第10話 火竜フーランメ
翌早朝、村長夫妻に見送られながら三人はベルファス火山へと向かう。
村長夫妻の話ではかつて採掘が行われていた坑道までは、道が整備されているので迷う心配は無いとのことであった。
歩き始めて三時間弱、ベルファス火山が間近に見えてくると無残な姿になった、麓の廃村を見つけることが出来た。三人は村の中心で村人の冥福を祈ると、軽食を済ませ火山へと再び歩き出した。
廃村から火山への道中は、そこそこ強い魔物たちが出てきたが、問題になるようなものはいなかった。深淵の魔物の森の方がはるかに強かった。
「おそらく竜種が棲み付いて、まだ日が浅いのが要因じゃろうな」
「そうね、まあそれでもそこそこ上等な魔石は手に入ったから良かったわ」
坑道まで無事辿り着いた三人。出発からここまで約四時間が経過していた。
「じゃあ坑道に入るよ。魔法銀は奥の方に行かないと無いらしいから、足元に気をつけてな」
「旦那様、明かりをつけよう『光球』」
ルーシーの手から光の球が飛び出し、辺りを照らす。
「ありがとう。じゃあ俺、ルーシー、エルの順番で行こう。ルーシー索敵任せても大丈夫かな?」
「問題ない。今のところ魔物はいそうにないがな」
「了解。それじゃあ進もう」
「やっぱりルーシーは頼りになるわね!私も出来ない訳じゃないんだけどね」
「気にするでない。適材適所じゃろう?」
「ふふ、そうね。じゃあ戦闘になったら頑張っちゃうから!」
二人の仲睦まじい会話を背中に受けながらリクは進んでいく。
やがて大きく開けた場所に出ると、銀色にキラキラと輝く壁から魔力を感じる。
「これが魔法銀か…」
「ちょっとこれ、すごい量じゃない?」
「うむ、妾もここまでの量は初めて見るな…」
三人が驚いていると、やがて厳かな声が聞こえてくる。それは深淵の森の奥で聞いた声によく似ていたが、どこか女性的な雰囲気を感じる。
「ここに人が来るのは珍しいな。何用か?」
五メートルほど上にある横穴から、あたかも燃えているような錯覚を覚えるほど、真っ赤な鱗を持つ竜が三人の眼前に現れる。
「やはり予想は正しかったか…俺はリク。こっちの二人はエルとルーシー。ここには魔法銀の採掘に来た」
リクが火竜に向かって自己紹介と目的を告げ、エルとルーシーは緊張気味に会釈する。
「ふむ、私の名は火竜フーランメ。リクと言ったな、お主は水竜の加護を持っておるようだな」
「ええ、今は水竜の棲む湖の畔で守護者として暮らしています。」
「そうか、ならば竜の加護の効果ももちろん知っておろうな。私の加護も受けたいか?」
「ああ、受けられるのであれば受けたい」
「では条件がある。私と戦い力を示せ。そして私を殺してくれ」
穏やかでない言葉にリクの表情が曇る。
「どういうことだ?それじゃあ加護を受けられないんじゃないのか?」
「心配いらぬ。竜種は死ぬとその場で卵になり一ヶ月ほどで孵化する。記憶を持ったままな。つまり死んでも若返るだけということだ。そして一度加護を受けたのならば、私が若返っても剥奪しない限りは問題ない」
「話は分かったけど、わざわざ殺す必要があるのか?」
「この体も長く生きて、今では全盛期の半分ほどの力しか出せぬ。それでも老いて寿命で死ぬには、まだまだ時間がかかる。要するに早く若い体に生まれ変わりたいのだよ」
「…分かった。あと俺たちが勝ったらもう一つお願いを聞いてくれないか?」
「言ってみるがよい」
「この火山から少し離れたところの村が、ここの魔素濃度の影響を受けた魔物のせいで寂れてしまったんだ。もし俺たちがいい場所を見つけたら引っ越してくれないか?」
リクの申し出にエルとルーシーは目を見開いて驚き、フーランメは思案する。
