第39話 再会
【再会】
あらゆる問題を放棄し、置き去りにし、または乱暴に突破して王城舞踏会の日を迎えた。ガーデンパーティーより一段と華やかになった衣装をまとい、真夜とアル、ケントとキースは飛行船に乗り込む。クレイオはアルの身代わりに悠久庭園に留まる。真夜が仮死状態の間に改変できた条件付きの外出だ。
「クレイオ、あとは頼んだよ」
「旦那様の代わりを仰せつかることができて光栄でございます。存分に」
「それでは行こう」
豪奢な外套を翻して、白薔薇公爵は数千年ぶりに外へと向かう。
飛行船の操縦席には免許を持っているケントが座っている。終始、「このまま行っていいの?」「普通に飛ぶの?」と、不安がっていたが、結界を目前にして腹が据わったのか速度を上げた。事前に説明もしたし、見えないだけで実際の境界は王都をまるっと覆っているので悠久庭園領の結界は関係ないが、長年の癖なのだろう。
「本当に、出られてしまった」
窓の外を覗いてアルが思わず呟く。
「だから言っただろう? なんにでも例外はあるって」
アルの目に感動は薄い。淡々と情景を眺めている。
「君と出会ったのは、本当に私の運命なのかもしれないね」
「運命って言葉はいつだって後付けだ。おれたちはいつだって自分で選んできた。それを繰り返してここにいる。それだけだ」
「兄上に、会えるだろうか」
「ここまで来て会えなかったらアンタ関係者全員に殴られるぞ」
そうして王城に到着した一行を王子三兄妹が出迎えた。今回の舞踏会は王が弟の婚約を祝う名目がある。王への謁見のため、序列が低い順から名前を呼ばれ会場に入る。序列においても主賓としてもアルたちの登場は最後だ。
「父上は会場におられます」
夜も照らし出しそうなきらきらしいセドリックが緊張した面持ちで告げる。
「私のことは伝えたのかい?」
アルに答えたのはセドリックに並んだオスカーだ。表情は似ていないが兄弟の顔はよく似ている。
「婚約者が謁見されるとだけ。エスコートは騎士のケントだとお伝えしてあります」
真実を知らない兄妹には、アルが庭園領からでられないかもしれない、と、いう危惧があったのだろう。
「驚きすぎて逃げ出さないようにちゃんと捕まえておけよ?」
「はい! 真夜お姉様! 今夜もお美しいですわ!」
真夜が話に割り込めばアリエルは元気よく笑ってくれた。
アルは柄にもなく緊張している。
「覚悟はもうできてるんだろう?」
「できていた、つもりだったのだけどね」
「ま、できてようができてまいが物事は進むからな。よっしゃいくぞ」
真夜から腕に手を絡めて一歩踏み出す。
「お姉様かっこいい」
「ボク、憧れちゃうな」
「お兄ちゃんは心配だ」
兄しか目に入っていなかった弟まで感化され始め、長兄は新たな悩みを抱え込んでしまった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「アルザス・アルモリーク、メモアー公爵と真夜・ルゥ嬢」
とんでもなく大きな両開きの扉をくぐればこれまた見上げてひっくり返りそうな高い天井と広大な広間。人垣で作られた道の先には大階段があり、登り詰めた先には王が座る場所がもうけられている。
階段の真下に来た時はまだお互い冷静だったと思われる。一歩昇るごとにアルの足取りは速くなり、見下ろす国王の顔色が変わっていく。傍に控える王子たちも緊張していた。玉座から一段下がったところには青灰色の髪をした男が立っていた。黒幕の宰相だろう。本来なら舞踏会には出てこないはずだが、出てこないはずの弟が出てきて戦々恐々としている、と、いった顔をしている。宰相の様子が目に入っているのは真夜だけだ。
王はアルが階段を登り切った時には半分腰を浮かせていた。
礼をとり顔をあげると王は膝から崩れ、涙を流して両手を伸ばす。
「アル……どうしてここに……呪いは、呪いは解けたのか!?」
「兄さん! やっと会えたっ」
駆け寄ったアルが王を抱きしめる。アリエルとオスカーが声を出して泣いていた。再会できた始まりの兄弟も、抱き合ってむせび泣いている。
宰相はなにがなにやらといった様子だ。侍従も近衛騎士も、見守るだけでなにもできない。できるはずもない。世界の生け贄として生き続けてきた兄弟の小さな願いを壊せるはずがない。
「もう辛いんだ。こんな世界生きていたくない。早く死にたいんだ。アル、俺を殺してくれ。カレンの元に逝かせてくれ」
「陛下! なにをおっしゃいますか!」
方々から声があがるが王は誰の声も耳に入っていない。
「これが私たちの罰なんだよ兄さん。私たちの命は世界の命でもある」
「なら、この世界ごと」
「兄さん! それはいけない」
「アル」
「陛下」
宰相と真夜が同時に声を掛けた。宰相と目が合う。王を支えるために宰相が動く。真夜はセドリックと目を合わせやるべきことを確認した。
「父上、叔父上はまだここにいてくださいます。どうか気を静めて」
「兄さん、今までの分の話をしよう」
「アル……アル」
(我と同じよ…………なにもかも忘れ、ただ愛に狂った悲しき存在)
〝命の薔薇〟の声は憐憫に溢れている。自分を見ている気分だろう。
真夜は騎士のように御前に片膝をつく。王冠の重さに耐えられず歪む顔を覗き込んだ。
「陛下、おれはアルの願いを叶えるために命を賭けると誓った。アルがアンタの願いを叶えたいと願うなら必ず力になる。もう少し辛抱してくれ」
王は幼い子供のように頷いた。
一礼し広間に降りていく。
舞踏会はつつがなく終わり、アルと真夜は宰相に導かれて王宮への廻廊を進んでいた。
「吾を糾弾しにきたのではないのか?」
背を向ける宰相がぼそりと言った。
廊下の先だけを見つめるアルはなにも言う気がない。代わりに真夜が口を開く。
「アンタがこの舞踏会中、黙って見過ごしてくれればそれでよかった。白薔薇公爵側に、政に首を突っ込む気はない」
宰相が立ち止まり振り返る。
「では何をしに掟を破ってここまで出てきた」
静かな表情に警戒をにじませる宰相に対して、アルの表情はどこまでも透明だった。どんな感情がアルをそうさせたのか、真夜にはわからない。それでも、その心を占めるのは兄なのだと確信できる。
「私が、兄に会いたいと願った。それだけだ」
「それだけのために! 世界の掟を破ったのか!?」
声を荒げた宰相は、気でも狂った人間を見ている気分だろう。
「これは掟などという生やさしものではないよ。これは、私たちに科された罰だ」
「なにを……」
「今からそれを目の当たりにするだろう。君が欲しがる王座がどういったものかも」
アルは宰相を追い越して進む。
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