第37話 薔薇にレースを、傭兵とダンスを

【薔薇にレースを、傭兵とダンスを】


 中止になったガーデンパーティーの代わりとして大々的に宣伝された白薔薇公爵の婚約者披露パーティーは、準備段階から悠久庭園領をこれ以上なく盛り上げている。歴史に残る大騒ぎぶりだ。

 パーティーまで残ると言っていた三兄妹はアルの説得で一度王宮に戻り、白薔薇公爵邸の面々はパーティーの準備に休む暇なく動いている。中でも真夜は新しいドレスの仕立てにダンスのレッスン、基本的な礼儀作法教育と理の改変、有事に備えた仕込みと人一倍やることは詰まっていたが、大半は慣れない貴族仕様の用事で過剰な疲労に襲われていた。

 何着目になるかわからないドレスデザインを決めてぐったりした真夜は、這々の体で庭に出て芝生に寝転んだ。

 心地よく香しい風が来るとおもっていたらセリーヌが扇子で風を送ってくれていた。


「ただの領主の結婚じゃないか。どれだけ騒ぎたいんだ?」


 ガーデンパーティーのときのお祭り騒ぎですら呆れていた真夜は領内のノリについていけない。


「白薔薇様の人気はすごいのよぉ。それに、代々白薔薇様の婚姻やご家族は秘匿されてきたから、前代未聞の話なのよ。なんといっても、今回は盛大に祝えってお達しがでてるしね! 飾り付けにワクワクしちゃうわぁ!!」


 なんというお達しを出してくれたんだか、と、真夜は呆れる。真夜には伏せられているが、アルはこの祭りのために補助金まで出している。


「あいつ、浮かれてんじゃないか?」


 我が意を得たり! と、セリーヌが扇子を閉じた。


「そりゃそうよ! だってこれで既成事実ができるもの!」


「……はぁ!?」


 たしかにやることはやっているし、〝薔薇の眷属〟として力をわけてもらっているからパートナーといっても過言ではない。公に発表することが計画に盛り込まれているが、目的達成のためのただの手段としか認識していなかった。

 兄と再会したアルが今後どうするかはまだわからないが、真夜はいつか自分は傭兵に戻るものだと思っていた。

 色々整理しなければいけないことがありそうだが疲労で思考が働かない。そうこうしているうちに視界に白い姿が入ってきた。


「私の黒薔薇、ダンスの時間だよ」


 憂鬱な時間の始まりだ。ダンス練習用のドレスに着替えヒールを履く。サロンでクレイオとアルに手ほどきを受けながら練習しているが、真夜は白薔薇公爵邸が揃って驚くほど踊れなかった。アルの足を踏むのは毎度のこと。自分の足にもつれてみたりバランスを崩してアルを押し倒してみたり。サロンの端でケントは腹を抱えているし、窓の外のセリーヌは悲壮な表情だ。


「踊り子の血が入っているのだろう?」


 アルもやや呆れ気味だ。クレイオですらお手上げ状態なのだから手のつけようがない。キースだけは弱みを握って逆に上機嫌だった。


「まてまてまて。そうだよ。踊り子の血が入っているんだからできないわけないんだよ。もうちょっとまて。もう少しで覚えられそうだ」


 ただの強がりだが昼のガーデンパーティーでも夜会でもアルとダンスを踊らなければいけない。死活問題だった。


「覚える必要はないんだよ。私に身を任せればいい」


 アルが慰めるように背中を撫でる。


「なんか癪だ」


 口を尖らせる真夜にアルは破顔した。


「君は本当におもしろいな。ならこうしよう。私の動きを読むんだ。私が君をどうしたいのか、どこに行きたいのか、読んでステップを踏む」


「なるほど。よし、ちょっとホールドのまましばらく待っててくれ」


 アルに体を寄せて目を瞑る。アルはしっかりとホールドの姿勢を保ったまま真夜を支えた。


「カウントたのむ」


 スっと動き出した二人は流れるようにターンを決める。

 今までの苦労が馬鹿らしくなるほどすんなり踊れた。


「あらあらぁ、始めた頃はどうなるかと思ったけど息ぴったりじゃない。いいわよいいわよぉ。ドレスのイメージ湧いてきたわぁ」


 セリーヌを筆頭にソフィたちが色めき立ち、ケントは思わず拍手をした。突然華麗にステップを踏み出した真夜にキースは悔しそうにしつつも安堵してサロンを出て行った。


「やっと君とまともに踊れた」


「話しかけるな。今はまだ集中してないとまたアンタの足を踏む」


 滅多に見られない真夜の真剣な表情をアルはうっとりと見つめる。


「パーティーまでには笑顔で踊れるようにね」


「とことん付き合ってもらうからな」


「よろこんで。私の黒薔薇を美しく咲かせるためならどんな努力も苦ではないよ」


「いってろ」



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