これもしかして…」


 ガウェインとファングの面々がゴクリと喉を鳴らす。


「火竜じゃよ」


 エルが自信満々に腕組みして言おうとしたセリフを、ルーシーに取られてプルプル震えている。

 そんなエルの様子に気付かずにガウェインが言う。


「やっぱりそうなのか…以前あの辺りで目撃情報があったんだが、それ以来音沙汰なしでな」


「もしかして三人で狩ったのか?」


「ああ、全盛期の半分ほどの力しかないと言っていたから幸運だったよ。それでも二度ほど死ぬかと思ったけどな」


 ウィルの問いかけに対してリクが軽く返事をすると、ガウェインとファングの四人は絶句する。


「お前らの実力はよく分かったよ。じゃあ明日早速出発ってことでいいか?」


「ええ、問題ないわ」


 ウィルの問いかけにアキが答え、残り二名は相変わらずうんうんと頷く。


「よし!用件はこれで終わりだ。みんな帰っていいぞ!」


「もう晩飯の時間だな。なあリク、全員で飲みに行かねえか?」


「ああ、エルとルーシーもいいよな?」


「いいわよ、魔道具談義も途中だったしね」


 ウィルの提案にリクが乗り、エルとルーシーも同意する。


「店は任せてくれよ。ここは俺らのホームタウンだからな。安くていい店知ってんだ」


 そうしてリク達とファングの四人は連れ立って出かける。リク達の腕組みスタイルに四人は驚くが、婚約者と聞いて納得する。

 やがて見覚えのあるレストランの前で足が止まる。


「ここが最高なんだ、フォータムと言えば流人料理に限る!」


「ここか、この前昼に来たけど美味しかったよ」


「なんだ知ってたのかよ。まあいいや、ここは酒もつまみも旨いんだ。入ろうぜ」


 ファングは常連らしく七人でも広々使える個室へと案内してもらった。


「とりあえず麦酒でいいよな?料理は俺らがいつも頼むやつが出てくるけど、いるやつがあったら追加で頼めばいい」


 手慣れた様子でウィルが注文していく。さながら大学生の飲み会の幹事のようだ。


「そんじゃあ…出会いと金儲けの前祝いってことでカンパーイ!」


「乾杯!」


ゴク…ゴク…


 一気にジョッキ半分ほどを飲み干すと乾いた喉と空きっ腹に麦酒が染み込んで少し顔が熱くなる。リクは元の世界ではあまり飲まなかったが、この世界で酒の美味しさに目覚めていた。と言うよりも友人が少なく、日々鍛練に没頭していたリクは飲む機会があまりなかったのだが。


 他愛のない話を肴にして酒が進み、少し酔いが回った頃にウィルがリクに尋ねる。


「ところでどういう経緯でルーシーとリクは婚約したんだよ?」


 これにはファングの女性陣も興味津々といった様子。どこに行ってもそうなんだなとリクが苦笑していると代わりにルーシーが答える。


「妾は自分より強い伴侶が欲しかったのでな、負けた後に魔王を引退して押し掛けたのじゃ」


 アキとアイリスがおーっと言いながらパチパチ拍手している。


「そしてエルは妾に旦那様を取られたくなくて一緒に押し掛けたのじゃ」


 急にとばっちりを受けたエルが思わず麦酒を吹き出し赤面する。そんな様子を見てアキとアイリスがまたしてもおーっと言いながらパチパチ拍手する。


「ま、まあそういうことだ」


「ふーん、じゃあリクから行ったわけじゃないのか」


 ウィルの言葉にエルとルーシーの表情が少し曇る。それを見たアキがウィルの脇腹を殴る。


「あだぁっ!」


(要らんこと言うんじゃないわよっ!)


