第14話 メイドは存外暇してる
【メイドは存外暇してる】
ルールなしのチェスは混乱を極め、観戦者を笑い転げさせた。
真夜とアルは真剣なのに、温度差がひどい。
そろそろケントが瀕死になるかと思われた頃、どこからか連絡が入ったと言ってアルは席を外した。ケントは命拾いしたようだ。
ケントとクレイオはアルに従って出て行き、キースは執事の仕事で出て行った。
真夜は屋敷のどこへでも自由に出入りしていい、と、許可をもらっている。本も読み放題だし珍しい武器もある。が、あまりにも自由なのでぶらぶらと屋敷を歩き回っていた。
「真夜様! 真夜様!」
グルグルと廊下を歩き続け迷子になりかけたところで、後ろからソフィが迫ってきた。真夜の本能が、逃げ出せ、と、警鐘を鳴らす。
ソフィは真夜の間合いに踏み込んで鼻息を荒くした。
「お屋敷にとどまっていただけるとききました。服を仕立てましょう!」
真顔が怖い。
「とどまるっていっても使用人としてだ。呼び捨てにしてくれていいし、服だって動きやすければなんでもいい」
遠慮する真夜の袖を細い指ががっしりと掴む。
「いいえ! そうはまいりません! ここは公爵家。使用人であろうと良家の出身者が誇りをもって働いております。クレイオさんからも公爵様の隣に立っておかしくない格好をさせるように仰せつかっております。真夜様のお仕事には口出しはできませんが、このソフィ、侍女としてお召し物に関しては責任を持って口出しさせていただきます!」
だから怖いって。
「ですので! さあ! 採寸を! 好きな色は!? 袖の形は!?」
「わかったわかった。でも様ってのはやめないか? おとなしく採寸されるから」
「真夜さん、こちらに! こちらにどうぞ!」
「わか――――あー……」
戦闘後に盛る傭兵だってここまで怖くなかったぞ、と、真夜が引いてしまう怒濤の勢いで部屋に連れ込まれた。
中には三人のメイドが待機していた。なにかが、すっごい準備されてる。
「女性のお召し物を整えられる日が来るなんて」
「私は、もう諦めていました……」
「はやりのスカート、生地……これからはフリルにアイロンをけられるんですね」
「美しい……美しいです。なんて引き締まった細い腰……」
ソフィ一人でも対応に困っていたのに四倍になった。女主人に飢えているメイド。怖い。
「お、おい。おれは傭兵だぞ? なんかこう、アンタたちのプライド的なものに障ってないか? 大丈夫か?」
「公爵様が! 自ら! 招かれた! 女性です! ドレスに袖を通してくださるなら職業や爵位など関係ありません!」
この熱量である。
ソフィにいたっては、「公爵様が自ら招いた女性」を、どう扱っていたか知っているはずだ。その上でこの態度なら、真夜は理解を放棄するしかなかった。
「お召し物に要望はございますか?」
「とりあえず動きやすくて窮屈じゃないもの。なにをさせられるかわからないから痛んでも惜しくない素材で作ってくれ。それから、普段はヒールの低いブーツがいい」
「わかりました。作業着もおつくりいたしましょう。フリルやレースはどういったものがお好みですか?」
「作業着もって……」
「お好みのお色は?」
「く、黒?」
「もう一声!」
もはや押し売りの商人である。
「……白薔薇の旦那が真っ白だから、暗めの色があうんじゃないか?」
「そのとおりでございますね!」
真夜の一言で場はきゃっきゃと盛り上がった。
悪意に対しては報復か無視でどうにかなるが、好意と好奇と興奮しかない。思っていた公爵邸と違って真夜は拍子抜けした気分になった。入室した当初は対応に苦慮したが段々となれてきた。要するに、女主人に飢えているわけだ。自分の意見を全面的に通すのではなく、相手の望む答えに織り交ぜていく。あまりにもフリルを盛られそうなら、「体のラインは適度に見えていたほうが自分に似合う気がする」と、言い、スカートのボリュームを聞かれれば、「薔薇の庭を二人で散歩するなら控えめのほうがいい」と、言う。互いの意見を尊重すれば世界は平和に回っていった。
寝所に侍る用の衣装も作る、と、遠回しに言われた。
なんとなく予想はできていたし、主人のベッドで全裸登場したのだから使用人がそういうものだと見るだろう。しかも主人である公爵は「私の黒薔薇」と、呼ぶ。
下着が透ける裾の短い布きれを着せられそうな流れになって真夜は思考をフル回転させた。
「ちょっと待ってくれ」
「なにか?」
四人が同時に振り返って「文句はいわせねぇぞ」と、いう笑顔を向けてくる。泣きそうになった。
「おれは、見えそうで見えない、脱がしてみたいっていうのがエロいとおもうぞ?」
「たしかに!」
「公爵様はそちらのほうがお好きかも!?」
「では、こういった感じで……」
「どこを見せてどこを見せないかが重要ですね!」
「うん。なんか、そういう感じのいいよね……」
人生は常に戦闘である。真夜の体力は昨夜よりひどく削られた。
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