第12話 傭兵は三食昼寝つき有給休暇有りがお好き

【傭兵は三食昼寝つき有給休暇有りがお好き】


「ずいぶん空腹だったようだね」


 なんのために作られたのかわからない中途半端な大きさの部屋の、中途半端な大きさのテーブルで、真夜はなぜかアルと向かい合って食事をしている。

 ここに案内されて食事が用意されているということは、もしかしたら軽食を楽しむための部屋なのかも知れない。豪華さに腹が立ってきて真夜の食事のスピードは上がった。

 野菜たっぷりのサンドイッチと肉たっぷりのサンドイッチ。魚のフライにキノコのソテー。豆のスープと山盛りのフルーツサラダ。クッキーにカップケーキ、そのほか諸々。朝食とランチとティータイムがごっちゃになったメニューが並べられ、真夜は作法も気にせずもりもり食べる。


「アンタ、自分が昨日何やったのか覚えてないのか?」


 クレイオは咳払いを挟み、ケントは「おお~」と、はやし立てる。キースは部屋の端で赤くなっていた。

 傷自体は回復薬で治るが流した血の分は腹が減る。ずっと気を張っていたし起き抜けの戦闘だ。空腹にならない方がおかしい。

 腹が膨れる食事を望んだ真夜は屋敷に戻ると着替えさせられた。ゆったりしたブラウスは胸元のリボンが邪魔だが着心地はいいし、胸の下で編み上げるスカートは膝丈でやたらひらひらするがドレスより動きやすい。靴はブーツになって落ち着いた。靴とドレスを傷つけたことを詫びるとソフィは大げさなぐらい恐縮して、「無事にお戻りになられただけで嬉しくおもいます」なんて言っていた。なににつけても過剰な娘という印象がこびりついた。

 ケガの手当てを終えたケントと警戒心バリバリのキースに見守られながらの食事だったが、人の目を一切気にせず昨夜を蒸し返す。

 平然としているのは当人たちだけだ。


「刺激的な君の姿しか覚えていないね。具体的にはなにをしたのだったかな?」


「薬を使ってむりやりしたことを詳しく話せばいいか? アンタが何回出したのか言えばいいのか? ……おいまさか、あのあとも続行したんじゃないだろうな」


 途中から大嘘である。実際に監禁されれば、こっちが女と見るや辱める手法をとる輩もいるが、昨晩はずいぶんと良心的手法をだった。だが、アルはそんな真夜の虚言にのってくる。


「そんなつまらないことはしないよ。私は紳士だからね」


「その言葉、他の貴族に話しても大丈夫か?」


 真っ昼間のあまりの下品さにクレイオが進み出てきて苦言を呈する。お叱りを受けたアルは笑ってごまかし、真夜は黙々と食べて流した。

 スープをおかわりする。


「しかし困ったね」


「もう、おかわりはないのか?」


「まだ食うのかよ……」


 キースのつぶやきにクレイオが咳払い。喉が心配だ。


「満たされるまで準備させるから心配は無用だよ。そうではなくて、この食事で君の望みは叶えてしまった。これでは君の後を追えない」


 まったくもって困っていない顔で「困ったね」と、ほざくアルは優雅にケーキを食べる。


「処分したって発表だけすればいいじゃないか。そうすれば、おれはこの屋敷で三食昼寝つきの引きこもり生活をしてやろう」


「そこで手に入る情報の価値と君への投資は釣り合いそうにない」


 アルは空になった皿に視線を投げる。

 そうだろうなぁ、と、人ごと的に真夜は納得する。

 あらかた食べ尽くして満腹になると、タイミングよくお茶が出てきた。薔薇の香りがする薔薇紅茶だ。

 真夜は一口飲んでカップを見つめた。淹れてくれたクレイオを見上げると稲穂色の瞳と視線があった。


「なあ、今度から普通のお茶を淹れてもらえないかな。薔薇じゃないやつ」


 カップを指さしていう真夜に、クレイオは嫌な顔は見せなかった。


「かしこまりました。お取り替えいたしますか?」


「いや、これは飲むよ」


「君の口にあわなかったかな?」


「うまいよ。でも、ここの薔薇はおれのことが嫌いらしい」


 全員ぽかんとした。

 真夜自身にもよくわからないが、あまり薔薇を体にいれたくない、と、おもってしまった。それが行動になっただけだ。


「初めて聞く感想だ」


 アルもお茶を飲む。


「おいしいよクレイオ、いつもありがとう」


「光栄でございます。旦那様」


 ゆっくり紅茶を楽しんでいる途中で、「そうだそうだ」と、アルが切り出す。


「今度この庭園領では例年恒例のガーデンパーティーがあってね、クレイオには全てを取り仕切ってもらうことになっている。そうなると屋敷の手がたりなくなってしまうから君、雇われないかい?」


 真夜より先に反応したのは空いた皿を下げていたキースだ。


「旦那様、オレ、私ではお役に立てませんか?」


 主人に見捨てられそうな忠犬の様子に、真夜は心の中でキースを撫で回した。


「キースには存分に働いてもらうつもりだよ。でも、どうしても人手は足りなくなるだろう? 使える人間はいたほうがいい。今はセリーヌが焼けた薔薇を整えるのに手一杯だしね。私の遊び相手も必要だ」


「夜の遊び相手?」


 脊髄反射で会話に割り込んだ。

 キースに向けていた視線を真夜に戻し心底嬉しそうに笑う。


「いいね」


 真夜の癇に障った。


「ふざけやがって。報酬次第だな」


 真夜は日割り換算で相当ふっかけたが、アルは笑顔で頷きクレイオに契約書を作るように言いつけた。


「さて、では今から君は私の黒薔薇だ。楽しませておくれ」


「黒薔薇ぁ?」


 楽しそうに笑うアルに仏頂面の真夜。どことなく満足顔のクレイオと、陽気な笑みが崩れないケント。納得いかないキース。扉の外で拳を握るソフィ。白薔薇公爵邸は存外すんなりと真夜を受け入れた。



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