第18話 庭師は悲しみに暮れて怒り狂う
【庭師は悲しみに暮れて怒り狂う】
ソフィが考えた最強の男装の麗人パート2に着替えさせられた。太モモはふっくらと広がり臑でぴったりと締まっているズボン。ブラウスの上は騎士服をモチーフにしたようなベストとコートだ。手ぬぐいエピソードのあとにこの服を着せられると真夜には邪推しかできない。
「それにしても、どれだけ服を用意したんだ?」
即日これである。若干の恐怖を覚えつつ、真夜は屋敷の庭をぶらつきはじめた。下見をしたときにもおもったが、白薔薇公爵邸の庭は広い。村が一つ二つ収まりそうな広さがあった。前庭から屋敷の東に回り込んでふと、考える。
どこでも行っていい、と、いうことは、焼けた薔薇とやらを見に行ってもいいってことだ。
実行犯と考えられている真夜を目の前に、アルは何度かその話題を持ち出していた。真夜は、なんとなく行くことを期待されている気がして、そのまま月夜に火の手が上がった方角を目指した。
依頼主からの注文は、屋敷の薔薇を燃やせ、と、いう、とんでもなくぼんやりしたものだった。屋敷に一輪しか薔薇がないのであれば狙いをつけやすいが、ここは広い王国の中で一番薔薇のある領地で、しかも公爵邸庭園の花は全て薔薇だ。いい加減な指示にもほどがある。フマルクが屋敷の東側を狙ったのは、真夜が侵入経路として選んだ場所に近かったからだ。
「本当にむちゃくちゃな話だな。二度とごめんだ」
屋敷の影を抜けるとガラス張りで半円球の建物が見えた。
「あらぁ、じゃあ、今度はアタシと遊ぶぅ?」
背中に金属の感触が当たった。その感触に思い当たる節があり真夜の背中を冷や汗が伝う。傭兵でもなかなかお目にかかれない魔力誘爆武器の魔銃。命の危険とは別に胸が高鳴る。
「さすが公爵邸。高価なおもちゃだ」
「これがなにかわかるなら。動くんじゃねぇぞ」
猫なで声から一転した野太い声。頭一つ分デカい背後の気配。威圧感で押しつぶされそうだった。
「そのままゆっくりすすめ」
誘導されたのは温室傍の庭だった。小高い土山の上の東屋を残して一面更地になっていた。庭師たちがちょろちょろと動き回り測量と整地を行っている。
「テメェらが火をつけてくれたおかげでこの様だ。よく目に焼きつけておけよ」
死刑宣告を黙って受けるつもりはないが、どうにも逃げられる気がしなかった。背後の気配を探っていると、すすり泣きが聞こえる。
「……ん?」
「こ、ここの薔薇はいつだって盛りだけど、あの夜は一番美しく咲いていたのに……どうして燃やしたりしたのぉ……」
「おおん?」
「他の薔薇を守るために刈り取るしかなくなっちゃったじゃないのぉぉぉっ」
隙ができたので飛び退いて距離をとる。振り返って目が点になった。
「へ?」
筋骨隆々の大男がレースのハンカチを目に当てて泣いていた。まくり上げたシャツの袖から出ているのは筋肉が盛り上がる傷だらけの丸太、いや、腕だ。首も太い。頭髪は短く刈り上げていて地肌に古傷か見られる。筋肉の塊すぎて性別は判別できなかった。堅気ではない。
「あんた! この更地を見て心が痛まないの!? いくら仕事だったからってこんなのあんまりよぉ!!」
いやいやと首を振って涙を振りまく。ピタリと、止まった。
「殺してやる」
「お――――っ!?」
大型肉食獣の瞳で睨まれたかとおもったら極太の指が魔銃の引き金をひいた。
魔銃は特殊な術式を込めた弾を魔力で撃ち出し、当たった先の魔力を暴発させる武器だ。術式士が一つ一つ弾を作るので一発撃つにも金が掛かる代物をやたらめったら真夜の足下に向かって乱射する。
「やめっちょ! やめ! しゃれにならないぞ!?」
紙一重で避けるが逃げた先を狙われ射程の外に出られない。魔弾の威力は小さいが土には拳一つ分ほどの穴ができる。躰に直撃すれば手首程度なら吹き飛ぶ威力だ。
「しゃれで魔銃が撃てるわきゃねえだろ!!」
「撃ってんだろ!? 他の薔薇も暴発するぞ!」
ピタっと止まる。緩急激しい御仁のようだ。
「アタシとしたことが、怒りに飲まれて薔薇を傷つけるところだったわ」
腰のホルスターに魔銃を収める男……女? は、真夜を睨み付けて丸太のような腕を組む。つま先から髪の毛の先端までじっくりと観察される間、真夜は呼吸が浅くなった。
