第34話 ベッドには花一輪

【ベッドには花一輪】


 真夜は晩餐を放棄して神域に降り立った。


(我は我が愛しき者に不老不死を与えあらゆる病、あらゆる傷をも癒やすことができるが、代わりに悠久の孤独を与えてしまった)


 こっちもこっちで落ち込んでいたらしい。今さらすぎて真夜は鼻で笑ってしまった。

 〝命の薔薇〟が落ち込むのを、真夜はすこしだけ共有できる気がした。時間を共有する存在が隣にいても、アルが一番に気にしているのは神罰を分かち合った兄。落ち込むことががわかっていながら考えずにはいられない存在をずっと見つめている。肩を掴んでこっちを見ろと揺さぶってやりたい。


「今は言葉があるじゃないか。それに、アンタはずっと傍にいるだろ」


(言葉では伝えられぬものがある。我は学んだ。肌をあわせ熱を分かち合って初めて伝わるものが汝と我が愛しき者の間にはある。だから、我は汝に任せることにした。そして、それは、我が愛しき者の孤独を癒やせる魔法だ)


 泣いて縋る目を思い出した。しみったれて誰かに縋る男は嫌いなはずだった。


「癒やす? 笑えるな。おれはアイツのケツを蹴り飛ばすだけだ」


 椅子には座らずテーブルに腰掛け腕を組んだ。


(素直ではないな、我が恋敵よ)


「恋敵ぃ?」


 素っ頓狂な声がクリスタルに反響する。


(汝は我より我が愛しき者の傍にいて守れる。我と同等の気持ちを我が愛しき者に向けている)


「いやいや、買いかぶりすぎだ」


 数千年閉じ込めるだけの熱量を自分が持つとは思えなかった。


(我が愛しき者を見続けてきた我の目はごまかせぬぞ。我の色が変わるほど嫉妬させたのも、我が愛しき者が追ったのも汝だけだ。それがただの娘では我の矜持が許さぬ。故に汝は我が恋敵よ)


「おれは認めないぞ」


 矜持のための格付けを真夜は蹴り飛ばす。


(認めよ。そして口にするがいい。我が愛しき者を愛していると。さあ! さあ!)


「言うかよ」


 声を高める〝命の薔薇〟に反して真夜の声はどんどん低くなっていく。


(我が愛しき者のために命を賭けると言ったのは嘘か? 世界の理を変えると言ったのは嘘か?)


 嘘ではないし嘘にしないと、決めている。


(汝が己の心を認めるなら我も力を貸そう。我にも変えられぬ世界の理をおぬしなら変えられるやもしれぬ)


 言葉を得た〝命の薔薇〟にとって、今の状況は呪縛だ。愛しなければ存在できない。故に解放もできない。ならば世界を変えるしかない。


「昼間みたいなのはなしだ」


(世界が朽ちるまで我が胸に秘めよう。約束だ)


 小指に蔓が絡む。指先にチクリと棘が刺さった。ぷくりと出てきた血が、黒く小さな薔薇のような痣に変わる。


「余計なルールをまた作りやがって……」


 ため息はつくが、ただ好きな奴のために存在意義を超えてなにかしてやりたい、と、必死になる恋敵に報いたくなった。


「愛してるよ。寂しがり屋で泣き虫で面倒な男だけど、命を賭けてやろうとおもえる」


(よくぞ言ってくれた我が恋敵よ)


 周囲のクリスタルが輝きを増した。光は薔薇の台座に集まり〝命の薔薇〟に吸い込まれていく。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 恋敵の記念に薔薇を一輪贈られた。〝命の薔薇〟の祝福が付与されているらしい。使い方を聞いてむしりそうになったが言質を取られているので踏みとどまった。

