第30話 給料は多くもらえたほうがいい

【給料は多くもらえたほうがいい】


 ガーデンパーティーの日がやってきた。

 フマルクが関わっていたのは薔薇の回復薬格差に抗議する名目の暴動で薔薇を焼き払う計画だったらしい。

 そこを逆手にとり、セリーヌこと、傭兵では名の知られた火付け役、火付けのジェラルドが傭兵の間に噂を流した。


「鉱山暴動で払われなかった賃金を白薔薇公爵からせしめる算段があるらしい」


「いやぁさすがになんかの罠だろ、それ」


「暴動参加の印に白薔薇がもらえるらしい。それだけでも売れば結構な値になる」


「薔薇をつけて公爵庭園に入ったらお縄ってか?」


「俺たちは傭兵だ。暴動の罪は雇い主が負うんだぜ? 白薔薇一輪、小遣い稼ぎだと思えば、参加さえすりゃいいんだから楽な仕事だ」


 白薔薇は上質な回復薬の材料で、製薬会社は喜んで買い取る。


「きな臭い仕事よりそっちのほうが稼げそうだな。また命がけで働いたのに金を出し渋られたらたまんねぇからな」


「もしも嘘でも、白薔薇をつけてりゃ公爵庭園に入れる。あそこの白薔薇をごっそりかっさらってくりゃいい」


 どこの酒場も傭兵達でごったがえし白薔薇公爵がくれる補償の話で持ちきりだ。

 二つの暴動が重なったことで両者の境が曖昧になり、雇われた傭兵自身、自分がどっちの騒ぎに参加しているのかわからなくなっている。いつしか領内の傭兵は皆白薔薇を身につけ公爵邸に集結することになっていた。

 真夜と再会した丘で二輪車に跨がったフマルクは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「なんつー潰し方してくれてんだあいつ」


 ぼりぼりと頭を掻きぎりぎりと歯を擦り合わせる。


「まあいい。こっちは人数集めて騒ぎを起こせれば依頼は完了だからな」


 アクセルを吹かすフマルクの胸には白薔薇が飾られていた。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 白薔薇を身につけ庭に集まる人間たちはパーティーを楽しむにしてはやや物騒な雰囲気を醸し出していた。


「傭兵の集会だな、こりゃ」


「紛争でもはじまりそうだぜ」


「本当にやるのか? この状態で?」


「やることやって紛れ込めば済むはなしだ。注目をこっちに集めればいい」


 噂を本気で信じているわけではないが棚ぼたで金がもらえれば御の字、と、いう人間が大半を占め、とにかく暴れて憂さを晴らしたい少数派と、本気で未払い賃金を補償してもらいたいさらなる少数派。どの派閥にも二人から三人、セリーヌの指揮下が紛れ込んでいる。

 集団の外側に陣取るいくつかのグループはフマルクが集め目的を見失っていない傭兵たちだ。白薔薇を身につけているが薔薇を焼くために潜入している。

 手には発火装置を隠し持っている。場が適度にざわつきだしたのを見計らって近くの生け垣に投げ込む。

 薔薇が火を上げて燃えた。


「おい火だ! おれたちの取り分が減るぞ!」


 即座に声が上がった。


「なにしてやがるテメェら! 白薔薇公爵の機嫌を損ねたら補償がパーだろうが!」


 実のところ、結界内の薔薇にはさらに結界が張られて焼けているように見えるだけだ。一度薔薇を焼かれた〝命の薔薇〟が意地になって薔薇一輪一輪に仕込んだのだ。声をあげたのは真夜と傭兵に扮したキースだ。見た目は上品だが口が悪いキースの素が役に立った。


