第12話 秘密

 訓練場につく一行。地面は土だが、きれいに小石が取り除かれており、きちんと手入れされているのが分かる。大体二十メートル四方で簡素ながら観客席もついているという、なかなか立派な物であった。


「やっぱり魔法とか使うから広く作ってあるんだろうな…」


 周りを見渡しながらリクが独り言ちる。


「じゃあ各パーティの代表に戦ってもらおうかしら?」


 ノリノリで仕切る様子のエルを見て、リクは嘆息する。


「ああ、それで構わねぇよ」


 各パーティの代表らしき三人がリクの前に出ながら答える。


 今回ここにきているパーティは三つ。どのパーティもほぼ全員がBランクとのことであったので、一流に手をかけているといったところだ。

 ギルド内ではもっと大勢いたのだが、この三つのパーティにはとても敵わないという事で手を引いたのであろう。


「うーん、面倒だから三人まとめてにしてもらってもいいかな?もし俺が負けたら三人でどうするか決めてよ」


 その言葉を聞いて三人の顔色が変わる。当然の事ながら、今の言い方では馬鹿にされていると思ったのだろう。


「うわー、ナチュラルで煽るなんて、さすがリクね」


「それでこそ旦那様じゃ。そこらの男とは格が違うわ」


 心底楽しそうに様子を見守るエルとルーシー。


「それじゃあいつでもどうぞ」


 リクがそう声を掛けるや否や、三人は三方向に散らばり、一斉にリクへと襲い掛かる。


「さすがBランクだけあるわね。頭に血が上っているようでも一方向から行くようなヘマはしないか」


 リクに目掛けて三人の剣が振り下ろされる。もちろん刃が潰してあるとは言え、常人なら死ぬ勢いだ。


「まあ無駄な事じゃ、攻撃が通らないんじゃから勝ち筋なんぞ何もないわ」


ガギィーン!


 リクはガードすることなく三本の剣を受け、その結果三本の剣は見事に破壊された。


「どういうことだ…?」


「なんか細工しやがったのか?」


「いや、確かに手応えはあった。手が痺れているんだからな」


 三人の冒険者たちは驚愕して目を見開いている。何が起こったのか訳が分からないといった様子だ。観客席にいる三人以外の冒険者たちも呆然としている。そんな様子を見てエルやれやれというように解説してやる。


「ただの身体強化魔法よ。それも恐ろしく練度が高い、ね」


「うむ、旦那様に傷を付けられる人間など居らん。恥ずべき事ではない」


 ルーシーが鷹揚に頷く。


「何をしている!」


 訓練場によく通る大きな声が響き渡る。


 頭髪を全て剃り上げ、獣の様な鋭い眼光をした男が訓練場の入り口に立っている。身長はリクより頭二つ分くらい高く、ごつごつした腕は歴戦の猛者と言った様子だ。その男がリクの傍に落ちている剣を見て言う。


「全く、剣まで壊してくれやがって。手前ら弁償しやがれ!」


「「「は、はい。済みませんでした」」」


 冒険者たちとのやり取りを終えたその男はリクに近づいてくる。


「俺はここのギルドマスターをしているガウェインだ。ケンカの原因はなんだ?」


「ケンカと言いますか、うちのパーティ二人の職業が凄いみたいで、それに相応しい方を決めようみたいな流れになってしまいまして…」


「ほう…まあニアの言っていることと齟齬はなさそうだ」


 ガウェインの後ろに隠れるようにニアが縮こまっていた。


「まぁ今回の事は不問にしておく。軽々しく個人情報を叫びやがったうちの職員が原因みたいなもんだからな」


 その言葉を聞いてニアがビクッとなり、震えている。


「そら、ちゃんと謝っとけ」


「しょ、職員としてあるまじき態度を取ってしまいました。申し訳ありませんでした。」


 ニアが目に涙を浮かべながら、体を震わせて謝る。なんだか苛めているような気分になる。


「…はい。気を付けて下さいね」


 ニアはそんなに簡単に許されると思わなかったようで、少し驚くような顔をしたが深く礼をして下がっていった。


―まあ普通の人なら下手したら死ぬかもしれなかったんだから当然かもな。っと折角ギルドマスターがここにいるんだ。目的を果たさないと―


「すみません。実は私たちはあなたにお話があってきたんです。少しお時間取っていただいてもよろしいでしょうか?」


「ん?あんまり目立ちたくない話か?」


「ええ、出来ればあまり他の方には聞かれたくないですね」


「分かった。うちの職員の不手際の侘び代わりだ、俺の部屋に来な」


「ありがとうございます。」



 三人が通されたギルドマスターの部屋はひどく殺風景だった。飾り気のかの字もない。壁に絵なんてもちろん無いし、趣味の物も一切ないといった感じだ。

 この部屋を見るだけで彼の人となりが知れるというものだ。リク達が座り心地の良いソファーに座ると、自ら紅茶を準備し終えたガウェインが、向かいのソファに座って切り出す。


