第42話 ティータイム

【ティータイム】


 白薔薇公爵邸で使用人たちの茶会が催された。セドリックの戴冠祝い。ニコールの弔い。主人が外に出られるようになった記念。様々な意味を込めて開かれた茶会だ。

 世界の魔力循環は滞りなく行われている。〝命の薔薇〟も違和感は覚えていないというから、真夜の計画通りことは進んでいた。

 庭にテーブルを運び出し菓子と軽食を山のように用意した。お茶も飲みきれないほどの種類が準備されている。屋敷の規模に反して少ない使用人たちがおもいおもいに着飾り好きな場所で好きなように楽しんでいた。


「クレイオさんひさしぶりです!」


 王城勤めから白薔薇公爵邸に戻って来たケントがクレイオに駆け寄る。


「騎士殿、お勤めご苦労さまでした。元気そうでなにより」


「それはこっちのセリフですよ。あークレイオさんのお茶おいしい」


 微笑みと共に差し出されたお茶を一口飲んでケントが力の抜けた笑顔を見せた。美形と愛嬌で花のあるケントに人が集まってきた。気配を消しつつもいの一番に近づいてきたのはソフィだ。取り分けた菓子を差し出しつつ、顔を真っ赤にして話しかける。


「き、騎士様、これからはこちらにおられるんですよね?」


「そのつもり。短くとも、クレイオさんが引退するまではいるよ」


 ニッコリ笑って返したケントにソフィは目眩を覚えてふらついていた。騎士であればここで手を差し出すものだが、ソフィに対してケントはそれをしない。代わりにクレイオが支え別のメイドにソフィを預ける。

 少し離れたテーブルでは、ケントに背を向けたキースがフマルクに肩を叩かれていた。


「キース、泣くんじゃねえ。若いし顔もいいし稼ぎもあるんだからもっといい女見つけろよ」


「うるさい。傭兵はそれしか言えないのか。そもそもあんたいつまでここに居座るつもりだ」


 若者はやさぐれていた。覇気のない目で睨まれてもどこ吹く風のフマルクはケーキを口に放り込みながら喋る。


「仕事は楽だし稼ぎはいいし温泉は極上だし女も最高ときてる。出て行く理由がねえだろ」


 フマルクの反対側でキースに寄り添うセリーヌが即座にツッコミを入れた。


「本当は孕ませた女に結婚を迫られててもう逃げ場がないのよねえ」


「最低な男だ。薔薇の肥料になれ」


 堆肥を見るにしてももう少し感謝がこもっているはずだ。キースがフマルクを見る目はそんな視線だった。


「ち、ちげぇし! 慰謝料は払ってるし認知もしてる。しかもあいつはどこぞの下級貴族の三男坊と愛人関係なんだぞ!? これ以上俺になにを絞り出せっていうんだよ!」


「誠意じゃないの? 子供の父親があんたなことに変わりないじゃない?」


「それが一番嘘くせえ。計算があわねぇんだよ」


「ただれてる……旦那様と真夜のほうがましだ」


 図体のでかい二人に挟まれ、キースはさらに小さくなり頭を抱えた。


「そういや主役の二人はどうしたよ。またどっかで乳繰りあってんのか?」


「肥だめに落ちて発酵しろ!」


「キース! 悪い口を治せといつも言っているだろう!」


 思わず叫んだ孫を祖父がドヤす。


「すみませんお祖父さま!」


 孫はキャインキャインと尻尾を丸めた。

 原因になった二人は一切気にかけていない。


「出歯亀はやめなさいよお」


「誰がするか。馬に蹴られるどころじゃなくなる」


 実際は薔薇の肥料になるのでフマルクの判断は正しかった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 アルと真夜はそれぞれに似合う薔薇を探して白薔薇公爵邸庭園を巡っていた。最近の庭園には黒薔薇が咲くようになっていた。深い赤ではなく、アルがいつか望んだような真夜の黒髪のような黒の薔薇だ。


「そういえば、君は薔薇を摘みにここに来たのだったね」


 気になる薔薇を見つければ摘み、アルが下げる籠に入れる。すでに籠はいっぱいになっていた。


「気になる男に贈るための薔薇だ」


 寄り添うように咲く白薔薇と黒薔薇を真夜が摘んだ。


「どんな男なのかな?」


 薔薇を見ていた真夜の視界に、アルは自分の顔を割り込ませた。

 真夜はとっておきの流し目をくれてやる。


「すこぶる金払いがいい」


「それはとても魅力的だね」


 真夜の髪に白薔薇を、アルの胸に黒薔薇を。

 それぞれ飾った手は互いを抱き寄せ唇を重ねた。



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