第40話 罪と罰
【罪と罰】
王の居室は薄暗くどんよりとしていた。ソファーに沈む王を三兄妹が取り囲んでいる。
「兄さん!」
「アル!」
駆け寄って抱きしめ合って泣く。泣き虫兄弟の抱擁に、アリエルが堪らずセドリックに抱きつき泣き出した。
アルが今までの経緯を王、兄ニコールに話して聞かせる。ついでのように兄弟の罪と罰が説明される。
共に聞いていた三兄妹と宰相の動揺は酷かった。
「父上と叔父上が始まりの兄弟!? 俺たちと、血が繋がっていないってことですか!?」
多すぎる情報の中からセドリックが選んだツッコミどころがそこだった。
「血は繋がっている。ただし、ずいぶんと世代は離れているけれどね」
甥として可愛がっていたセドリックの困惑に、アルは優しい笑顔を向ける。
隣に座ったアルに背を撫でられ、ニコールは落ち着きはじめていた。
「〝薔薇の眷属〟というのはそういうことだったんですね」
オスカーがアリエルとうなずき合う。
セドリックを超えて動揺をあらわにしているのは宰相だろう。
「神が与えた君主の才だと……そんなばかな。ただの神話だ」
頭を抱えブツブツ呟く。傍に立っている真夜が拾った声によれば、自分の頭が正常かどうか確かめているらしい。
「アンタの反応が正しいよ、宰相さん」
真夜の慰めが宰相に届いたかはわからなかった。
「私はもう一人は嫌だ。カレンと共にいたい。カレンに会わせてくれ」
正気と狂気の狭間で苦しんでいる男はもう一人いた。背を丸め弟にすがる姿に玉座の面影はない。
「カレンっていうのは? 兄貴の嫁か?」
「ああそうだ。兄さん、カレンさんはどこに?」
「薔薇園で眠っている。会うことも、一目見ることも叶わない」
真夜は宰相を小突いた。
「薔薇園っていうのはどこにある?」
折り合いがついたのか諦めたのか、宰相は顔を上げた。一気に老けたように見える。さまよっていた焦点が真夜にあう。
「天空に浮かんでいる庭園だ。不可侵の領域でどんな術を講じても近づくことができない」
真夜は王都から離れていても見られる王城のシャンデリアを思い出した。そこにあるのが普通すぎて誰もが見落としている庭園だ。王城の権威の証でもある。降り注ぐ光は神の威光とまで言われている。実情はそんなめでたいものではなかったらしい。
あんまりな皮肉を鼻で笑う真夜に、〝命の薔薇〟の声が届いた。
(行くことができぬわけではない。ただし、道は一つしかない)
「真夜、私は兄さんの願いを叶えてやりたい」
〝命の薔薇〟とアルはどんどん息が合っていく。いいように振り回されている自分に真夜は肩をすくめた。
「アンタが望むならなんだってやってやるさ。立ち入り禁止なわけじゃないらしい。ニコール、だったか? 立て、もう少し踏ん張れ」
若干投げやりに言って、真夜はアルの反対側から王を支えた。
ニコールはなんとか立ち上がりながら初めて真夜に気づいたような顔をする。
「貴様は、いったい何者だ」
アルが嫉妬しそうな表情で流し見てやった。
「白薔薇公爵の黒薔薇だ」
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
ニコールを引き立てて天空庭園の真下に立つ。そこら中の光を集めて光の柱ができていた。
「いつも美しいとおもっていたものが、いまはとても悲しく見えるわ」
祈るように手を組んだアリエルが見上げる。
「ここは、父上の牢獄だったのか」
セドリックは降り注ぐ光を手で掬い上げた。
感傷に浸る人間を放って置いて真夜は次々と指示を出す。
光の柱を囲むように白薔薇を並べていく。ドレスと髪に飾られた花だけでは足りず、念のために持って来ていた白薔薇をキースとケントに運んでもらった。
「これでいいのか?」
白薔薇を並べたのはアルとニコールだ。揃って真夜を見上げる姿は砂遊びをする男児のようだった。
「白薔薇の輪の中が道になるはずだ。見ろ」
余った白薔薇を輪に落とせば吸い込まれて消えていく。
白薔薇を見届けた兄弟は肩を組んで迷いなく輪の中に踏み込んだ。
「父上!」
「陛下!?」
セドリックと宰相が同時に叫ぶが、二人は振り返ることなく光に消えていった。
