第17話 傭兵と騎士と執事

【傭兵と騎士と執事】


「なんで! 旦那様は! あんな女を! そばに置くんだ!」


「それは俺に聞かれてもわかんないよぉ」


 剣戟の音が響いている。ずいぶんと荒っぽく、同時に聞こえてくる愚痴そのままの音をさせていた。


「お祖父さまもなにもいわな! あいつは! 薔薇を燃やした賊の仲間だろ!」


「お前の心配もわからなくはないけどね」


 朝食の後、アルは用事があると言って執務室にこもった。

 やることもヤル気もないので屋敷散策をしていると、裏庭付近で自分の話題を聞き拾ってしまい、真夜はそっと物陰に身を潜ませた。使用人の批評なら無視して通り過ぎるところだったが荒ぶる声の主が明らかにキースだったものだから好奇心を刺激されてしまった。

 土を圧し固めただけの使用人用の裏庭だ。周りは壁で囲まれ資材や荷物運搬用の三輪自動車が置かれている。空いたスペースでキースとケントが真剣で打ち合っている。鍛錬の一環なのだろう。仕事と仕事の合間を縫う涙ぐましい努力である。若い。


「でもさ、彼女は君よりも強い。それだけは確かだし、旦那ともやりあって生きてる。今朝の様子からも、過剰な警戒は無用だとおもうね」


 ケントは真夜と勝負したときと同じ、片手半剣でキースの攻撃を軽くいなす。


「ケントはあの女に負けて悔しくないのか!?」


 キースの獲物は書斎で真夜に向けた暗器だ。鍔のない、ペンよりも細い短剣が二本。獲物の特性を考えればまだ複数本身につけているはずだが、八つ当たりを兼ねた鍛錬なので、両手に持った短剣でめったやたらに打ち込むにとどまっている。


「そりゃ悔しいよ。でも、負けたのは事実だから、こうして鍛錬に付き合っているじゃないか。今の俺たちじゃ、彼女はきっと止められない」


「どいつもこいつもあの女に甘い! 旦那様もケントも、本気でやっていれば倒せたはずだ!」


 若い。若くて眩しい。だからこそ真夜は物陰から出た。


「おれはキースに全面的に同意するね」


 真夜が姿を見せると条件反射でキースが短剣を投げてきた。距離を詰めながら短剣を掴み、投げ返してキースが持つもう一本の短剣を弾き飛ばした。

 投擲の精度はいいが鋭さが足りない。体重がのっていないのだ。真夜は肩に掛かった髪を払いブラウスの袖をまくった。

 昼の格好はブラウスにベストにズボン。ソフィ曰く、男装の麗人仕様らしい。多少の運動には耐えられそうなので真夜としては気に入っている。一つに束ねられた髪には屋敷の薔薇が飾られた。アルの要望らしい。これは不要と判断するが、つけていないと拗ねそうなのでおとなしくつけている。