「火を消せ!」


「取り押さえろ!」


「こっちも仕事だ! 邪魔してんじゃねぇ!」


 怒号と拳が飛び交う。

 基本的に領内への武器の持ち込みは禁止されている。持ち込む場合は申請が必要で、並の傭兵なら面倒な申請はせずに領内で武器を調達する。

 白薔薇強奪目的の傭兵と補償目的の傭兵と薔薇狩りが仕事の傭兵で大乱闘がはじまった。


「こうなりゃ公爵邸から金目のもの頂戴するか」


「のった!」


「おい、紛れて屋敷に火を掛けるぞ」


「了解、了解」


 混乱に乗じて公爵邸に突撃をかける集団が現れる。前庭の植え込みを散開して回り込む。と、あるひとりが太い腕に首を締められ針を刺された。


「気をつけろ! モグラが混じってるぞ!」


 モグラは集団に紛れる敵を指す傭兵の隠語だ。

 足が鈍った男を茂みから飛んできた針が襲った。即座に男は倒れる。針に塗られているのは強力な麻痺薬だ。


「こっちの三人はやられた!」


 茂みから顔を出したキースが叫びながら逃げ出す。


「チクショウッ! おい退くぞ、こりゃ火付けがいるぞ」


 合流した二人が公爵邸に背を向ける。

 目の前に大柄な人影が立った。

 セリーヌが憤怒の表情で男二人を睥睨する。


「ま、さか……火付けのジェラルドか……」


「ご名答」


 二人まとめて右から左に払われ頭を打ち付け失神した。

 乱闘集団の中に散発的な爆発が起きる。


「気をつけろ! 魔銃で外から狙われてるぞ!」


 爆炎と煙があがる。結界術式と魔弾術式の応用で真夜が作り上げた偽物の爆弾だ。


「報酬の分け前を減らしたい奴らの仕業だ!」


 そう叫んで炎と煙と音が派手に上がる魔弾を魔銃でぶっ放して走り回る。

 さらに時間差で爆発する爆弾を転がし茂みに飛び込み乱闘から離脱した。外套を脱ぎ捨て複雑な植え込みを迷いなく走り抜ける。隣の通路を併走していたキースと合流した。


「アルのところにいく。あとは任せた」


「旦那様をたのんだぞ」


「手当てをもらうためにもがんばるよ」


 植え込みの分かれ道で左右に散った。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 以前真夜がピッキングした結界から、フマルクが三人の男を引きつれて再侵入を謀っていた。フマルク以外は黒ずくめで外套姿だが身なりがいい。とある貴族のお抱えの遊撃部隊だ。フマルクは真夜から預かりっぱなしの魔法鉱石を結界に当てる。察知されない穴が開き難なく侵入は成功した。


「俺が案内できるのはここまでだ」


 穴はくぐらずフマルクは男の一人に魔法鉱石を投げた。代わりに金貨袋を投げてよこし男たちは音もなく消える。


「チッ、胸くそ悪い連中だ。……俺もあっちに参加するかな」


 昼日中の堂々とした侵入を終え、フマルクはボリボリと後頭部を掻く。頭上に影が差した。上空を王族紋章入りの飛行船が通過する。


「おいおい、相手は王弟だけじゃないのかよ」



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「あまりいい光景とは言えないね」


 ガーデンパーティーで白薔薇公爵が姿をお披露目する予定の三階のバルコニーで、アルは高みの見物をしていた。今日は仮面をつけている。

 傭兵以外は入場時に別のルートを通して逃がしているので領民への被害は心配ないが、庭で大乱闘はさすがにいただけない。真夜の「ちょっと暴れさせてやれば十分だ」の、セリフを信じた自分を悔いた。

 陽動は、真夜、キース、セリーヌが担当し、アルの警護はケントが一人で負っている。クレイオはガーデンパーティーの混乱に対処しつつ細々と気遣いに走り回っていた。他の使用人は逃げやすい部屋に待機させている。万が一騒ぎが邸内に及んだときには、セリーヌ指揮下の人間が対処するようになっていた。


