第11話 傭兵と近衛騎士
【傭兵と近衛騎士】
三方を壁で囲まれているが平民の家なら二、三軒入りそうな広さの中庭が決闘会場だった。小さい花形の白薔薇が満開だ。生け垣が迷路のように配され、所々に石像と白薔薇のアーチが頭を出している。一段高くなっているレンガ敷きのテラスでアルはクレイオを従え優雅にお茶を楽しんでいた。
「アルモリーク公の近衛騎士、ケント・アベルコンウェイだ」
おおよそ二十歩分離れて対峙したケントがいう。
「名乗るのが礼儀ってやつか? 真夜・ルゥだ」
スカートを摘まんで深くお辞儀をする。見よう見まねだがずっと見てきた母の仕草だった。真夜にとってはこの世界で初めて美しいと思ったものだ。
ケントも片足を引いて深く礼をとった。
二人の間に立ったキースの合図で勝負は始まった。
急速に近づいて打ち合う。
キースの獲物は騎士らしい片手半剣。獲物だけ見れば昨夜のアルとほぼ同じだが攻撃の重さは軽く感じるほど違うものだった。
「すごい。旦那とやりあったとは聞いていたけど、俺と打ち合うのか」
「はっ」
一度は受け止められるが連続して受け太刀していたら折れるし押し負ける。真夜の獲物は切りつけるのが得意だ。
離れてまた打ち合う。押し合った獲物を支点にくるりとスカートをひるがえらせるとケントの背後へ回った。
「見たかいクレイオ。実に見事なターンだ」
「そうでございますね。旦那様」
観戦者が優雅すぎて真夜はイラついた。
「旦那、俺のこと応援してくれないと負けちゃいますよ?」
おそらくケントも思うところはあったのだろう、背後から襲ってくる真夜の攻撃をかわしながらも応援を催促した。
「私の騎士はやってくれると信じているよ」
「俺が負けるの期待してません?」
「アンタ、猫かぶるの得意だろ」
どこかの段階からか、ケントは主に対してずいぶんと砕けた態度をみせていた。寝室に入ってきたときの騎士然とした態度とは雲泥の差だ。
「俺、猫は苦手なんだよね」
ケントは笑いながら踏み込んできて剣先を突きつけてくる。
刺突を避けた真夜は回転しながらしゃがんで腕を伸ばし空いた腹を狙う。
刺突の勢いに乗ってケントが飛ぶ。着地と同時に低い体勢で突っ込んでくる。狙いは真夜の喉元だ。
これ以上体勢は低くならず、かといって立ち上がれば腹を狙われる。真夜は襲ってくる切っ先より低い位置から剣を振り上げて躰ごと縦回転させてケントを弾き返した。
「猫のほうはきっとアンタが好きだとおもうぞ」
つかみ所がなく変幻自在の真夜のダンスと、表情とは裏腹に鋭く刺すケントは演舞のような剣戟を繰り広げる。
「猫って君のこと?」
接近したケントの瞳は、顔に貼り付けた軽薄そうな表情とは違い鋭い。冷めた目でベッドに連れ込まれるよりよほど興奮した。
勝負は楽しめるが、真夜はここで勝つのが得策とは思えなかった。食えない白薔薇公爵と食えない騎士。暗器を使う執事とそれを鍛える家令。庭園から出られたところで逃げ切れる保証はなく、そもそもフマルクたちが無事かどうかもあやしい。
回転しながら剣を振り回し不規則な連撃をくりだす。
「くっ――――っ!」
ケントが一歩下がったところに回転の勢いで下段回し蹴りをいれる。
体勢を崩したケントがそれでも刺突を繰り出してきた。
刺突をかわして薔薇の茂みを飛び越える。
「え!? 逃げるってあり!?」
「キース、控えていろ」
真夜を追うために構えたキースをクレイオが鋭く制止した。
「……はい」
ケントは生け垣を回りこむ。薔薇の道に真夜の姿はない。
「え~、本当に猫だったの?」
薔薇が美しく見えるよう庭師が腕によりをかけた迷路だ。潜まれると厄介だし生け垣に剣を向けようものなら庭師のセリーヌが怒り狂うのは目に見えているのでケントには手が出せない。安易に通路を進むのも飛び越えるのも危険。
「いやなことしてくれるね」
「黒薔薇が薔薇にまぎれてしまった。これは大変だね」
楽しんでいる主人の姿も今のケントにはあまりうれしくない。
策を考えているとなにかが動く気配がした。
生け垣が揺れて舌打ちが聞こえる。通路二つ先の生け垣越しに真夜の姿を視認した。袖に巻きついた薔薇を剣で切り落としている。
ケントは生け垣を跳び越えた。
薔薇の拘束から抜け出した真夜が通路を走る。
角を滑り込んでケントの死角に入った。
構えて角を曲がるケントの正面から剣が飛んできた。上に弾くが、空いた腹にヒールがめり込む
「ぐっ――――!?」
ケントはとっさに体を引いてヒールが刺さるのことは避けたがそれなりに痛い。視界がドレスで塞がれる。剣を握る手首と肩に重さが掛かった。視界に薔薇が散ったと思ったら背後から首筋に冷たい刃の感触が当たる。
蹴りを入れた真夜はケントの体を踏み台にして飛び、弾かれて宙を舞っていた獲物を取り返し着地と同時に背後をとっていた。また急所を切り裂いても死なない人間だろうか、と、一瞬不安になったが、ケントはおとなしく降参した。
「あら~負けちゃった……」
「素敵なダンスだったよ二人とも」
相変わらずアルは優雅に歩いてくる。
真夜とケントは剣を納めた。
ケントはキャラメル色の後頭部をガシガシと掻き乱し、主と一緒に近づいてきたクレイオを上目遣いで見る。身長はケントのほうが高いのにあざとい。
「もしかして俺、クビになります?」
「騎士殿の雇い主は陛下ですので当屋敷での判断はできかねます」
「報告の手加減おねがいしますね、クレイオさん」
こてん、と首をかしげるおねだりがあざとくて真夜は思わず頬を引きつらせた。ヒールが折れた靴を脱ぐ。裸足になるが整備されたレンガ敷きなので気にしなかった。袖のフリルがほつれていてソフィにどう謝ろうか考える。
「さて、君の勝ちだ。約束を果たそう」
アルが近寄ってくればクレイオも近づいてくる。真夜はクレイオに靴を渡した。
「用意してくれた人に謝っておいて。このドレスも」
「新しいものを用意させましょう」
クレイオは靴を受け取って下がっていった。
真夜が出て行くなら必要ないものをなんの疑いもなく用意するといったクレイオを真夜と一緒にアルも見つめる。
なんとはなしに目があって、アルと真夜は同時にため息をついた。
真夜は鞘に収めた剣をアルに渡す。
「腹減った……」
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