第35話 薔薇の刻印
【薔薇の刻印】
熱を分け合う夜を越え空が白んできた頃、必要なことは終わったのだからいいだろうと、真夜はアルの腕から抜け出しベッドから降りようとした。床に茨がびっしりと生えていて足の踏み場は失われていた。
(足りぬ。もっとしっかりすりこんでもらえ)
「そんな話じゃなかったはずだ!」
とんでもない発言に掠れた声が叫んだ。
(我が愛しき者の人を愛する姿に我は興奮している。もっと見せよ。こんな姿を見たのは原初の時より初めてのことだ)
「おまえも変態か! 覗き趣味の自慰に付き合う義理はないぞ!?」
(喚くな。我が恋敵よ、我は我が愛しき者とむつみ合うことも叶わぬと言うのに、慈悲はないのか)
「めちゃくちゃ言ってるの理解してるか!?」
そもそも体なんぞいらない、とかほざいていたのに掌を返すのが早い。
「ベッドに私がいるというのに痴話喧嘩を見せつけないでくれるかい?」
後ろから抱き寄せられてベッドの中央に掠われる。
「アンタの目は腐っているのか!?」
(我が愛しき者の瞳になにを言うか! 我は傷ついた。謝罪の代わりに我の望みを叶えよ!)
茨がうねうねしてベッドから出さない、という意思表示をする。今まですれ違いでこじれっぱなしだったアルと〝命の薔薇〟が妙なところで息を合わせる。
「どうやら〝命の薔薇〟のお許しがでないようだね。さて、続きを始めようか」
「おまえら、むしってやる」
傭兵渾身の脅しも世界を背負う二人には効かない。
「君になら光栄だね」
(汝が嫌と言うほど茂ってくれるわ)
押し倒され胸を寄せられ、唇が重なる。
「〝命の薔薇〟はなんと言っていたんだい?」
「絶対言わない」
顔の横に肘を突かれ逃げ場を失う。苦肉の策で顔ごと視線を逸らすがアルはうっとりと笑う始末だった。
「普段の飄々とした君もステキだが、恥ずかしげな顔もとても好ましい」
真夜がどんなことに感じてなにをおもっているのか全部把握されている。わかった上で羞恥に染まる様を見てやろうという。やっていることと表情のギャップがひどすぎた。
「変態……ばっかだ……」
ついに真夜は涙目になってアルの腕で顔を隠した。
荒くれ者すら涼しい顔でいなす真夜が目元を染めて恥ずかしがる様に紳士の理性は吹き飛んだ。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「晩餐に君が来なかったから私は一人で質問攻めにあったのだよ?」
離したがらないアルに付き合い、真夜は背中を預けて横になっていた。
「アンタの撒いた種だろ。自業自得だ」
「おや、いいのかな? 今度アリエルにあったとき、君はどんな目にあうかな? 私の手助けは必要じゃない?」
意地の悪い手が真夜の腹を締めつける。
「アンタも〝命の薔薇〟も人で遊びすぎだ」
前払いとして真夜は振り返る。嬉しそうな顔の男が唇をあわせてきた。苦しいが、舌を伸ばして少しでも隙間がなくなるように絡ませ合う。
漏れる朝日から隠れるように躰を抱きしめ合う。
昼も過ぎた時間に目を覚ました二人は正反対の表情をしていた。
真夜の下腹部に黒薔薇の刻印が浮かんでいる。
「〝命の薔薇〟も粋なことをしてくれる」
感動に目を潤ませたアルが黒薔薇の刻印にキスをする。
ベッド脇では茨が小躍りするようにうねうねしている。
真夜の目は死んでいた。
「呪われたほうがましだ……」
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