「立ち聞きか。やはりどこぞの間諜なんだな」


 獲物を失ったキースは袖口から新たな短剣を出して両手に構えた。


「キース、間諜はもう少し身を潜めるものだよ」


 逆にケントは剣先を下げて警戒を解いていた。


「あのガバガバな主人の執事ならそのぐらい噛みつき癖があったほうがバランスがとれるんじゃないか?」


「旦那様を愚弄するな! 誰が犬だ!」


「犬とは明言してないよキース」


「犬の自覚があるみたいだな。もう一回鳴いてみろ」


「貴様っ!」


「キース!」


 ケントの制止をきかずキースは真夜に突っ込んだ。真夜は腰から短剣を抜きさばく。二撃目をむりして入れず、キースは飛び退いて真夜と距離をとった。


「武器を隠し持ってなにをしようとしていたんだ!」


 真夜は短剣を手の中でくるりと回し弄んだ。真夜が屋敷に来たときに身につけていた物は全て没収されている。これは武器庫から拝借したものだ。


「武器の携帯を許可されたからたしなみのひとつとして持っていただけだ。執事が突然襲ってくるかもしれないだろう?」


「その人を食ったしゃべり方が癪に障る!」


「おれはオマエのその若さ、嫌いじゃないぞ」


「オレは嫌いだ!」


「わかるよ。オマエは白薔薇の旦那が大好きなんだよな」


「口を閉じろ!」


「キース!」


「ケントじゃまを――――!?」


 同じ軌道で真夜に突っ込んだキースの横合いから、ケントが剣を振り抜いた。真横に跳ねて体を捩るが脇腹を切っ先がかすめた。


「なんのつもりだ!?」


 大混乱が顔に出ている。これで執事が勤まっているのか心配になった。

 いきなり仲間に斬りかかったケントのほうはケロリと笑っていた。


「いや、これ、いい鍛錬になるなぁとおもって」


 剣を振り腕を慣らす。笑いながら鋭く構える。真夜とケントとキースで正三角形を形作る位置どりだが真夜もケントもキースに切っ先を向けていた。


「はぁ!?」


 意図を正確に読んでもらった真夜もとびきりの笑顔をキースに見せる。初心な男には妖艶さよりも凶悪さのほうが目についた。


「強くなりたいんだろう? 白薔薇の旦那のために」


「え? ちょ、まっえ!?」


 真夜とケントは目配せをし同時に突っ込んだ。


「な――――ああああああっ!?」



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 半刻ののち、裏庭には屍が転がっていた。


「王宮の訓練に匹敵するほどいい汗を掻いたなぁ」


 額に落ちかったキャラメル色の髪を掻き上げたケントは汗がきらめいて男ぶりを上げていた。なにかを発散してすっきりした表情も清々しく淑女の歓声が聞こえてきそうだ。


「ケントは王宮から公爵邸に出向してるんだって?」


 庭の端に積み上げられた木材に腰掛け両足を伸ばした真夜は、首元を緩めながら訊く。


「そ。本当は通いなんだけど、ほら、ここ居心地いいから、住み込みにしてもらってんの」


 地面に倒れてぜぇはぁしているキースは二人ののんきな会話にツッコミを入れられない。容赦なく襲いかかってくる傭兵と近衛騎士から命を守るのに、キースは隠し持った暗器を使い果たしていた。主を守った勇敢な暗器たちは裏庭の土の上に横たわっている。


「飯も水もうまいしな」


 真夜は工作兵として売り出している傭兵だが、粗野な男たちの中で働いているため当然のように戦闘慣れしている。傭兵のたしなみとして武器全般を扱える万能兵として一部では名が知られていた。


「そう! それに温泉もいいんだよ! 王都にはないからついつい居座っちゃって」


 ケントは常備した笑顔が軽い印象を与えるが、若くして王族警護を専門とする王城近衛騎士団に所属している。さらにその中でエリートとして扱われる王宮にも侍る権限を持ち、王弟殿下の専属近衛騎士を任じられる高級騎士だ。


「温泉まだはいってないなぁ」


「な……なんで……オレが……こんな」


 ようやく話せるまで回復したらしいキースが、しかし喘ぎながらくだを巻く。


「お前に期待しているからだよキース」


 そういうケントは優しい表情をしていた。弟を思いやる兄のような顔だ


「若さきらめいている奴って一回打ちのめしてやりたくなるんだよな」


 一方の真夜は、開いて立てた膝に肘をつき、片頬を吊り上げてキースを流し見ていた。弟をいびる姉のような顔だ。 


「俺のフォローだいなし……」


「つ、つぎは……一本とってやる……」


 若さとは打たれ強さでもある。


「期待してるよ。はやく強くなれるといいね」


 騎士は若さを見守る。


「せいぜいがんばれ若いの」


 傭兵は容赦なく抉る。


「や、っぱり……嫌いだ……あんた……」


 笑いながら立ち上がった真夜は服の埃を払って裏庭を後にした。払うだけではどうしようもない土埃まみれの服を手土産にソフィを探す。怒られるだろうなあ、、と、おもったら屋敷に入ってすぐの壁にソフィは貼り付いていた。手には手ぬぐいを抱えている。なんか壁越しに裏庭の二人を睨んでいた。


「えーっと、渡してくれば?」


 真夜が声を掛けるとソフィは飛び上がる。よく飛ぶお嬢さんである。


「ままままままま真夜さん!?」


「はい、おれです。おちついて?」


「おおおおおちついてまふっ……こ、これはですね……真夜さんどうぞ!」


 手ぬぐいは複数枚あったがその全てをソフィは真夜に押しつけた。


「どうも」


 真夜は服どころではなくなった。

 どっち? どっちが好きなの?


「服が汚れていますね。着替えを用意しますね!」


「これ、渡しにいかなくていいのか?」


 他人の恋路をつっつきまわしたい真夜は、一周回って男前とも言える表情でソフィに手ぬぐいを差し出し首を傾げる。

 真夜の表情にか、それとも手ぬぐいを差し出したい相手をおもってか、ソフィは一瞬で顔を真っ赤にした。


「こ、これは、いいんです。真夜さんのために用意したんです。大丈夫です。さあまいりましょう!」


 あまりにも健気なので、真夜はソフィの強制連行におとなしく付き合った。



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