第29話 悠久庭園は祭りの季節

【悠久庭園は祭りの季節】


 祭りの舞台である悠久庭園領では祭りの準備が進められていた。観光客向けに売り出す菓子や土産の開発。飾り付け。華やかな庭園がさらに華やかに飾り付けられる。

 一方で、白薔薇公爵邸は忙しないながらも静まりかえっている。主が神域にこもって出てこないのだ。ガーデンパーティーの準備はクレイオが進めているが、合間に神域へアルの世話をしにいくため頻繁に出入りしている。真夜の目から見ても働き過ぎだが、キースの目から見ても働き過ぎだった。それでも、使用人いわく、クレイオは生き生きしているらしい。真夜が神域へ入り庭園から姿を消したと知って取り乱したアルについていけなかったクレイオの憔悴ぶりはすさまじかったらしい。


「ムダに好かれるタイプの人間なんだな、あいつ」


 真夜は温室近くの東屋でキースが淹れたお茶を飲んでいた。

 あの日以来、真夜は神域には降りていない。ティータイムも晩餐も一人でとり、三食昼寝付き時々手伝いの日々を送っていた。最近はティータイムにセリーヌとケントが参加し、給仕にキースがつくようになった。


「あらぁ、真夜ちゃん嫉妬ぉ? いいわよいいわよ大好物よぉ」


 セリーヌは脳内でドロドロの修羅場を想像し身もだえる。


「好かれるにムダもなにもないだろう」


「若いなぁキース」


 理解できない、と、顔に出したキースをケントが茶化した。その様子にもセリーヌはキャッキャと喜ぶ。声が野太い。


「数千年分のすれ違いが数日で解決するわけじゃないんだから放っておくしかないだろう。それはそうと、首尾は?」


 セリーヌのツッコミに返した真夜は揃う三人をぐるりと見回した。

 元傭兵の庭師が熱っぽい息を吐いて頬に太い指を沿わせる。


「いい感じに火をつけておいたわよ」


 表情は仄暗くいい感じに凶悪だ。


「さすが火付けのジェラルド」


「あらあ、やっぱり真夜ちゃんにはバレちゃってたのね」


「まあ、なんとなくな。いきなり魔銃ぶっぱなすのが正当な庭師ってのも怖いし」


 セリーヌの通り名を口にした真夜に対し、ケントとキースは平然としていた。彼女が庭師になった時点で調べは付いていたのだろう。

 暗器使いの執事にその祖父の家令。食えない高級騎士に元傭兵の庭師。この流れでいくと、白薔薇様コーディネート隊のメイドたちはセリーヌの部下だろう。その主は神話級の大物で不老不死者ときた。なかなかお目にかかれない構成に真夜が珍しくヤル気を出す。

 真夜は、クレイオの使いの帰りにフマルクに会った後、真っ先にセリーヌに事情を説明して根回しを頼んだ。〝命の薔薇〟と邂逅した日、ケントにも情報を流して騎士団側から方々に探りを入れてもらった。時間差ができたのは、フマルクの言っていた仕事に王城が関与していた場合、近衛騎士団所属のケントがどれだけ信用できるか見極めるためだ。ケントが信用できるとわかり、ケントからキースへと話がもたらされる。


「王宮からの連絡によると、ベルアィーダ公爵やシュシュ公爵まわりの貴族は参加を控えているらしい」


 若造とはいえ白薔薇公爵邸の執事は王宮に情報網を持つ。


「近衛騎士団のほうでもなにかと理由をつけて警備が手薄になるらしいよ」


 アルがケントを傍に置くのは隠密行動もこなせるためだ。


「邪魔が入るのは確実で計画的ってことか」


「いやね~どうしてこう、どいつもこいつも無粋なのかしら。ガーデンパーティーのためにキレイに咲いた薔薇たちが可哀想よ。代わりに引き千切ってやろうかしら」


 殺気、殺気! 薔薇に関して自制心が働かない庭師を三人で必死に宥めた。


「デカイ火はセリーヌの策でどうにかするとして、色々と小細工が必要だな。キース、フマルクを探せるか?」


「問題ない」


 若さがきらめいていたキースはここしばらくでずいぶんとたくましくなった。原因が真夜であることは誰の目から見ても明らかだが、それをいうとキースが騒ぐので誰も口にしない。まだまだ若い。それがキースの魅力でもある。


「フマルクなら報酬がいいほうを選ぶはずだ。どっちが儲かるか情報を流してやろう」


「こっちとしてはありがたいけど、勝手にお金ばらまいちゃって白薔薇様にはなんて言うの? アタシ、あの人には叱られたくないわ~」


 主不在の間に進められる計画にはずいぶんと金が必要だった。クレイオも承知の上だが〝命の薔薇〟との語らいに熱中しているアルにはまだ話が通っていない。主犯格の真夜は気にした様子を見せずクッキーを口に放り込んだ。


「ため込んでいるだろうから大丈夫だろ。ま、事後報告になるが、薔薇が荒らされるよりましだと納得させるさ」


 真夜が来てから、公爵邸のテーブルには薔薇の入っていない食べ物が多く乗るようになっていた。そもそも薔薇を摂取させるのは〝命の薔薇〟が嫉妬に狂ってアルに近づく人間を支配下に置きたい、と、いう思惑が絡んでいたのだが、本能的に逃げを打った真夜と正気に還りつつある〝命の薔薇〟の支配が緩んだことで、過剰な薔薇摂取習慣が見直されてきたのだ。


「すごい自信だね。どんな方法で納得させるのかきいてもいい?」


「お。オレはききたくない!」


 わかーい。

 ケントの狙い通りに動揺したキースに三人は癒やされる。


「ずいぶん賑やかだね」


「白薔薇様!?」


「旦那!」


「旦那様!」


 セリーヌ、ケント、キースが一斉に立ち上がる。セリーヌに至っては東屋の外までさがって膝を着いた。

 真夜はクッキーをお茶で流し込み座ったままアルを見上げる。

 少しやつれているがスッキリした顔をしている。仮面をかぶることは止めたのか、白薔薇の刻印は晒されたままだ。礼をとる使用人たちに、楽にするように、と、言いながら真夜の隣に座った。

 クレイオが新たなお茶を淹れてアルの前に置く。


「みんな席につきなさい。私も悪巧みに加わらせてもらうよ」


 そう言われて実際に席に着く使用人はいないのだが、主の心遣いとして受け取られた。


「もしかして筒抜けか?」


 真夜だけが変わらずアルの隣に座りお茶を飲み続ける。使用人としての礼儀を知らないわけではないが、アルと自分の距離、関係性を測りかね、傭兵としての態度を貫いていた。


「〝命の薔薇〟がある程度、君たちの動向を伝えてくれるからね」


 お茶を一口飲み、ほっと息をつく。


「すごく久しぶりな気がするね」


 肩が下がった。


「実際久しぶりだろう。今回は三日出てこなかったからな」


「そんなに? 神域にいると時間の感覚を失ってしまうな。ガーデンパーティーまであと何日だい?」


「三日でございます」


 すっかり神域と現世で時差ぼけをおこしている主にクレイオが答えた。


「ここから挽回しないといけないね」


 真夜はティーカップを置く。結局座れず立っていた面々がおもいおもいに姿勢を正した。


「アル、アンタがボスだ。おれたちをどう使う?」


 流し見る真夜にアルはあまり品の良くない笑みを見せた。大昔に忘れてきた自分を思い出したのだろう。


「楽しいパーティーにしようじゃないか」




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