「ふむ、ならば生まれ変わったらお主らの拠点に私を連れて行ってくれぬか?幼体になると力が著しく落ちる故、ある程度成長するまでは、他の竜の庇護を受けるのが一般的なのだ。今回は水竜に頼むことにする」
「それは願ってもない話だな。こちらとしても引越し先を探す手間が省けるし。」
「竜種と同居なんて人類史上初じゃないかしら!」
「やはり旦那様と一緒なら退屈せんな」
エルとルーシーも乗り気のようだ。この二人は魔法オタクなところなど、性格は違うが似たような感性を持つ。
「それでは始めるとするか。三人がかりで構わんぞ?但し死んでも責任はとれんがな」
「ああ、二人とも行くぞ」
「ええ」「うむ」
水竜の時は戦闘をしたわけでは無い。今回が正真正銘竜種との初の戦闘となる。人族と魔族の最高戦力である三人を以てしても、出し惜しみをして勝てるような相手ではない。
「身体強化魔法『水纏』」
リクの身体が水色の魔力で包まれる。
「わ!初めて見たけどカッコイイ!」
「これは惚れ直してしまうな」
緊張感のない―あるいは恐怖を紛らわすための演技か―二人の声を背に受けてリクが飛び出し一気に距離を詰めるとフーランメの鼻先を打とうと中段付きの構えを取る。
攻撃に移る瞬間、動きが止まったリクを何とか捉えたフーランメは、身をよじりながら右前足の爪をリクに向かって伸ばす。
「いってぇなぁ!」
瞬時に反応し、左腕でフーランメの爪を捌いて半身になるリク。しかし串刺しこそ免れたものの、その左前腕は大きく裂けており、夥しい量の血が流れ出す。
―身体強化を使ってもこれかよ。やっぱり竜種ってのはその辺の魔物とは格が違うな―
何者もリクの命を奪う程の傷を負わせることは出来ない。盲目的に信じていたエルとルーシーはリクの体が大きく傷つくのを見て、動揺と不安で押し潰されそうになるが、弱い心を強引にねじ伏せる。そしてこの戦いは正しく命のやり取りであると改めて認識する。
僅かに怯むリクを見て、好機とばかりに一気に畳みかけようとフーランメはリクに向かって炎のブレスを見舞う。露出している岩壁が溶け出すほどのすさまじい高温だ。
「うわっ!熱っ!」
リクは体の前で両腕を交差して、体全体を覆うように体内から水を噴出させる。水が瞬時に沸騰するが、百度程度なら水の魔力を纏うリクなら耐えられる。自身の体を水で覆っている限り死ぬことはない。気化する傍から、絶えず水を噴出させてリクが炎のブレスに耐え続ける。
―このままじゃジリ貧だ。魔力が尽きたら燃え尽きる!―
次の瞬間、ブレスの高温が途切れる。
『水障壁』
ルーシーの作り出した障壁がフーランメとリクの間に作り出され、リクが瞬時にルーシーの横に離脱する。服はボロボロになりその体のあちこちにはひどい火傷の跡がみられる。
「旦那様、前に出すぎじゃ。まだ動けるか」
「問題ない!油断してたわけじゃないんだけどな。いきなり魔力根こそぎ持って行かれるかと思った」
「うむ、奴のブレスは妾が防ぐ。旦那様はエルと連携して攻撃してくれ」
「了解!やっぱ戦況を見てくれるやつがいると戦闘に余裕が出るなっっ」
再びリクが駆け出していく。攻撃力よりもスピードを中心に強化してフーランメに的を絞らせないように撹乱する。やがて後方から普段の彼女からは想像できないほど静かで厳かな詠唱が聞こえ始める。リクはエルの詠唱が好きだ。なんならいつも詠唱すればいいのにと思っている。
『地獄の果てに流るる嘆きの川よ
汝の望む裏切りの贄を捧ぐ
この詠唱を紡ぎたるわが魔力を喰らい
現世に顕現し彼の物の四肢を侵せ
彼の物の臓腑を侵せ
彼の物の全てを侵し尽くせ
氷結地獄』
エルの魔法が発動し、フーランメの足元から絶対零度の氷が這い出し、その身体を覆っていく。その場からろくに体を動かせなくなったフーランメは最後の手段であるブレスを四方八方に乱射するが尽くルーシーが防ぐ。
