第23話 枷に花飾り

【枷に花飾り】


 連日の魔弾大量生産とセリーヌ率いる鬼気迫る庭師軍団の奮闘で焼けた庭園は見事な復活を果たした。真夜には元の姿がわからないのでなんともいえない。が、現在の姿が素晴らしいのはわかる。温室周り一帯のテーマは、忘れられた神殿を彩る妖精。だそうだ。レンガの壁や白石の柱に絡む薔薇が妖精、と、いうことらしい。ちなみに、聞いてもいないのに教えてくれた屋敷正面側一帯のテーマは繁栄と喝采、らしい。よくわからなかった。

 薔薇が茂る森に迷い込んだような、迷路の風体を感じられるのが気に入った真夜は、妖精の泉と名付けられた噴水を見下ろす東屋でぼんやりしている。

 なにやら勝手に安堵しているアルにできるだけ付き添っていたし、周囲もなぜか二人きりにさせるので黙っていたが通信が入ったため執務室を出てきた。

 自分の言動への言い訳が思いつかず服装に引きずられているせいだ、と、むりやりこじつける。紺色に銀糸の刺繍が入ったワンピースは腰のベルトが白。胸元のスカーフも白。髪のリボンと、追い打ちに肩に掛けた羽織が白。これでは全身を白薔薇で飾っているように見える。一方のアルは紺色を差し色に使っていて、真夜を反転させたような色合いだ。最近の対コーディネートは歯止めが効かなくなっている。

 庭をぶらぶらしてここに辿り着いたが、結局考えるのはアルのことだったりする。


「なんだこれ……」


 自分にツッコミを入れるが誤魔化しようがない。

 アルに対しては、薔薇に囚われている。そして囚われている自覚があり、どうにかしたいと心のどこかでおもっている。そう感じる。

 気づけば首筋を撫でている。この違和感と、舌で感じた白薔薇の刻印は同じ物だ。

 なら、出たらどうなる?

 東屋は少し高くなっているので遠くに鉄柵が見える。計画通りだったのなら、フマルクたちは鉄柵の一部を切り抜いて侵入してきたはずだし、真夜にしかわからないレベルで結界は薄くなっているはずだ。

 領内に傭兵が集まっているようだし、ここは爆心地になる。


「外側からのほうが眺めはいいよなぁ」


 そっと出て、そっと帰ってくる。物理的には可能だと算段をつける。


「君は自分の足で出て行くのだね」


 背後にピタリと、慣れてしまった熱と香りが貼り付く。貴族のくせに気配を消すのがうまい、といよりも、薔薇に紛れて存在感が薄い。視界に入れば嫌でも意識が向くのに薔薇が存在を覆い隠しているようだ。

 腰に両腕が回る。右手が体の線を辿り喉元へ至る。


「アンタは、誰かに抱えられていないと出て行けないのか?」


 結われた髪の生え際に唇があたる。


「そうであったのなら、君は私を抱えて連れ出してくれるかい?」


 首筋を這う息の熱さが切実ななにかを訴えている。


「……いやだね。手ぐらいは引いてやる」


 外に出たいと願うなら、抱えるぐらいはできるとおもう。が、きっとそれではダメなのだ。


「ふふ……君ならそう言うとおもっていた」


 両手が真夜の両手を捕らえ指を絡めて握り込まれる。


「だから私は、君をここから出すわけにはいかない」


 震える手は、もろい手枷だ。お互いの意志が揃ってなければすぐにでもほどけてしまう。


「首輪をつけておかなければ、君はすぐに姿を消して私を忘れるだろうね」


 首輪をつけた自分とリードを握るアルを想像してみる。満足そうに笑いながらそっとリードを手放すアルが脳裏をよぎって真夜は薄ら寒くなった。


「そうだな、両手両足は自由なほうが飼い主を蹴り上げられていいかもな」


 茶化せば手を強く握られる。全身血まみれになるほど茨で拘束してみたかと思えば、こんなつたないやり方で縋り付いてくる。温もりを求める幼子のようで握り返してやりたくなった。


「野生の薔薇を知っているか?」

 

 握り返さないのは、それで満足してほしくないからだ。


「私が知っている薔薇はこの庭園だけだ」


「なら今度みせてやる。上品さなんてかなぐり捨てて荒っぽく咲く野生の薔薇」


 自分の世界は狭いのだ、と、自嘲する姿が似合う男など願い下げだった。枷など引き千切ってしまえばいい。たとえ枷が追いかけてきても振り切ってしまえばいい。それが傭兵の生き方だ。


「……それなら、もう見ているよ」


 アルは真夜の手を握ったままその腰に腕を回した。真夜の手が体の前で交差する。


「真夜、君だよ。私の元にきた野生の黒薔薇。私の黒薔薇」


 指を絡めたまま胴に回った手に力がこもる。


「君が騎士ならばよかった。騎士であれば忠誠を誓わせることができたのに」


「傭兵に無茶をいうな」


 そうなれればお互い楽なのだろうが、真夜は傭兵以外にはなれないし、アルもここから逃げ出す選択はしないだろう。


「真夜、真夜……っ」


 薫る風が吹く中、二人は温もりを分け合って立ち尽くした。



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