「おお、本当に道ができてる」
ケントは無意味に拍手をしていた。
「ここは頼んだぞ、キース、ケント」
「任された」
「仰せのままに、黒薔薇の姫」
簡素なキースと慇懃なケントの返事を受けて、真夜は宰相の首根っこを掴んだ。
「いくぞおまえら」
「吾もか!?」
暴れる宰相を引きずって穴に飛び込む。
アリエルを両側から抱きしめた三兄妹が後を追った。
足から落ちたはずなのに頭から天空の庭園上空に移動して落下していた。
悲鳴と悲鳴と唸りと歓声が夜なのに青空の庭園にこだまする。咲き乱れる薔薇がくっきり見えるようになるとふわりと勝手に体が回転して着地できた。親切仕様である。
「…………カレンっ、あ、ぅうあぅカレンっ」
先に来ていたアルの背中越しに見えた王は、横たわる水晶にしがみついて泣きじゃくっていた。
真夜は足下に落ちた白薔薇を拾い上げる。
「陛下……」
降り立った場所で王を見つめる宰相は、なにかを噛みしめ堪えていた。顔ごと目を逸らすと痛んだように顔を顰める。
それを見て、真夜は思う。こいつも〝命の薔薇〟といっしょなんだ、と。
「アンタ、好きだったんだな」
ほろり、と、口から言葉が零れていた。
誰を、と、指定していない言葉だったが、目を逸らしたままの宰相には届いていた。
「吾が憧れた陛下は、孤高に打ち勝ち凜然と世界を導く御方だ。女に縋って泣くような惨めな男ではない」
好きだから、みんなこじらせていく。
「みじめだよなぁ。泣いて縋ってひとりにするなってだだこねて。そんなになるまで耐えて、それでもまだ生きなきゃいけないし、背負わないといけないんだよなあ、こいつら」
ただの感想だ。完全なる自業自得だが、倒れたあの夜、真夜を導いた存在は、許すことを許し始めたのではないだろうか。
「アンタ、これでもこの世界の頂点に立ちたいのか?」
部外者同士、世界の理にケンカを売ったもの同士、真夜は男に向き合う。
「吾は、脇役でしかないと言うことか。ははっ……なんと滑稽な……さぞ面白おかしかったことだろう」
掠れた笑い声は、敬愛する王を何一つ理解出来なかった自分への自嘲だ。
「そうでもないさ。アンタ人間らしいよ。アルや王はもうその域を飛び抜けてしまったようだけど、〝命の薔薇〟は全ての人間に不老不死を与えなかった。それは、争ったり憎み合ったり、嫉妬したり愛し合ったり、そういう単純で複雑で理不尽な人間らしさを大切に思ったってことなんじゃないか?」
不老不死を量産できないように制限をかけている。王族だって長寿止まり。限りあるのが人だと、規定している。それが、神が人間に望んでいることなのかもしれない。
「傭兵に説教されるとは、実に不愉快だ」
怒りを糧に立ち直るタイプらしい。
「同感だよ」
皮肉ではなく心底そう思うから真夜はそのまま言葉にした。
「いいさ、与えられたというなら演じて見せようではないか。この世界に即興に対応できる器があるか見極めてやる」
「おれ、アンタのこと嫌いじゃないな」
とりあえず一人、男のこじれは解消されたようだ。
真夜は水晶の上に白薔薇を贈る。
「キレイな人だな」
白い肌にミモザ色の長い髪がよく似合う華奢な女性だ。
「歌が上手いんだ。畑仕事の合間によく歌ってくれた。私を優しい声で呼んでくれてね、心が美しい女性なんだ」
ニコールは添い寝をするように上半身をクリスタルに横たえていた。
「王子たちがいい子に育ってるのはこの人の血が入っているからだろうな」
見下ろしたニコールは涙ながらに少し笑った。笑い顔はアルに似ている。
真夜が世界の理に接続できるのは眠っているとき。意識と体の繋がりが薄くなっているときらしい。毎夜に加え昼寝のときも広大な本の海に埋もれて兄弟を解放する術がないか探っていた。人と同じ時間を送れるようにならないか。せめて愛する人と共に過ごせる手段はないか。
ページをめくり続けた指でクリスタルを撫でる。
「〝命の薔薇〟自身、自分が結んだ契約をおいそれと変更することはできない。王は必要だし管理人も必要だ。不老不死の存在もこの世から消えてはならない。だが契約にも優先順位がある。低い物から改変していって少しずつ世界を変える。まずは王だ。現在の王が王であることは重要だが、それは王座に座っているかいないかは問わないらしい」