「あんたが、白薔薇様が雇ったていう傭兵ね。ふんっ! 薔薇が似合うからっていい気にならないでよね!」
「はい。心得ました」
「素直でよろしい。アタシはセリーヌよ」
「真夜だ」
手を差し出され真夜は握手を交わした。匂いでわかってしまった。立ち方、視線の動かし方、しゃべり方の独特な空気。同業だ。
「はぁ……あんたを殺しても薔薇は戻ってこないし、傭兵は雇われてるだけだものね。弾を無駄にしたわ」
「理解してくれて助かる」
濃い男顔が鼻先に迫った。
「でもね、あんたが無罪ってわけじゃないし、捕まったんなら覚悟しなさいよ」
「かしこまりましてございます」
どうにも白薔薇公爵の近くにいる人間は個性が濃すぎるようだ。
セリーヌは真夜の首根っこを掴み担ぐようにして更地の端に連れていった。薔薇の挿し木が入った籠を持たされる。挿し木を耕した地面に刺すように言われてその通りにすれば、セリーヌはホルスターから魔銃を抜いた。
あ、薔薇の肥料になれって? 真夜が「報酬もらい損ねたなあ」と、人生を振り返っているとセリーヌは挿し木の傍に着弾させた。
「正気か?」
泣くほど大事にしている薔薇が粉々に砕けかねない所業を理解出来ない。
「まぁ見てなさいよ」
セリーヌは腕を組み顎で挿し木を差した。風もないのに葉が揺れたかと思うと挿し木が自ら身もだえてにょきにょきと枝を伸ばしていった。
「なんだこれ! なんだこれ!? すごいな! 弾か! どんな術式いれてるんだ!?」
真夜は籠を放り出して地面に両手をつき地面を観察する。そこに残る術式の残骸を読み取ろうとするが薔薇に吸い取られてできなかった。
オモチャを見つけた子供のように這いつくばる真夜を、セリーヌはすがめた目で見る。
「術式に興味あるの? やっぱここの鍵を破ったのあんたなのね」
同業者であるならタネはばれているかもしれないが、今の真夜にはそんなことはどうでもよかった。
「さあ、なんのことだか。それより弾見せてくれよ」
琥珀の瞳を好奇心で輝かせ、真夜は掌を差し出しオモチャをねだる。
「別にたいした術式じゃないわよ」
呆れて嘆息したセリーヌは腰に下げたバッグから弾を取り出し真夜に手渡す。
掌にすっぽり収まる弾を真夜は両手に転がしてしげしげと観察した。
「なんだ。魔力循環の促進術式か。ってことはすごいのはここの魔力循環か?」
読み取れた術式は珍しいものではなかった。
結界を張るときに、一時的に魔力を大量消費するための術式だ。基本中の基本であり、結界士や魔力操作をする人間なら誰でも使う。
「そうよ。大地を巡っている魔力はこの悠久庭園じゃちょっと特殊なのよ。アタシは魔力操作ができないからわからないけど、そのおかげで薔薇は年中盛りだし公爵邸にいたってはこの通り、促進術式を打ち込めばすぐに薔薇が育つ。でも、どんな薔薇を植えても全部白薔薇になっちゃうのよね」
大地を巡る魔力でこの世界は栄えている。鉱山で魔力鉱石を養殖できるのも大地に魔力が循環しているからだ。魔力の塊である魔力鉱石に術式を組み込むと魔法鉱石として任意の働きをもった道具ができる。魔銃と魔弾はその応用だ。
「ここが聖地だからか?」
「そういう話になってるみたいね。神話を信じるわけじゃないけど、ここの薔薇が特別なのはたしかよ。アタシにとってはそれが大事。見て! この美しい薔薇! シルクのような艶と極上の香り! ああもう! たまんないわ!」
さっきまで葉を二、三枚つけただけの挿し木がもう花を咲かせている。大ぶりな白薔薇だ。
「好きなんだな、薔薇」
「そうよ! アタシはここの薔薇に一目惚れして白薔薇様に頼み込んで庭師にしてもらったの。あの夜だって、待機命令じゃなければあんたらの首へし折ってやってたのに、悔しいったらありゃしないわ!」
実際に首をへし折られる自分が想像できてしまったので、待機命令を出したアルに礼を言いたくなった真夜だった。
「ねえ、術式が読めるなら弾作れない? 薔薇の研究所に頼んで作ってもらってるんだけど、量が足りないのよ」
「アンタに首を折られちゃかなわないからやってみるよ。弾に術式をこめるのは初めてだから、期待しないでくれよ」
「いやよ。絶対成功させて。薔薇を燃やした責任よ」
「いやって……」
