第19話 家令はわかっている

【家令はわかっている】


 朝食時には新聞のニュースについてツッコミを入れる真夜にアルが解説。領地やら社交界やら研究やらで執務室にこもるアルを眺めてみたり、飽きたら屋敷をぶらついてソフィの着せ替え人形になってみたり、キースにちょっかいをかけてケントと鍛錬に引っ張り出したり、セリーヌと更地に薔薇を植え直したり。ティータイムには午前中になにをしていたのか報告しあい、またそれぞれ仕事や暇つぶしに戻っていく。そのまま話し込んで晩餐になるときもある。晩餐はアルが知らない地方の話や、真夜が知らない社交界の噂がおもな話題だ。就寝時間までルールを知らないボードゲームをして同じベッドで寝る。娼婦扱いは許容範囲だと豪語した真夜に対して、アルは一切手を出してこなかった。こちらから誘う理由もなく、二人はただ同じ寝床を分け合う仲のままだ。

 真夜にとってはなまぬるい日々を過ごしていた。


「研究施設に書類を届ける?」


 屋敷で姿を見る回数が減ったクレイオに声をかけられた。

 今日の服装はお忍びお嬢様の城下町探索男装ルックらしい。地味な色合いだが首元を飾る花柄のリボンがポイントだとソフィが興奮して語っていた。アルも同じ柄のタイを締めている。最近のセリーヌ率いる白薔薇様コーディネート隊のお気に入りはワンポイントおそろいらしい。コンセプトとおそろいであること、着用者の好みをのぞけば、コーディネート隊のセンスは抜群であることは、最近真夜にもようやくわかってきた。


「はい。旦那様の論文を貸し出す約束をしているのですが私もキースも手が離せません。大事な論文なので必ず手渡ししなければなりません。代わりに行ってもらえますか。二輪自動車をお貸ししますよ」


 断っても報酬には影響ないのだが、真夜の扱いをクレイオは心得ていた。


「乗れるのか!? どのモデルだ!?」


「西方地域で一番人気のスレイオ社製魔力機関を使った初期モデル悠久庭園仕様です」


「請け負った!」


 貴族の間ではなぜか忌避されるが、庶民にとっては自動車はなくてはならない移動、運搬手段だ。主に四輪が流通しているが、二輪は小回りが利くため都市部でよく使われている。二輪自動車愛好会なんてものも各地に点在し、動力源である魔力機関製造会社がしのぎを削って愛好家向けの車体を作っている。

 癖の強いクラシックタイプに目のない真夜は、愛好家もなかなか持っていない珍品中の珍品を前に泣き崩れた。


「原初モデルを踏襲しつつ百年前の最先端動力機関を乗せたスレイオ社製悠久庭園仕様。癖が強かったために改良に次ぐ改良で原型を失ったと言われる名車。現存していたなんて。しかもこんなにキレイな状態」


 真夜のあまりの感激っぷりに、さすがのクレイオも若干引いていた。

 しばらくして立ち直った真夜は、丈の長いジャケットを丈の短いものに代えてもらいヘルメットをかぶる。


「ああ……リボンにあわせた帽子もつくったのに……」


 コーディネート隊にがっかりされた。編み込んだ髪を飾るリボンと薔薇にはもうしわけないがヘルメットは外せない。二輪車乗りには二輪車乗りの美学があるのだ。


「なら二輪自動車仕様のコーディネートをたのむよ」


「セリーヌさんと相談しておきます!」


 服装にかける乙女の熱量、やばい。

 胴体に跨がり動力機関を始動させる。重低音でタービンが回り車体が震えた。全身で暴れる車体を押さえつけ、真夜は恍惚の表情を見せる。


「では傭兵殿、こちらの論文を回復薬研究所の所長にお渡しください。代わりに手紙と書類が手渡されますので、必ず旦那様に直接渡してください」


「了解、指揮官殿」


 腹側に抱えたカバンに一式を突っ込み意気揚々とアクセルを回した。


「サイコー!!」


 はしゃいだ声が薔薇の隙間を疾走していった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 回復薬研究所は庭園領の西端にある。公爵邸を出るとすぐに薔薇農園が広がっている。白薔薇一色の公爵邸とは違い赤、紫、ピンク、オレンジと多種多様な色と形が咲き乱れ世界を染め上げている。

