第15話 寝物語に花束を
【寝物語に花束を】
「貴族って、夕飯のために着替えるものなのか?」
ソフィに捕まってからずっと採寸と衣装談義で気づけば夕飯の時間が迫っていた。そしてまた着替えさせられる。今度は首元や胸元が開いたドレスだ。細身のシルエットでフリフリ過ぎないが豪華に思える。手袋にアクセサリーまでつけられた。
「貴族にとって晩餐はとても大切なものなんです。ご家族がそろう場が晩餐しかない、というお屋敷も珍しくありません。公爵様はご家族もおりませんからずっと一人の晩餐でした。庭園領から出られませんから晩餐会への招待もなくて、いつも穏やかでおられますがきっと寂しかったはずです。でも、真夜さんとはお食事をご一緒されるとうかがいました。ですから、目一杯おしゃれしていただきます」
なるほど。と真夜は納得した。
白薔薇公爵邸の使用人は主人が好きなのだろう。そして家族もおらず、広大な屋敷で一人暮らす男を気に掛けている。だから真夜の人柄よりも、主人が自ら雇い入れ、主人が傍に置くと明言し、主人を傷つけず主人を楽しませる状況を大事にしている。家令たるクレイオも真夜が屋敷にとどまりアルと食事を共にすることに悪い顔はしないし、傍にいる前提で対応しているわけだ。
「遊び相手っていうのはあながち冗談じゃなかったんだな」
晩餐室に入る前に書斎でアルと合流した。なんでも食事を待つ部屋というのがあるらしいが、いつもはアル一人なので書斎なのだという。
「そのドレスもよく似合っているよ私の黒薔薇」
アルは胸の白薔薇を真夜の髪に飾った。
「君は薔薇がよく似合う」
「そりゃどーも」
食事が整うとアルにエスコートされて晩餐用の部屋に入る。二人しかいないのにどでかいテーブルで食事がはじまった。昼に使った部屋で食事すればいいだろうと、言えば、晩餐だから、と、返ってくる。そういうもんなのか、と、真夜は適当に納得した。デザートまでおいしかったのでどうでもよくなったわけではない。
お茶がでないなー、と、待っていたら別室に下がってお茶をするものらしい。真夜にとっては謎である。しかも本来は男女別だという。謎深まるばかりなり。
夜着は裾の長い袖もあるものになっていた。生地も適度に肌をかくすものが採用されたらしい。スリットが入って肩がチラリと見える。裾から腰までにもスリットが入りリボンをほどくと素肌が見える。背中のリボンは自分ではほどきにくい位置にあり、ほどかれるとすっかり脱げてしまう仕様。とっさの提案ながらなかなかエロい服に仕上がっている事実に真夜の背筋は粟立った。熱量おそろしい。
夜、こうなることは予測していたが、実際に寝床はアルと一緒だと指定されると首を傾げずにはいられなかった。
「公爵様はそんなに女に飢えていらっしゃる?」
白薔薇公爵邸総出であからさまだしこういうことは血筋を大事にするものではないだろうか。
「暇なんだよ。人間、暇になるとろくな事をしないだろう?」
真理を言いつつアルがベッドに入る。
「家令に全部押しつけてるんだからお前が働いてやれよ」
庭でも寝られる自信のある真夜だったが、せっかく最高級のベッドで寝られるのだから、と、自分を誤魔化し潜り込んだ。
「私の黒薔薇は手厳しいな。主人は立てるものだよ?」
「おれの主はこっちが立てなくても自分で昇って落ちて来ないから大丈夫だ」
アルはベッドの中でも仮面を外さない。未だ寝る気配がないから外さないのか、他人がいるから外さないのか、真夜には判断がつかない。
「君のそのしゃべり方は北方地域の方言かな」
クッションに背を預けたアルがうつぶせになって頬杖をついた真夜を見下ろす。
「おそらくな。幼い頃は北方にいたようだからその頃に癖がついたんだろう。聞きづらいか?」
「いや、声もしゃべり方も心地いいよ」
「そりゃどーも。おれも、アンタの声としゃべり方は嫌いじゃない。内容はともかくな」
突然笑えてきた。
「ふっ……まさか貴族様とこうして話すことがあるとはな」
「おや、君は貴族ではないのかい?」
「バレたか? 実は貴族でな。しかもずいぶん長生きしているんだ」
長寿は王族の特権。揶揄や比喩ではなく、直系の王族は通常の五倍程度の寿命をもつと言われている。
「それは知らなかった。でも、長生きしすぎるのも考え物だよ」
アルは笑っているのに楽しくなさそうだった。
「王族が長寿なのは過去の栄誉のおかげだろう? 誇りってやつじゃないのか?」
誰もが知っている神話の話だ。神より世界を治める〝命の薔薇〟を授かった兄弟の話。王族はその末裔だと言われ、長寿はその証である。
「今はそう言われているね。実際はどうかわからない。天が許すまで死ねないのは、人によっては罰と同じさ」
首筋がチクりと痛んだ。強引な眠気に襲われる。
「アンタ、死にたい……のか?」
なにか言っているが聞こえない。
抗えなくてそのまま眠りに落ちた。
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