第16話 眠りから覚めたら

【眠りから覚めたら】


 朝、真夜が起きると隣にアルがいて目があった。

 仮面をつけていて昨晩見た角度そのままだったので、真夜は一瞬石像を見ているのかと思った。仮面をつけたまま眠ったのか、もしくは夜通し見張っていたのかはわからない。不自然な眠気の理由を想像しようとしたがすぐに諦めた。

 真夜が目覚めたことを確認したアルはベッドから降りる。起き上がる真夜に、朝食が来るからそこで待っていろ、と言う。

 真夜が、「アンタはここで食べないのか?」と、聞いたら、「私は紳士だから」と、真夜には意味不明なことを言って寝室から出て行った。素直に待っていたら現れたソフィに、これが貴族のルールなのか訊ねたら、「既婚者の女性は朝食を寝室でとられます」と、返ってきた。

 ようするに? 一緒のベッドで寝てたらそういう仲だろうし朝はなにかと障りがあるだろうから朝食を持って来てもらえる、と?


「だから、ルールは教えろっていってんだよ……」


 真夜はベッドの上で胡座を掻き髪を乱暴に掻き上げた。一人で朝食を食べるアルを想像してどこかがざわついた。首元が落ち着かない。


「ソフィ、それ持って」


 寝具を跳ね飛ばしベッドから降りる。


「お気に召しませんか!?」


「違う。それは食べる。ただし、あいつと一緒だ」


 ガウンを羽織って寝室を出る。その後を朝食を持ったソフィが追いかける。公爵邸としてはなかなかの珍事だ。

 廊下にいたキースが顔色を青くする。


「おい、ちょっとあんたなにやって――――そのような格好で出歩かれては困ります!」


 キースが目線を逸らしながら半歩前を歩く芸当を見せる。


「アイツはどこだ?」


「旦那様は朝食中です。お会いになるならせめてお召し替えを――」


「その朝食を一緒にとろうってんだ。案内してくれ」


 ソフィとキース困惑しているが真夜から離れない。先に吹っ切れたのはキースだった。


「あんためちゃくちゃだ」


「そんなもんは最初からだ」


 庭園領に入った時から色々とめちゃくちゃだった。

 諦めたキースに案内をされ、また知らない部屋に突撃する。

 給仕をしていたクレイオは黙って乱暴に入ってきた真夜に取り乱すことなく、アルの対面の椅子を引いた。

 夜着のまま現れた真夜にケントは「刺激が強すぎない?」と、笑う。

 アルはしばらく呆然としたあと、


「朝食が足りなかったのかな?」


 と、平静を装った。


「仕事をしにきた」


 真夜のセリフにアルは首を傾げる。


「おれの仕事はアンタの遊び相手なんだろう? ようは楽しませるのが仕事ってわけだ。つまらなさそうに飯を食ってるってそこの執事が言うから来てやった」


 言い訳に使われたキースは動揺しすぎてソフィから受け取った食器を鳴らす。


「百歩譲って娼婦扱いは受け入れるがアンタの嫁や婚約者扱いは癪だ。アンタはおれの雇用主だろう? 使えよ」


 明るい部屋に沈黙が降りる。清潔なクロスは裾に刺繍が施され、カトラリーはピカピカ。調度品は重厚さより爽やかさを演出し、食事を邪魔しないよう匂いの少ないものを選んで生けられた薔薇はみずみずしい。ここで過ごす人間が快適なように隅々まで整えられている。寂しさを紛らわせるためではない。一日を健やかに始められるようにだ。それが使用人の願いでもある。


「とりあえず。今はここでアンタと朝飯を食う。明日は、アンタが寝室で食うか、ここに来ればいいのか? あとなんだ、昼飯とティータイムと夕飯?」


「旦那様は昼食とティータイムを一緒になさいます」


 クレイオが真夜をアシストする。


「じゃあそれで。楽しい食事の時間にしようぜ。アンタが知らない土地の話もしてやる。下世話なのもいけるらしいから話題には困らないな」


「傭兵殿、朝食時は手加減をおねがいします」


「あー、じゃあ、そうだな。その新聞でアンタが気になったニュースを教えてくれ」


 テーブルの端には新聞と開封済みの手紙が置かれていた。真夜が指さした先をアルが見つめ、なにかが決壊したように表情が緩んだ。


「くっ――――ふふふふっあはははははっ」


 声を出して笑ったアルにクレイオすら驚いている。


「キース、私の黒薔薇の朝食をここに。そうだね、君の仕事のじゃまをしてしまって悪かった。君との食事はとても楽しい。できるかぎり付き合ってくれるかい?」


「報酬分は働かせてもらう」


 ようやっと、公爵邸の朝食がはじまった。



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