第31話 王子様には高いところが似合う

【王子様には高いところが似合う】


「アリィ、いくらなんでもここは待機の場面だよ?」


 変装を解いたオスカーに怒られるも、アリエルはぽかんとするしかなかった。状況把握が追いつかない。

 気づけばオスカーやセドリックの近衛騎士たちに囲まれている。


「これはなに? どういうことですかお兄様」


「まあ色々あるんだよ」


 セドリックは船員服の下に典礼服を身につけていた。


「あー動きづらかった」


 肩を回し服のシワを伸ばす。身につけられなかった装飾品を騎士たちが次々と渡していく。


「セドリックお兄様、その服装は」


 船員服を回収した騎士がマントを差し出す。紋章入りの、大事な場面でまとうものだ。


「この格好のほうが王子様っぽいだろう?」


 美麗な顔を勝ち気に微笑ませマントを羽織り肩で留める。留め金はセドリックの誕生祝いにアルが贈ったクリスタル製だ。裾をさばけば立派な王子ができあがる。冠もあればすぐにでも戴冠式ができそうだった。


「どうだ? かっこいいか?」


 久しぶりに兄に微笑まれアリエルの頬が赤らむ。


「とっても……って! そういうことではなく! 状況を説明してください!」


 立ち直りが早かった妹に変わって次男がのろけた。


「兄上すっごくかっこいいです! ああもうこんなに近くで見られるなんてボク幸せだな」


「オスカーお兄様!」


 オスカーが握っていた通信用の魔法鉱石がチカチカと点滅した。


「よし、開けろ。いくよ、アリィ」


 差し出されたセドリックの手に条件反射でアリエルは手を重ねた。

 扉が開いた先には黒ずくめの男三人が倒れている。


「ひゃっ」


「大丈夫だよ」


 怯えるアリエルの肩を後ろからオスカーが抱いた。


「お待ちしておりましたセドリック殿下、オスカー殿下、アリエル殿下」


 胸に手をあてクレイオが頭を下げる。後ろからケントが駆けてきた。


「ありゃりゃーやっぱりクレイオさんだけで大丈夫だったかー」


「片付けが間に合わず失礼をいたしました。どうかご容赦を」


 駆けつけたはいいが仕事はすでに終わっていたケントと、息ひとつ乱さず処理してしまったクレイオにセドリックは悠然と対した。


「いや、十分舞台は整えてもらった。感謝する」


「セドリック」


 仕上げとして現れたアルは優雅に歩いてきた。王族を前に真夜は姿を隠している。


「こちらの仕込みは上々だ。準備はいいかい?」


「はい。叔父上」


 頷いたセドリックは拳を握り顎に力を込めた。後ろに控えるオスカーにも緊張が奔る。釣られてアリエルも身を固くした。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 アルが甥たちを出迎える間暴動が必要以上に広がらないように監視を担っていたのはセリーヌとキースだった。セリーヌは物慣れたものだがキースは傭兵に揉まれてボロボロでフラフラしている。


「ほうらしっかりしなさいな。もうすぐよ」


 セリーヌがキースの腕をとって体を支えてやると同時に待望の声が響き渡る。


「祭りを楽しむ諸兄にあいさつ申し上げる」


 青空に浮かぶ飛行船を背景にアルの姿が空に浮かんだ。通信用の魔法鉱石は信号だけでなく、仕込む術式によって話者の姿を映し出すものがある。真夜と悠久庭園領の技術者が開発した拡大通信術式で白薔薇公爵庭園の隅々までアルの姿と声を届ける。


「本日は我が悠久庭園領のガーデンパーティーにようこそ。中には鉱山での賃金未払いの件で嘆願を届けに来た者もいるときく。本日は無礼講の祭り。鉱山の責任者であるセドリック殿下にお越し頂いた」


 アルの代わりに青空を占めたのは凛々しい顔立ちのセドリック王子だ。背後に第二王子のオスカーと第三王子のアリエルの姿まで見える。薔薇に囲まれた華々しい顔ぶれに誰もが注目する。


「私は、セドリック・グランデ・ヴァルツ。此度の鉱山暴動では労働者の尽力に報いることができず皆に迷惑を掛けた。我が叔父である白薔薇公爵の好意と尽力により、未払い賃金補填の準備が整ったことを知らせるためにこの場をお借りした」


 庭園を歓声が埋め尽くした。爆炎でも燃えなかった薔薇が揺れている。

 セドリックとオスカーによって補填手続きの説明が行われる。

 契約書を持つ者は提示。もしなくても申請すれば一定の金額を渡す。条件は、友好の証として白薔薇を身につけること。そして今後悠久庭園領では争わぬこと。これは、鉱山暴動に参加していなくても金を受け取れる仕組みだが、ガーデンパーティーでの暴動を早急に鎮圧するためのばらまき戦法だ。

 おおむね受け入れられ、暴動は収まりはじめた。が、ガーデンパーティーは事実上の中止となった。公爵邸は殺到した賃金補填申請の傭兵でごった返している。

 対応は、セドリックとオスカーが連れてきた近衛騎士たちと庭園領運営の役人たちが請け負ってくれた。


「騎士様! お、お怪我は!? 皆様無事ですか!?」


 隠れていた使用人たちを解放しに行った真夜、キース、ケントにソフィが一番に声を掛けたのはケントだった。


「やっぱりそっちだったか……」


 真夜は小声ではあるが思わず漏らしてしまった。キースはそっと、真夜を挟んでケントとは反対側に移動し身を隠した。


「真夜、やはり女性は、その、慣れた感じの男がいいのか?」


「ソフィの場合は単純に顔じゃないかなぁ」


 素直に慰めることはしない真夜の言葉に、キースは必死になにかを堪えた。

 真夜は若人の肩を叩く。


「強くなれ」


 それ以降は王子三兄妹をもてなすために使用人たちはフル回転で働いてくれた。着替えた主要面々は応接室に向かう。


(黒の者よ。暇なら我の元に来るがよい)


 〝命の薔薇〟の声に真夜は舌打ちをする。


「暇じゃねーよ」


(屋敷内の人間の動きも、汝が立ち入れぬ部屋での会話も我が元で観察できるが?)


 再度の舌打ちする。ケントとキースはアルと王子三兄弟のいる部屋に入れるが、傭兵の身分である真夜は、アルに雇われているといっても部屋には入れない。アルは気にせず招き入れるだろうが王子たちに説明していると肝心の話が進まなくなる。事態は、真夜が話に参加しなくても成立するのだ。加えて、屋敷にまだ刺客が潜んでいる可能性もある。1階に集まっている傭兵が妙な動きをしないとも限らない。

 そしてそれらをまとめて観察できる神域に招かれて断る理由が真夜にはない。


「今から行く」


 語り合っている内に性格がアル寄りになってきた〝命の薔薇〟に、心底不満を抱く真夜だった。



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