 気を抜くと暴れる二輪車で隙間を抜けるのは最高の気分だ。ぐるっと庭園領を回りたくになったが、真夜は腹に抱えた仕事をどうにか思い出しハンドルを切る。

 農園を抜けると味気ない建物ばかりになった。観光客相手の売店がなくなり研究機関や教育機関地区に入る。

 公爵邸より高い建物がずらりと並び、どの建物も白薔薇の刻印を掲げている。

 研究所の敷地入り口には門番が立っていたが、あらかじめクレイオからもらっていた魔法鉱石を仕込んだ許可印入りプレートを見せるとすんなり通れた。

 応接室に通されて所長を待つ。


「本当にここは豊かなんだな」


 真夜は北にある魔力鉱石研究所を思い出した。仕事で入ったその施設に明るく清潔な印象はもてなかった。

 応接室にすら大量の本が納められている。本は貴重品だ。収納に困っているのか、来客を威圧するための道具か悩むところである。

 手持ち無沙汰すぎて壁二面を潰す本棚を見て回る。どうやら研究所が書いた本が並んでいるらしい。


「薔薇の効能と大地の魔力循環の関係……? こっちは……世界の成り立ちと薔薇の多様性」


 歴史や経済の研究所や大学もまとまっているため複合的な内容の本ばかりだがどれも薔薇に関係している。

 白薔薇についての本を探してみる。


「これか……神話と白薔薇」


 本の始まりはだれでも知っている世界創世神話だった。

 大地を作った神が「始まりの兄弟」と呼ばれる二人の男に世界を支える〝命の薔薇〟を与える話。

 兄は王となり人をまとめ繁栄をもたらした。

 弟は〝命の薔薇〟を大地に植え世話をする。〝命の薔薇〟は大地に魔力を与え実りと平和をもたらした。その功績で、兄弟の直系は長寿を約束され今の王族に受け継がれている。

 〝命の薔薇〟は大輪の赤薔薇だと伝えられているが、〝命の薔薇〟が植えられた悠久庭園領では白薔薇が咲く。


「セリーヌが言っていた植えても白薔薇になるってやつか」


 白薔薇から作られる回復薬は高い効能を持つ。どうして白なのか。公爵邸にしか咲かないわけとは。真相は研究中。研究報告の本というよりは、人の好奇心を刺激し謎を提供する小説のようだった。

 書かれたのは100年も前だ。これより新しい、白薔薇に関する書籍はない。

 王族の寿命は平均して500年程度だといわれている。


「アイツ、いまいくつだ?」


 見た目は真夜より十歳ほど年上に見えるが、王弟なのだから長寿の恩恵を受けているだろう。白薔薇公爵は王の兄弟が継ぐ。代々白薔薇のような容姿に変化するらしいが、〝命の薔薇〟はなぜそこまで白薔薇に固執しているのだろうか。本に引きずられたのか、真夜の思考はどんどん深みにはまっていく。

 襲撃の夜に絡みついてきた茨。暗い部屋で首を締めた茨。ケントの勝負で逃げ出すのを止めた茨。考えれば考えるほどがんじがらめに縛りつけられている印象を受ける。


「500年もあの中で暮らさなきゃならないのか?」


 長寿の恩恵は王の直系だけ。使用人の寿命は百年ほどだ。


「これが褒美とか笑えないぞ」


 いつかの夜にアルが言っていたことを思い出す。神の都合で死ねないのは罰と同じだ、と。

 どの年代の本を読んでみても執筆者は同じ表記だ。参考文献に必ず白薔薇公爵の論文がでてくる。正式な名前ではなく「白薔薇公爵」となっているから今のアルザス・アルモリークがどこから関わっているかわからない。


「どれもアイツの匂いがするんだがなぁ」


 朝も昼も夜も会話を楽しんでいた。その口調、その考え方に似ている。

 気になって預かってきた論文を手に取る。依頼の品を盗み見るとろくなことがないのは経験からわかっているがそれでも開いてしまった。


「薔薇の回復薬の今後、ねぇ」


 薔薇の回復薬は悠久庭園領で採れる薔薇でのみ生成できる万病に効く回復薬だ。大概の病、毒、傷、損傷に効果がある。回復薬の利益は莫大で、過去には紛争直前にまでなったと、真夜の知らない歴史まで書かれていた。最近の研究では年々効能が薄れていると、判明していて、回復薬にだけ頼るのではなく根本的に病気にならない研究や別の治療法の研究が急がれる。と、締められていた。


「ここは檻か? 楽園か?」


 どの本も最後に問いかけている。このままでいいのか、と。

 所長が現れ物思いは端に追いやる。

 論文を渡して書類と手紙を受け取った。許可印の効果は絶大で、真夜の顔を見ていぶかしんでいた所長も「クレイオさんの代理なんですね!」と、納得していた。

 魔法鉱石入りの許可印などめったにお目にかかれない代物だ。所長の掌返しにもうなずける。


「手紙なんて通信鉱石使えばいいのに」


 貴族はあえて不便なものを使う癖がある。自動車ではなく馬車を使ったり、魔力ランプではなくオイルランプを使ってみたり。貴族は手紙を好むが、平民や傭兵は速さと利便性を重視して遠隔地でも時差なく声が届く通信用の術式を組み込んだ魔法鉱石、通称、通信鉱石を使う。


「でもアイツのところは魔力ランプだし自動車もあるんだよなあ」


 明るいし、早い。合理的。そう考えると、手紙は証拠を残せる。悪巧みをするには向かないが、悪巧みを暴くには有効だ。

 研究機関地区を出て、二輪車を止められる丘で真夜は一服していた。木陰になっていてそよ風も吹いている。研究職員向けの売店で冷えたお茶を買ってきていた。啜りながら、ぼんやりと眼下に広がる薔薇畑を見る。多くの種類を少しずつ育てている畑で、まだら模様に見えるが美しい。


「生け贄みたいだな」


 美しく薔薇を咲かせるための生け贄。そのために無理矢理伸ばされる寿命。


「長く生きていてもいいことある気がしないな」


「でも、死んだら稼いだ金は使えない」


 独り言に応えた声に振り返った。

 もう懐かしさすら覚える人影が丘を登ってきた。



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