「旦那様、アリエル様の飛行船が到着なさいます」


 バルコニーに繋がる部屋の入り口でクレイオが頭を下げていた。


「おてんばな姫にもちょっと刺激が強すぎるかな?」


 係留塔に接岸する飛行船を見上げてアルが眉を下げた。


「でも、三兄妹が揃えば絵的にも豪華になりますね」


 多少の危険には目を瞑ってケントが軽く言う。

 それにアルは苦笑を返した。言葉はあからさまだが、まさに視覚的な効力を期待して三兄妹が揃うように画策した身としてはたしなめることはできない。


「クレイオは安全を確認して出迎えてくれるかい」


「かしこまりました」


 クレイオがさがる。扉が閉まった瞬間、バルコニー上から人影が降ってきた。


「旦那さがって!」


 遊撃部隊の黒ずくめの二人組だ。

 ケントは短剣の刺突を剣の腹で受け止める。横をもう一人に抜けられた。


「旦那!」


「油断してはいけないよケント」


 鷹揚に構えていたアルはあらかじめ準備していた剣を持ち上げる。飛んできた短剣を鞘に収めたままの剣で打ち落とし、突っ込んできた男に向かって抜剣した。打ち合った男が弾き飛ばされて絨毯の上を滑った。

 家具の少ない部屋に剣戟の音が響く。

 襲撃の音を聞いていてもおかしくないクレイオは姿をみせない。

 室内の勝負はなかなか決着がつかない。白薔薇公爵邸側の力量を甘く見ていたのか、殺すつもりがないのか、黒ずくめの男たちは急所を狙うが決定的な一打を入れられずにいる。対するアルとケントはケガさえしなければ全体的な勝負には勝てる。ここで敵を倒す必要はなく、むしろ釘付けにするほうが利益になった。

 時間が掛かると踏んだのか敵が懐から爆弾を取り出した。二人がそろって数個の爆弾をアルに向けて放る。


「伏せろ!」


 響いた声にアルとケントは即座に伏せた。

 キインッと爆弾の一つになにかが当たった。的に届く前に爆発し、誘爆を引き起こす。爆音にガラスの割れる音が混じる。

 床に伏していた二人。

 焼け焦げた天井と床。

 割れた窓。

 姿を消した敵。

 バルコニーには魔銃を構えた真夜の姿があった。


「真夜がきたってことはそろそろだね」


 ケントがアルの無傷をたしかめ真夜に声をかけた。


「いい感じに火は付いてる。火消しをはじめるぞ」


 頷く真夜が二人に目配せをする。ケントはアルに一礼して部屋を出て行った。


「おれたちも行く――……」


 動き出した真夜をアルは肩を抱き寄せ引き留めた。

 薔薇の飾られていない髪に唇を寄せる。


「事後報告になる予定の予算、君が私を説得できたのならいくらでも出そう」


 近づく唇を遮り真夜はアルを突き放す。


「まだ最中だろ」


 アルを追い立てて部屋から出、真夜は扉を閉めた。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 お忍びの計画であったのになぜか一番目立つ飛行船で来場したアリエルは、窓から公爵邸の庭を覗きこんで驚いていた。

 共に計画を進めていたティーナは、結局、というより当然の帰結として不参加になった。これには襲撃者側の思惑も関わっているが、一番強く働いたのはマーサとリールが仕掛けた圧力だった。


「これはどういうこと!? 大変! 叔父様をお助けしなくては!」


 例え一人でもやることはかわらない、と、おてんばに拍車を掛けたアリエルは出口に急ぐ。解錠の合図が係留塔側から出たのを確認して扉を開けようとする船員を、アリエルの背後から駆けてきた二人の船員が取り押さえた。

 訳がわからぬまま拘束された船員は別の船員によってどこかに連れて行かれる。出口を固める二人の男が、顔を覆うようにかぶっていた帽子を脱いだ。

 金髪に、深海色の瞳と夜明け色の瞳が輝く。


「お兄様!?」



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