「どうぞ飲んでくれ。俺は典型的な仕事人間でな、酒を飲むのが唯一の趣味みたいなもんだ。なのにこんな仕事してたら紅茶の入れ方も覚えちまった」


「そのようですね。見事な手際です」


 部屋を見渡し、紅茶を口にしてリクが答える。


「それで早速で悪いんだが、話ってのはなんだ?」


「これをご覧ください」


 リクは荷物袋から魔法銀を取り出して机に置く。市場に出れば金貨十枚以上の値がつくような、見事な代物だ。


「これはベルファス火山で採掘してきた魔法銀です」


 ガウェインは驚きを隠そうともせず魔法銀に手を伸ばす。


「確かに魔法銀のようだが…これをどうしようってんだ?」


「ギルドマスターもご存知の通り、あの火山は魔素濃度が濃くなった為に、資源がまだあるにも関わらず採掘が出来なくなりました。しかしその原因を今回私たちが取り除きました。」


 ガウェインが驚愕して思索に更ける。やがてリクを見据えて口を開く。


「つまりウチの手駒を使って調査しろと…」


「はい、その通りです。現にあなたが信じられないように、私たちでは説得力が無さすぎる」


 この言葉にガウェインは静かに頭を振る。


「この件はお前達じゃなくても同じさ。複数の目で確認する必要がある。それほど大きな案件だ」


「ええ、それで構いません。それに私たちがトカナ村のアルスさんから受けた以来はギルドに伝えることですから、これにてお役御免です」


 リクが恭しく礼をするとガウェインが頭を掻きながら言う。


「トカナ村か…本当にお前達は何者だよ。さっきニアから聞いたが大魔導師と賢者だって?そんな職業俺だって初めてお目にかかるよ。少なくとも冒険者なんていう仕事をする職業じゃないぜ?」


 ガウェインが愚痴るように言う。

 エルとルーシーを見るとまあいいんじゃないという視線を送ってくる。


「…秘密にするならお教えしますが、どうしますか?」


 リクの静かながら重圧を感じさせる言葉にガウェインが戦慄する。一歩前に進むべきか、ここで止まるべきか。だが彼も元冒険者、目の前にいる強者への好奇心には勝てない。


「誰にも言わねぇ。教えてくれ」


 ガウェインをまっすぐに見返し、一つの条件を出す。


「…分かりました。では一つお願いですが先程のニアさんを専属の受付にしていただけますか?」


「あんまり無茶してくれるなよ?しかしニアでいいのか?あいつは見習い卒業したばっかりだぞ」


「ええ、模擬戦の様子も私たちの職業もバッチリ見られてますからね。消去法ですよ」


「分かった。ちょっと読んでくるから待て」


 そう言うとガウェインが部屋を出ていく。

 それを確認するとエルが胡乱げな目をリクに向けてくる。


「リクは本当によそ行きの顔が上手いわよね…ところで本当はさっきの娘が可愛かったから、とか言わないわよね」


 思いがけないツッコミに紅茶を吹き出す。


「その反応、怪しいのう…」


「予想外すぎて驚いただけだって…それに隠し事を出来るタイプでもなさそうだろ?」


 二人とも確かにといった様子で頷く。


「…何が不安なのか分からないけど、そんなにたくさんの人を囲うほどの甲斐性は俺には無いよ。有ったとしても二人がいればそれでいい」


 昔のリクなら―まあ今は違うとは言い切れないが―歯が浮くような台詞だと思っただろうが、事実だから仕方ない。二人が不安ならば自身の羞恥心よりもそれを取り除く方が先決だ。


「悪い。待たせたな」


 勢いよく扉を開けたガウェイン後ろでニアが震えている。


 二人に向かい側のソファに座るように促すとリクは徐に語り出す。


「お二人は四ヶ月以上前の魔王討伐の話をご存知ですか?」


「ああ、もちろんだ」「し、知っていましゅ」


 ニアが顔を真っ赤にして震えている。リクは一つ咳払いをすると口調を変えて一気に核心に触れる。


「このルーシーがその当時の魔王で、俺たちが討伐した二人だ。ついでに言うとこの二人は俺の婚約者なんだ」


 しばし時が止まり、二人の情報処理を待つためにリク達三人が紅茶を飲んで寛いでいると、ガウェインの時が再び時が動き出す。


「…つまりお前が勇者ということか…」


「当然そうなるな」


「道理であいつらが歯が立たないわけだ…実力的には間違いなく三人ともSランクだろうしな…」


「じゃあ調査は頼むわよ。トカナ村の温泉は最高なんだから村を潰すわけにはいかないわ」


「ああ、俺の権限でウチのエースであるAランクパーティに行かせるよ」


「うむ、それならば安心じゃな」


 尊大な態度を崩さないルーシーを見てガウェインが呟く。


「しかし元魔王が勇者の婚約者とはね…一生分驚いた気がするわ」


「そりゃ驚くわな。ところで彼女の再起動はいつになるんだ?」


 小声でぶつぶつ言っているニアの様子を見て頭を抱える四人であった。

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