第20話 影差す庭
【影差す庭】
薔薇畑を見下ろす丘で真夜はフマルクに再会した。
「フマルク、まだいたのか。おれの分を山分けして飛んだとばかり思っていた」
ごつい体に観光客っぽい服装が似合っていない。二輪車を押しているが、これまたごつい体に軽量モデルなので真夜は鼻で笑った。
「他の奴らは飛んだ。公爵邸の奴らがずいぶん熱心に嗅ぎ回っているようで、安心して女を抱けもしねぇ。お前、よく生きているな」
公爵邸の人間って誰だ? と、思うが、すぐに真夜の脳裏にはクレイオの姿が浮かんだ。
「白薔薇公爵に手を出すのは止めておけ。得体が知れない。適当に逃げ出すことをおすすめする……と、いっても観光で残ってるわけじゃないんだろう?」
傭兵は攻めよりも逃げ足が重要だ。ここ十年何度も仕事をともにこなしてきたフマルクが逃げ遅れることはない、と、真夜は知っている。
「仕事だよ。白薔薇公爵はよほど目障りらしいな。お前、今は公爵邸か? どういう状態だ?」
真夜の隣に二輪車を止め胴体に寄りかかる。二輪車がフマルクに支えられている、と、見るのが正解かもしれない。
「白薔薇の旦那の遊び相手兼小間使い」
真夜は畑を見下ろしながらお茶をすする。
「はぁ? なんだそりゃ。こっちの仕事は手伝えるか?」
「内容によるな。雇い主は白薔薇の旦那だし、報酬もいい。ここの薔薇に手を出すっていうなら協力はできない」
ここで真夜が裏切っても、おそらくは切り捨てられるかていよく使われて依頼主をあぶり出す餌に使われることは想像に難くない。自分に利益がでればそれでもいいが、真夜はアルに切り捨てられるのが癪だった。
「お前のピッキングは貴重なのに、厄介だな」
「なるほど。またその手の仕事か」
結界をくぐり抜ける必要がある。リーダー格のフマルクがすでに庭園領内に入っている。あわせて考えれば標的の候補はいくつも残らない。
「お前と俺の仲だ。ガーデンパーティーまでには逃げ出せよ?」
ガーデンパーティーには領民や観光客が公爵庭園の外周まで入れる。結界もその分小さくなる。フマルクの仕事はそれすら突破してやりたいことだ。
結界士ではないが結界を扱える真夜に情報を漏らすということはかなり致命的なはずだが、フマルクに気に掛けた様子はない。
「なんだ、あんまり報酬よくないのか?」
真夜が視線を投げると、フマルクは二輪車に体重を掛けて頭を掻いた。車体が軋んでいる。
「鉱山暴動と同じ匂いがしやがる。俺はただ働きの匂いがしてあの仕事を避けたが、今回は流れ上逃げられなかった」
高報酬を餌に人を集めるだけ集めて使い捨てる。傭兵歴が長ければ長いほどその手の仕事を嗅ぎ分けて避けるものだが、フマルクでも囲い込まれるなら相手はずいぶんと人使いが荒くてうまいのだろう。
真夜はお茶を飲み干し空の容器をフマルクに渡した。素知らぬ顔で二輪車に跨がる。
「ふ~ん。ま、がんばれ。それから、その二輪車、似合ってないぞ」
ゴミ箱に使われたことに気づいたフマルクが空容器を握りつぶした。
「てめっ自分が人気レアモデル乗ってるからって!」
魔力機関を始動させフマルクの前を横切る。
「じゃあ~な~」
「真夜! てめぇ覚えてろよ!」
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