―やっぱ不安だよな…かと言っていつも三人でいるから改まって好きだとか言うタイミングが…あー、でもそんな言い訳してるから不安にさせてるんだよな。とにかく早く準備しないと―


 リクが懊悩していると、話を変えようと女性陣は魔道具談義を始める。それを横目にウィルが小声でリクに話しかける。


「悪いリク、でもちゃんと言葉にしないとダメだぜ?」


「ああ、分かってる。ちゃんと考えているさ。ウィルの方こそアイリスだろ?ラークはアキなんだな?」


 思わぬカウンターにウィルとラークが動揺しまくる。


「な、な、な、何でそれを」


「そんなの見てれば分かる、結構な頻度で目で追ってるじゃないか。向こうも満更でもないって感じだし、上手くいくんじゃないのか?あと俺が今日一日で分かるくらいなんだから周りにもバレバレだろうな」


 今度はウィルとラークが懊悩しているのを見て、アキとアイリスが怪訝そうな表情を浮かべる。


「ま、まあこんな浮き沈みの激しい命がけの仕事してるとな。どうしても躊躇っちまうんだよ」


 ウィルの言葉をラークは肯定も否定もせず静かに聞いている。


「そうか、まあ俺があまりとやかく言うことじゃないからな」


 協力してくれと言われれば吝かではないが、そうでもないのに他人の恋路をどうにかしてやろう、なんていうのは無粋だとリクは思っていた。それにリクは数日後にはプロポーズをする予定だ。人様のことに首を突っ込む余裕なんてあるわけがなかった。




「リクは二人にベタボレだと思うんだけどねー」


「…私もそう思う」


 アキとアイリスがエルとルーシーに言う。魔道具談義と見せかけてこちらでも恋愛話が繰り広げられていた。先程の二人の反応を心配しての事であった。


「だといいんだけど」


「うん」


いつもは自信満々なのに今は全く違うエル。ルーシーに至っては口調まで変わっている。


「二人とも可愛いわねぇ」


「…うん、可愛い」


アキとアイリスの言葉に耳まで真っ赤になるエルとルーシー。


「じゃあリクを試してみたらどうかしら?」


アキの提案に興味津々といった様子で身を乗り出す様子の二人。


「まずリクに内緒で家出するの。それで…二人の思い出に場所に来てとかどうかしら?」


「「…それだ!」」


 二人がアキの計画に同意を示すが、アイリスはそれはどうなんだろうという感じで首を傾げている。


―態々そんなことしなくても近いうちに決着が着くと思うけど…―


 アキは経験豊富な雰囲気を出しているが、恋愛物語が好きで大分こじらせている、実際はかなりの恋愛下手だとアイリスは思っていた。もっとも自分も人のことは言えないが。


「それはともかくアキとアイリスはどうなの?」


「うむ、ウィルはアイリス、ラークはアキが好きなようじゃな」


 エルが濁して言うと、続けたルーシーがハッキリと口にする。


「あー、うん。えーっと…」


「…向こうから言わない限りダメ」


「そ、そうよね!その通り!」


 動揺するアキとハッキリ言うアイリス。それを聞いたエルがさらに問い詰める。


「じゃあ言ってきたらいいってことね」


「う、うん」「…うん」


「…二人とも可愛いのう」


 アキとアイリスの頭をルーシーが撫でる。


「あー楽しい、私友達いないからこんなの初めて。ルーシーはもう家族みたいなものだしね」


「妾もそうじゃ」


 しみじみと語るエルにルーシーが同意する。


「私はリクに助けてもらったの。彼がいなければ私はここにはいない。今みたいに好きな魔法の研究も続けられずに、どこかの家柄しか能のない貴族に嫁がされるつまらない人生だったかもしれない。だから本当は今でも十分幸せなの」


 エルの独り言のような言葉を聞いてルーシーは自分の境遇と重ねていた。


「妾も同じじゃな。妾は魔王になんてなりとうなかった。魔法が好きなだけじゃった。じゃが誰よりも大きな魔力を持っておった妾は断ることが出来なんだ。旦那様は魔王という地位に囚われた妾を救ってくれたのじゃ、もちろん本人にそんなつもりはなかったじゃろうがな。」


 ルーシーが苦笑しながら続ける。


「妾たちに突然押し掛けられて困ってはおったが、迷惑そうな顔はされんかった。あんなにも強いのに、本当に優しい人じゃ」


 心から愛しているという気持ちが二人の言葉から伝わってくる。そんな二人の姿を見てアキとアイリスは目を細める。


「上手く行くことを祈ってるわ」


 エルとルーシーの手を取りながらアキが熱っぽく言う。


「…私も応援してる」


 アイリスも手を重ねて二人を激励する。


「ねえねえ、たまにはこうやって四人で会いましょうよ」


「もちろんよ!今度一緒に買い物とか行きましょ」


 エルの提案にアキが乗り二人も同意する。この四人の友情はこの先も変わることなく続いていくのだった。

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