第22話 バルコニーの騎士は求愛しない

【バルコニーの騎士は求愛しない】 


 翌朝、真夜は自分の右足に絡まった茨を見て呟いた。


「読めないな」


 隣にアルがいないことは早朝に気づいていた。

 足を上げる。ベッドの下から伸びた茨が足首を締めつける。どういう理屈で生えているのかわからないが逃がす気配は窺えない。棘が皮膚を食い破っていないだけ良心的だ。足枷の意味を考えてみるが思考は真っ白なまま停滞している。

 首になにかが巻きついている感触が強くなった。

 いつも大事なところは戯れ言でごまかして煙に巻いてきた。ただの仕事相手で、恋人でもない。なのに必要以上に気にしてしまう。気づけばアルのことを考えている。

 立て膝に頬杖をつき髪を掻き上げる。自分のことがわかっていないのに他人のことがわかるわけがなかった。

 バルコニーの人の気配が身じろいだ。


「入ってきてもいいんだぞ?」


「いやいやいや、旦那に切り落とされちゃうでしょ」


 ケントの声だった。起きた時から気配は感じていた。


「なんで君は逃げ出さないわけ? いままで、どんな鈍くさそうな子でも枷から抜け出してたのに、君が抜け出せないわけないだろう?」


 なるほど。前例があったのか。

 枷をして、ベッドに繋いで。翌朝にはもぬけの殻。アルやソフィの驚きようから考えるに、ことごとくベッドに沈めた人間は消えたのだろう。


「意外としっかりした枷だぞ? 素っ裸の道具にも手が届かない状態じゃ抜け出せない。アンタが外しにきてくれたんじゃないのか?」


 そもそも普通の足枷ですらない。引き千切っても絡め取られて全身の血を吸い上げられることは最初の夜に思い知らされている。ただしこの茨、公爵邸の使用人にはおとなしい。目の前でキースがこともなげに切った光景は忘れていない。これが普通の足枷である場合を考えてみても答えは同じだった。真夜のピッキングは結界に対して行う改変魔法であって物理的な鍵を開けるには物理道具が必要だ。傭兵ですらそうなのだから素人がおいそれと抜け出せるはずはない。誰かが鍵を開けて逃がしたか、処分されたか。人一人を処分するなら、適任は騎士のケントか暗器使いのキースだろう。


「どこの鍵にしても俺は持ってないよ。キースから上じゃないと扱えない」


 鍵のありかまで漏らすと言うことは、この件に関して公爵邸が困っていると言うことだ。


「鍵を開けるのはクレイオさんで、アンタは処分担当か?」


「ちょっとちょっと、なーに物騒なこといってるの?」


「傭兵は物騒な生き物だぞ?」


「え? てか、本当に抜け出せないの?」


 ケントが部屋に入ってきた。真夜の格好を見て慌てて目を逸らす。

 真夜はため息をついてシーツを巻き付けた。


「むしろ本当に誰も手を出していないのに人一人消えているのか?」


 たしかにこの公爵邸は使用人の数が少ない。どこぞの伯爵邸に仕事で行ったときは使用人ばかりだったのに。それでも主人が連れ込んだ人間を見過ごすほど無能ばかりでもないだろう。傍に仕える三人は特に。


「やっぱりそう思う? どこに閉じ込めても朝になったら枷しか残ってない。悠久庭園から出た形跡はないしどこを探してもいない」


 黒薔薇香の使い方に容赦がなかったので今までの事例がすべて尋問で、自白した挙げ句の処分だった可能性はあるが、それだと真夜を見た時のアルの反応に説明がつかなくなる。


「ケントはここに長いのか?」


「この屋敷じゃ俺が末っ子だよ」


 おおよそ真夜と同じ歳だとして、主人のアルや家令のクレイオへの応対をみるにそれなりの年数いるはずだ。


「その末っ子が不思議に思うくらい連れ込んでるってわけ」


「旦那はモテるからなぁ」


「あの顔で王弟で公爵様だしなぁ……キース、呼ぶか」


「あの子には刺激が強すぎない?」


 そう言いながらもケントはベッドを回り込んで扉に向かっていた。


「ここの家令になるなら慣れたほうがいいんじゃないか?」


「それもそうか」


 もうすでに扉は開けている。案の定呼び込まれたキースは真夜の姿を見て固まった。


「露出狂じゃないからな?」


「わ、わかっている!」


 わかってるんだ? 思わずツッコミを入れそうになったがどうにか飲み込んだ。


「アル……白薔薇の旦那が連れ込んだ人間が消えてるって話だが、連れ込んだ目的は尋問か?」


 キースは硬直を延長させた。

 王城への報告義務があるケントには伏せているはなしもあるだろうが、人が消えている事実があるのなら隠す意味は少ないはずだ。傭兵の真夜に対して答えられるものならケントに話しても問題ない。


「オレも詳しくは聞かされていない。間諜の疑惑があって調べていた人間は何人か混じっているのは事実だ」


「白薔薇の旦那やクレイオさんが直接処分した可能性は?」


「ない。とは言い切れない。でも、旦那様が部屋を出て以降、誰も出入りしていないし、旦那様も身ひとつで出てくる。お祖父さまはそういうときの旦那様からは離れない。そもそもケントとオレの見張りを命令したのは旦那様だ」


 尋問からの拘束放置はおそらく真夜も同じ道を辿った。しかし、どうしてか、朝、真夜はこの部屋にいた。いつもならいないはず。原因はどうあれ、白薔薇公爵邸ではそれが通常。


「誰かが処分をしてるなら、襲撃実行犯で現行捕縛の真夜ちゃんが処分されてないってのも謎だしね」


「それは、おれがなにもしゃべらなかったから、とも考えられるから保留だな」


「え……」


 ケントとキースは揃って唖然とした。


「旦那の尋問ってけっこうエグいんじゃ……」


 ケントが笑顔を放棄した。

 見張りをしているなら声が漏れ聞こえることもあっただろう。たしかにエグかったし、全身を棘で刺される痛みだけでも相当だった。耐えられた自分を褒めたいと真夜は思う。


「そこはほら、おれ、傭兵だから」


 男二人は、傭兵を見る目が変わった。


「領内で噂になってたりしないのか? 例えば、白薔薇公爵は変態だとか」


「それはない!」


「そうですか」


「そういうのはクレイオさんが見逃さないとおもうよ」


「なるほど」


 余計にわからなくなった。誰かが枷に繋がれた人間を霧にでもして連れ去ったとしたほうが納得がいく事態だ。そして、そうなるとやはり真夜がなぜここにいるのか謎になる。

 ふと、眠りのなかで聞く自分を呼ぶ声を思い出す。首の違和感はあの夜から消えない。


「真夜、この屋敷にまだいるつもりなら、そろそろ朝食の時間だ」


 煮詰まった議論の場をキースの一言が解放する。 

 ケントがバルコニーから外に出た。

 真夜は促されて支度をはじめる。このあとアルがどんな顔をするのか見てみたくなった。

 朝食の場で真夜と顔を合わせたアルは、どこかほっとしたような顔をした。

 なにがしたい? なにを知っていてなにを諦めている? 問いただしたくなるのを堪えて真夜は席に着いた。


 

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