戸惑う真夜の前に空薬莢がどっさりと積まれた。四苦八苦しながらどうにか術式をこめる。そもそも、魔銃の仕組みを曖昧にしか知らないので最初は不発だったりしたが段々勝手がわかってきた。
「やっぱり経験積まなきゃだめなのね。ほら、じゃんじゃん作って! ガーデンパーティーまでに元に戻さなきゃならないんだからね!」
「了解! ジェネラル・セリーヌ」
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
術式をこめる真夜の隣でセリーヌは図面を引き、入れ替わり立ち替わり訪ねてくる部下に指示を飛ばしている。
いつの間にか真夜にはテーブルと椅子が与えられ、空薬莢の箱が空になれば次の箱が隣に用意されるようになった。図面通りに挿し木を植えた部下が呼べばセリーヌが魔銃をぶっ放して回る。公爵邸といえども魔銃は一丁しかないらしい。
「じゃあなにか? 白薔薇の旦那は引きこもりなのに王城から煙たがられてるわけ?」
「そうみたいよぉ。最近国王陛下の体調が悪いみたいでね。次の王様は息子のセドリック王子だけど、この子があんまりできがよろしくないみたいでねぇ、加えて白薔薇様に懐いてるもんだから、王になったら白薔薇様がなにかと口出ししてくるんじゃないかってみんな怯えてるわけ」
すっかり世間話に花が咲いていた。
空中に術式を書き付けて薬莢に転写。ひたすら繰り返していたので喋りながらでもできる。
セリーヌのほうは手隙にひたすら挿し木を作っている。
「でも白薔薇公爵ってのはここから出られない決まりなんだろう?」
「王城にいなくたって、手紙をだすだけでも影響力がある。白薔薇様はそんな人なのよ」
「ほーん。すました顔して下ネタぶっ込んでくるだけじゃなかったんだな」
「ちょっとやめてよ! アタシの白薔薇様に傭兵流の下ネタなんて教えないでよね!」
「アイツ、たぶん傭兵よりエグいぞ?」
セリーヌが声にならない叫びを上げた。
「…………で? 白薔薇様のアソコってどうなの?」
急に真面目な顔になって近寄ってくるものだから真夜はおもわず吹き出した。
真夜が笑ってごまかそうとしている、と、おもったのだろう、セリーヌはイライラと太い指でテーブルを叩く。
「ちょっと、教えなさいよ。こんな素敵な薔薇を咲かせる人なんだから立派なのはわかってんのよ」
薔薇とナニがどう関係しているのかはともかく、知らないモノは報告できない。機会があれば微に入り細に入り観察しようと真夜は決意した。
「真夜! おい真夜いるか!?」
あえて知っている素振りで焦らす真夜にセリーヌがつかみかかる寸前、キースの声が響いた。仕上げたばかりの薔薇のアーチが死角になっているのか、キースは真夜の姿を見つけられないでいる。
「キース、ここだ。トレーニングか? ごくろーさん」
座ったまま手を振ってやるとキースはアーチをくぐって駆けてくる。しごかれた痕跡はきれいさっぱり消えていた。
「仕事してんだよ! お茶の時間だ。旦那様を待たせるな! オレが探す羽目になっただろうが!」
真夜相手に丁寧な言葉遣いは放棄していた。
「あらぁ、キースちゃんったらすっかり真夜ちゃんに懐いたのねえ」
しなり、と無骨な腕でしなを作り、頬に指を滑らせてセリーヌはねっとりとした声を出した。
キースのうろたえぶりがすごい。
「せ、セリーヌさんっ……こ、これは、あのっ」
「クレイオさんには言わないからだいじょーぶよお。そ、の、か、わ、り、今度お姉さんとデートしましょ」
キースまで守備範囲なのか。真夜はセリーヌを尊敬した。
「あ、う、え……おい真夜! はやくしろ! 置いていくぞ!」
返す言葉が浮かばなかったのかキースは真夜に体ごと振り向き逃げを打つ。
「おいおい、レディーがデートに誘ってんのに流そうとするなよ」
「うっさい!」
茶化す真夜の袖をキースが掴む。
「慌てちゃうところがかわいくて好きよお。真夜ちゃんも、今度デートしましょ。アタシがコーディネートしたドレスを着てね!」
これには真夜がギョッとした。
「もしかして、ソフィの後ろにいるのはアンタか」
「真夜! はやく!」
真夜とセリーヌが同時に吹き出した。ワタワタするキースが若くて眩しくてかわいい。
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