 ずいぶんと話し込んでいたらしく、真夜が温室にでたのは深夜だった。にも関わらず、待機していたソフィたちに風呂に突っ込まれ肌を磨かれ新しい夜着を着せられた。

 寝室に放り込まれてから真夜は昼間の発言を思い出した。


「まさか……」


 これは初夜仕様と、いうやつではあるまいか。

 アルはベッドで本を読んでいた。真夜を見て本を閉じる。


「遅かったね、私の黒薔薇。今夜は独り寝かと落ち込んでいたところだった」


「ぐっ……」 


 これからしなくてはいけないことを考えるとうめくほど癪だった。なぜか風呂に入っている時ですら手放さなかった薔薇をいまさら握りつぶしそうになる。


「その薔薇は? ここで咲いている薔薇ではないね」


「薔薇の見分けなんてつくのか?」


 真夜には色の見分けしかつかない。


「私は白薔薇公爵だよ? 不思議な薔薇だね。見せてもらえるかい?」


 ただの赤い薔薇にしか見えない。

 アルが手を伸ばすから真夜は手渡した。それは同時にベッドに近づく行為でもある。


「見事な薔薇だ。けれど中にもうひとつ蕾があるように見える」


「うぐっ……」


 肉厚な花弁に埋もれるような蕾を見つけられ真夜はダメージを受けた。。


「私の黒薔薇?」


「…………それを…………咲かせると、庭園から出られる」


 小声で早口。アルの顔を見られない。


「この蕾を、咲かせる? では生けないと」


 ベッドから降りようとするアルの腕を掴んでとめる。


「水に生けてもそれは咲かない」


 めちゃくちゃ低い声がでた。真夜の顔を見たアルがベッドに戻り逆に真夜の手を引く。


「私の黒薔薇、おいで」


 優しい声を出さないでもらいたい。横座りしてアルと対面するが視線があわせられない。


「この蕾を花開かせる方法を教えてくれないかい?」


 顔を覗き込まれるが逸らしてしまう。実にらしくない真夜に、アルは顔を近づける。


「生ければいいんだよ」


「どこに?」


 真夜の反応からだいたいの想像はついているはずだった。


「おれの、からだ」


 胸元が開いた夜着の隙間から薔薇をさしこみ谷間に生ける。掴んでいた手に指を絡めて握り。薔薇を持っていた手で頬を撫でてくる。


「躰のどこに? 方法は?」


 ゆっくりと押し倒されて前髪が触れ合う。


「教えなさい、真夜」


 囁く掠れ声に背筋が痺れた。

 もらった薔薇は〝薔薇の眷属〟の苗、とでもいうべきものだ。〝命の薔薇〟も初めてのことで、真夜はぼんやりとした説明しか受けていない。

 今、この世界に神の命を受けて、〝命の薔薇〟から不老不死を与えられている、〝薔薇の眷属〟はアルと兄のニコールのみ。よくもわるくも神が作った世界の運行に触れられるのは〝薔薇の眷属〟だけ。真夜はただの人の身でたまたま〝命の薔薇〟のルールに触れたが、これから先、意志を持って世界の理と対峙するには〝薔薇の眷属〟である必要がある。と、いうのが〝命の薔薇〟の見解だ。

 しかし、世界の理では〝薔薇の眷属〟はアルとニコールの二人に固定されている。〝命の薔薇〟の一存ではこれを増やすことも減らすこともできない。抜け道はクレイオだった。〝薔薇の眷属〟の奴隷、として神域に入ることを許された。アルかニコールに紐付けて新しい属性を作ることは可能だということだ。そして一時的にでも不老不死を与えられれば〝薔薇の眷属〟と同等となり世界の理に手が届く。

 真夜に不老不死を与えるのは、〝命の薔薇〟ではなく、


「んっ……っ」


「真夜、ここにいれてしまっていいのかい?」


 〝薔薇の眷属〟であるアルが自分の存在を分け与えるのだ。

 花の奥に隠された蕾を真夜は口に含んだ。アルの指がそれを舌に押しつける。

 小さく頷くことで真夜は意志を示した。


 〝薔薇の眷属〟の苗を体に取り込んだ真夜と正真正銘〝薔薇の眷属〟のアルが交われば〝薔薇の眷属の花嫁〟という新しい存在になれる。全ては憶測で成功するかはわからない。しかし、やってみなければわからないのも事実だった。


「んっ……く」


 アルのキスと一緒に真夜は蕾を飲み込んだ。

 体の奥に入っていく程に熱は増す。

 たかだか口づけ一つで熱くなる自分が真夜は気恥ずかしくて仕方なかった。貴族の令嬢が知れば失神しそうな体験もしてきたはずなのに、抱き合って口づけるアルとの距離に耐えられなくなる。顔を背け肩を押した。


「困った薔薇だね。私の黒薔薇は」


 普段とは様子の違う真夜の羞恥心を見抜いてアルは逃げる体を抱き寄せた。花の色に染まる目元に口づけ潤む琥珀を覗きこむ。


「ダメだよ真夜。説明された通りにしなくてはね。こっちを向きなさい」


「んんっ」


 他の人間が言ったのなら蹴り飛ばしてやるところだが、真夜はベッドでアルに命令されると弱いことを自覚してしまった。

 自ら顔を振り向け、また口づけられて舌を絡められる。


 〝命の薔薇〟は「躰が勝手に求めるようにすればいい」とかなんとか言っていた。この部屋には男と女が二人きりで、双方上品とは言いがたい性質をもっている。見つめるアルの瞳も、先に行きたいと訴えてくる。

 真夜は諦めてアルの首に両腕を回した。


「ああ、私の黒薔薇」


 抱擁がきつくなる。心地よい締めつけに身を任せ、アルの声に思考を溶かした。


「これは君と私が一つになって、世界に繋がる儀式なのだね」


 その解釈で間違えではないだろう。もっと直截な言葉もあるが、二人ともその言葉を口にすることはしない。


「アル……」


 代わりに名前を呼び合い唇を重ね合った。



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