「無駄じゃよ!防御に徹した妾の障壁は破られぬ」
エルとルーシーの見事な魔法を見たリクは二人の実力に改めて感心し、気合を入れ直す。
―さすがはエルだ。あんな魔法一人で打つような物じゃないだろうに。ルーシーもあのブレスに全く力負けしていない。いくら竜種相手とは言えこの二人がいて負けたらとんだ恥さらしだ。あとは俺がやるだけだ―
リクはパニック状態に陥ったフーランメの隙をついて死角となった上空から水属性を纏った渾身の踵落としを脳天に見舞う。
余りの威力にフーランメは痛みを紛らわすように咆哮する。すさまじい音量、障壁でガードしていなかったら鼓膜が破れそうだ。並の人間であればこの咆哮を受ければ気絶するか、萎縮してその場から動けなくなってしまうだろう。
だが、リクは止まらない。着地するや否や再び地面を蹴りつけて跳躍。竜の逆鱗と呼ばれる場所を正確に打ち抜くと、遂にフーランメは呻くような声を上げて倒れこむ。
敵意が無くなったのを確認して三人がフーランメに近づく。
「見事な戦いぶりだった…私の命はもうすぐ尽きて生まれ変わる。約束通り三人に私の加護を授けよう。私の血を飲むがよい」
三人はフーランメの口から流れる血を手に受けて飲み干した。エルはうぇぇっと言っていたが加護の魅力には勝てなかったようだ。
「あ、なんか力が湧いてくる?」
「うむ、我も力があふれるのを感じる」
「…俺は良く分からないんだが?」
「それは魔力の総量の違いだろうな。そこの二人の魔力量は桁外れだ。人族や魔族の規格から逸脱しておる。故に体に流れる膨大な魔力の質が僅かでも変化すれば、大きな変化に感じるのだろう。では時間もなくなってきた。水竜への引き渡しの件、頼んだぞ。」
言いたいことを言い残すと、次第にフーランメの瞳から色が失われる。すると不思議なことにフーランメの死骸が消失し、代わりに一メートル程はあろうかという大きな卵が産まれた。
幸い、戦いの最中に剥がれた鱗や折れた牙といった素材は消失しなかったので、エルがそれらと卵を空間魔法で収納する。
「はー、終わった…しかしこれで全盛期の半分の力かよ」
リクが気が抜けて仰向けに倒れる。未だ腕からは出血しており、少し顔色が悪くなっている。血を流し過ぎたらしい。二人が駆け寄ってくる。
「だ、旦那様、早く治療をせねば!『超回復』」
目に涙を浮かべたルーシーがリクに触れると、みるみるうちに傷口や火傷が治っていく。
―魔法ってつくづく便利な能力だよな―
暖かな光に包まれて体が治っていく不思議で心地よい感覚に身を任せながら思う。但し魔法で治るのは傷口や火傷のような外傷だけで、血液などのように失われたものは戻らない。
やがて完全に体が治るとリクはほっとした様子のルーシーに笑いかけて礼を言う。
「ありがとうルーシー。戦闘中も本当に助かった。エルもありがとう。ますます魔法に磨きがかかってるな」
素直なリクの謝意に二人は破顔し、エルが仕切り出す。
「それじゃあ魔法銀を取って帰りましょう!今日も温泉よ!」
幸いなことにフーランメのブレスによって、溶けた壁から魔法銀が多く露出していた。そのため採掘には苦労しなかった。全部取ってしまえば大金持ちだが、おそらく今回の件で付近の魔物も弱体化しトカナ村や廃村の復興も進む。
いくら温泉があるとはいえやはり鉱山がないと若い働き手が集まらないだとう。そうなってしまえば発展は望めない。三人は話し合うと必要量だけ取って、周りの魔物をなるべく狩りながらトカナ村へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます