第36話 サロンには音楽と少しの陰謀
【サロンには音楽と少しの陰謀】
「月夜の庭園で二人は出会い一目で恋に落ちて朝までダンスを踊ったんですよね!?」
さらに一夜が明けて昼。傭兵が群がっていたサロンもキレイに整えられ白薔薇公爵邸に平穏は、
「薔薇の園で口づけを交わし、伝説の薔薇に愛を誓った、なんて素敵!」
訪れなかった。
真夜基準で着飾らされた彼女はアリエルの猛攻を受けている。
アリエル用に脚色された話によると、アルと真夜は〝命の薔薇〟が選んだ運命の恋人で薔薇に導かれて出会ったらしい。
実際のところは庭園に侵入した傭兵を斬った公爵が朝まで尋問した挙げ句拘束監禁したのだが、幼い姫に聞かせる話ではないことは真夜にもわかる。だが、脚色の仕方に物申したい。
「叔父様と目が合ったときはどんな気持ちがしたの? やっぱり胸が締めつけられるのかしら!? ああ、私もそんな恋がしてみたい!」
ダンスを申し込まれたときの気持ちや、キスの感想を求められ真夜はソファに沈んだ。
近くのソファから目を輝かせているオスカーの視線も痛い。
セドリックが冷めた目で三人を見つめているのが唯一の救いだろうか。嘘八百を吹き込んだアルは輝かしい笑顔で遠巻きに見つめている。手助けを条件に好き勝手したくせに動く気配がない。
「アリエル、はしたないぞ」
代わりに動いたのは長兄のセドリックだ。真夜とアリエルの間に割り込み、妹をオスカーの傍に追いやる。アリエルは頬を膨らませながらもおとなしくオスカーの傍に腰を落ち着けた。
「妹が失礼した」
「あーいや、なんというか……女は生まれたときから女だからな……しかたない」
「叔父上は俺たち兄弟にとって大切な存在だ。叔父上が選んだ女性をよく知りたくなる気持ちも理解してもらいたい」
噂に聞く王子とは違う印象を受けて興味が湧いた。
「よく知りたいなら、おれと寝てみるか?」
顔を寄せて囁いた真夜から真っ赤になったセドリックは飛び退いた。
「なんだ。放蕩王子と聞いたが初心なんだな」
女遊びが激しいはずの王子が口をパクパクさせている。貴族なりのセックスアピールだろうか。
キースに負けず劣らず若い。
「兄上は、本当は真面目で気遣い屋で優しい人なんです」
「そうらしいな」
兄上を自慢できてオスカーは満足げに頷いている。
おそらく三兄妹の中で一番強い。
「あまりセドリックをいじめないでくれないか、私の黒薔薇」
真夜の肩を後ろに立ったアルが撫でる。
アリエルが歓声を上げた。
真夜はアルを見上げて鼻で笑った。
「叔父上のどぎつい下ネタに毒されてないかたしかめただけだ。甥には猫をかぶっているらしいな」
今後のためにも純情な王子に叔父のエグさを教えてやりたくなる。
「叔父上は裏表のないお方だ!」
が、真夜の親切心は伝わらない。息を吹き返したセドリックがくってかかる。
真夜はセドリックをちらりと見てアルに視線を戻す。腕を伸ばして頭を抱き寄せる。腰を曲げたアルの首に手を掛け頬を寄せてセドリックを流し見た。
「セドリック、アルはすばらしい紳士だな?」
「ああ、そうだ」
うろたえながらもしっかりと頷いた。
「紳士たるもの特殊な性癖だろうと紳士面の下に完ぺきに隠すものだ。その点、お前の叔父上は完ぺきな紳士だな」
一瞬でセドリックの顔は真っ赤になった。昨日一日姿を見せなかったアルと真夜がなにをしていたのかはわかっているはずだ。若い男の思考回路は単純だ。
「真夜……」
咎めるような呆れているような吐息多めの呼び声を無視する。アルを突き放してセドリックの肩を叩く。ビクンッと、大げさに跳ねた。
「お前は純粋なまま立派な紳士になるんだぞ」
セドリックを見る琥珀は、切実な願いと期待を込めて青少年を見守る大人の目だった。
「兄上はもう立派な紳士です」
「真夜お姉様……すごいわ」
兄上を褒め称えてうっとりしているオスカーと乙女心と女心を併せ持つアリエルの羨望のまなざしが真夜を穿つ。
お互いが勝手に空気をつくって混沌が生まれる。
クレイオだけがいつもと変わらない。
そんなしょうもない混沌にキースとケントが入ってきた。後ろからソフィとセリーヌも入ってくる。
真夜には聞かされていないメンバーだ。
「私の黒薔薇」
アルが手を引いて真夜を立ち上がらせる。クレイオがアルと対面する位置、使用人たちの隣に並ぶ。アルは全員が視界に入る位置に立ち真夜を抱き寄せる。
「真夜を婚約者として公に発表しようとおもう。ひいてはここにいる皆に手伝ってもらいたい」
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
歓声と悲鳴が入り交じったサロンでは楽しい楽しい計画が進んでいた。
今まで世代交代や家族を秘匿していた白薔薇公爵が史上初めて婚約者を発表するという一大事を持って王城に乗り込もうという計画だ。
王族の結婚ともなれば国の問題であるし、白薔薇公爵は王国の三大公爵筆頭であり、悠久庭園領は最重要地である。王城、今回の場合はセドリックが祝いの舞踏会を開くには理由は十分であり、先だっての婚約者披露パーティーに高位貴族を呼びつけるのも不思議ではない。むしろ、この招待状を拒否することは王弟に逆らうことになる。なにより、正体不明の婚約者の正体を見定めてやろうとこぞってくるはずだ。婚約者に取り入ればそれはすなわち、表舞台には立たないが絶大な権力を持つ白薔薇公爵に取り入れると、いうことだからだ。鉱山労働者賃金未払い騒ぎのおかげで白薔薇公爵の知名度は天井を突き破っている。
「なにか仕掛けてくるなら都合のいい舞台だな」
一躍主役に登り詰めた真夜だが、アルを兄に会わせる目的があるため突然の発表にも冷静でいられた。目的が決まれば勝手に動き出せるのが傭兵だ。
「危険ではありませんか? シュシュ公爵やベルアィーダ公爵がなにを仕掛けてくるかわからない」
叔父上の命を心配して乗り込んできたセドリックにとっては当然の心配だ。しかし、心配の相手が不老不死だと知らない。
「私の目的は兄上に会うことだ。この屋敷で仕掛けてくるなら全ては筒抜けになる。おそらくどちらが仕掛けてきても宰相に繋がるはずだ。もし繋がらなくても疑惑さえ浮かべばいい。それをもって舞踏会ではおとなしくしていてもらう」
「これを機に邪魔者を排除しなくていいのか?」
「人とは完ぺきに同じ方向を見つめていられるものではない。様々な考えが均衡を保っているのが大事だ」
宰相派のシュシュ公爵。シュシュ公爵に一歩遅れながら躍進の機会を窺っているベルアィーダ公爵。その下に様々な思いで繋がる貴族。
自分に敵対する人間も世界には必要だという。この度量が、神が始まりの兄弟を生かし続けている理由の一つだろう。
「なるほど。わかった。派手に見せつけてやろう」
揺らがないアルに真夜は降参のポーズをとる。
「叔父上が確信を持っておられるなら俺は従います」
セドリックは決意を胸に立ち上がる。
「兄上、ボクも力になります。お役に立ってみせますから、一人でやろうとは思わないでください」
なんとしても兄から手を離さない覚悟が弟にはある。
「私がちゃんと見てます。ふがいないことをなさったらヒールで足を踏んでやりますからね!」
まだ幼い少女は、それでも精一杯二人の背を支えた。
「オスカー、アリィ……俺は素晴らしい弟と妹をもった」
微笑ましい兄妹の抱擁をきっかけに白薔薇公爵邸が動き出した。
「仕掛けてくるならベルアィーダ公爵だと考えているのか?」
サロンに残ったのは王族と傭兵だ。とんでもない組み合わせだが、王弟とその婚約者、甥たち、と言い直せばどうにか体面は保たれる。
「シュシュ公爵は人を使うのがうまい。汚れ仕事で名前が挙がるのはベルアィーダ公爵だ。鉱山暴動のときも、後始末はベルアィーダ公爵だったが、辺境伯に働きかけたのはシュシュ公爵だろう」
三大公爵でも見劣りしているベルアィーダ公爵がどうにかしてシュシュ公爵に先んじたい、と、考えるのは容易い。
「その辺の探りはキースと、フマルクに任せるか。どうせフマルクは確保しているんだろう?」
ガーデンパーティー以来消息を絶っているフマルクだが真夜には確信があった。アルを見てクレイオを見れば、クレイオはゆっくりと頷いた。
「火付けはセリーヌがいる。狸親父どもの鼻面をへし折ってやる」
真夜が唇を舐めた。傭兵の顔だ。
「お姉様、素敵……」
セドリックとオスカーが真顔で妹を見る。真夜自身も心配になった。
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