滔滔と話す真夜をニコールがきょとんと見上げてくる。
「そして王の血を継いでいるのであれば、不老不死とはいわずともそれに近い長寿を与える事はできる」
調べに調べて、理の隙を突くようなやり方しかおもいつかなかった。それでも、泣き暮らしているよりはましだ。
「アンタもアルも生きている。人としての心は死んじゃいない。なら、前に進めるはずだし、少しずつ変えていけるはずだ」
アルと目が合う。うなずき合う。
「セドリック、覚悟はあるかい?」
アルは振り返って甥を見た。
「できています。でも……」
拳を握り込んだセドリックは力強く頷く。しかし、背中は頼りない。
「怖いのは当然だ。私もできるかぎり支えよう。なに、優秀な宰相も傍にいる」
出会って初めて、アルは宰相をきちんと見た。宰相は複雑な表情で頭を下げる。
「改変によってなにかが変わっても受け入れられる体勢をつくる。そうしたらおれが改変を始める。王がどうなるかは改変をしてみないと分からない。死ぬのか生きるのか、この人みたいに眠りにつくのか、それとも消えるのか」
「君にもわからない?」
「アンタはおれをなんだとおもっているんだ?」
「私の黒薔薇。そして、〝命の薔薇〟が対等と認めた恋敵、だろう?」
笑い飛ばしてやろうとおもってできなかった。
なんでここまで深入りして、存在まで賭けてどうにかしてやろうとあがいているのだろうか。王族なんて、一生関わるはずなかったのに、全員集合していて、いつの間にか世界の行く末すら背負おうとしている。
今ではアルが背負ってきたものの片棒を担いでやりたい。一番らしくないことを考えた。
「傭兵は、身軽なほうがいいんだよなあ」
出てきたのは自嘲だけだった。
「真夜?」
アルの手が頬に伸びる。それを掴んで、ニコールを見る。泣き止んだ顔には決意があった。
「王妃はただの人だ。アンタらの犯した罪に対する罰は飽くまでもアンタら二人とその直系子孫に科されている。特に主犯である兄貴が逃げ出さないように枷として眠らされているんだ。おそらく、起こせば王妃の時間が進む」
塵になって消えるのがこの手の話のセオリーだ。
「一目でも、会うことはできないのか?」
掴んでいた手が握り返された。
「断言はできない。だが、共に眠らせることはできる。改変が終わり、不老不死の移譲や変更が可能になれば、そのとき二人を起こして会わせてやれるかもしれない」
ニコールが立ち上がる。
「時間がかかっても俺は構わない。希望があるなら。セドリック、オスカー、アリエル、おまえたちには全てを背負わせてしまう。俺を恨むだろう」
「俺は……俺たちはいつか父上の後を継ぐものだとおもってきました。父上を尊敬こそすれ恨むなんて事はしません。よくぞ、ここまで世界を支えてくれました」
本当は父親ではなくても、ニコールは確かにセドリックたちの父として生きていた時間がある。
「父上、ボクは何があっても兄上を支えて見せます。父上や叔父上が本当は一緒にやりたかったこと、ボクたちが成し遂げて見せます」
父として生きてきた男の背中を、確かに見ていた男たちがいる。
「お兄様たち二人では心配なのでわたくしがちゃんと見張っていますから大丈夫です!」
そして少女は少女なりに男たちを支えるのだ。
「私の子供たちは頼もしいな。アル、そう思うだろう?」
「そうだね、兄さん。私たちがしたことはきっと間違いじゃなかった。この子たちを世界に残すために私たちはいたんだよ」
肩を抱き合う兄弟はようやく笑顔を交わす。
「うまい具合にオチをつけやがって……宰相さんは、この話に乗るのか?」
「許されるならまだこの役を演じよう。ニコール陛下より伝説になる国王を、吾が育ててみせる」
「重すぎる愛はこじれるだけだから気をつけろよ」
(汝もな)
アンタにだけは言われたくない。真夜は小声で呟いた。自分への戒めである。
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