第43話 誰がために黒薔薇は咲く
【誰がために黒薔薇は咲く】
二人がベッドから出たのが翌朝だったのか三日後だったのか、数週間後だったのかわからない。誰も止めず、誰もなにも言わず、ただただ真夜を日常の中に迎え入れた。いつものようにソフィにアルと対になる服を着せられ、アルと共に朝食をとる。それから屋敷の面々と別れをすませてアルと二人で神域に降りる。クレイオは温室の入り口で二人を見送った。
(よく決意したな真夜)
〝命の薔薇〟の隣に水晶の揺りかごができあがっていた。クッションが敷き詰められている。クッションには刺繍が施されていて中にはなにを描いたのかわからない下手な刺繍もあった。できない誰かがそれでも必死に刺したのだろう。
「おれは赤子か?」
そう言いながらも真夜はそのクッションを上にして寝床を整えた。
(ここで育つは新しい世界よ。汝と我が愛しき者が作り出す新たな世界)
ただの傭兵がずいぶんと大仰な存在になったもんだ。
(我は赤子を守る母とでもなるかのう。観測者は我が愛しき者よ。なれば! 我と我が愛しき者は! 世界を育てる夫婦である! ぬははははははははっ)
すっかり悪役の笑い声が板についてしまっている。今後が心配だった。
「私は子供に手を出す下郎になってしまうのか?」
揺りかごに乗り込む真夜を支えるアルが情けない顔をした。
「子供ってのは世界だろう? おれを近親相姦に巻き込むな」
(悔しいか真夜。我に嫁の座を奪われて悔しかろう! なればさっさと終わらせて目覚めるがよい。汝が入る隙などなくなる前にな!)
「素直じゃないなあ」
肩をすくめて笑い揺りかごに横になる。
覗きこむアルが頬を撫でる。
「私の黒薔薇、真夜、私は君を――」
頬の手に手を重ね真夜はアルの言葉を遮った。揺れる灰色を射貫くように見る。
「言葉はいらない」
堪えた雫が落ちて真夜の頬を濡らす。
「今度会えたらおまえの騎士になろう」
真剣に紡いだ。傭兵の一大決心だ。
「嫌だよ真夜。私を置いていかないでくれ」
「長い眠りにつくだけだ。またいつか、起きるさ。ああそうだ、起きたら海に行くか? テイレイイオを食わせてやる」
真夜が笑えばアルはますます涙を零した。声が出せず、代わりに頷く。それでもやはり涙は止まらない。アルは自分の目を拭わず真夜の頬を何度も拭った。そうしてようやく泣き笑いの顔を見せる。
「それは楽しみだ。待っているよ、私の黒薔薇」
アルが白薔薇と黒薔薇をあわせて持たせる。
真夜は黒薔薇をアルの胸に挿し、白薔薇を抱きしめて瞳を閉じた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
永遠の命をもって世界を見つめ終焉を見届ける。〝命の薔薇〟の管理人は、このときより世界の観測者となった。
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