第8話 薔薇狩り

【薔薇狩り】


 その夜、ざわめく薔薇の気配でアルは目が覚めた。外していた仮面をつける。タイミングを見計らったようにクレイオが部屋を訪ねてくる。


「何者かが侵入したようです」


「どこから侵入したかわかっているのかい?」


 ベッドから降りたアルは窓辺に歩み寄る。


「侵入経路は判明していませんが温室を狙っているようです。騎士殿を向かわせています」


 カーテンの隙間から正面に広がる庭園を覗く。温室は屋敷の東側で寝室からは見えないがアルの視線はじっと外に向けられている。


「キースも連れてクレイオもいってくれるかい? あそこはなんとしてでも守らなければいけない」


「旦那様は?」


「正面から来る者もいるようだ」


「セリーヌに相手をさせましょうか?」


「セリーヌは待機だ。状況に応じて、温室の薔薇を最優先で守るように伝えてくれ。正面は私が相手をする。どうやら一輪だけ違う花がまじっているようだ」


 アルの感覚を肯定してか、寝室に飾られた白薔薇が一輪落ちた。


「かしこまりました旦那様。ご武運を」


 家令は平静を保ったままさがっていった。

 アルは自ら着替え武装していく。壁に飾られた剣を掴み外に向かった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 白薔薇が咲き乱れる月夜の庭に、剣を携えた銀仮面のアルの姿は神話絵画のように映えていた。


「私の庭に何の用かな?」


 ことさら優しげな声で人影のない庭に声をかける。

 ほのかに輝く白薔薇の中に黒い影が起き上がった。予想よりも細いな、と、アルは感じた。


「薔薇を一輪もらえるか?」


 屋敷の東側から火の手が上がり前庭までもを照らす。火勢はすぐに弱まり照明の役割をなさなくなったが人影を確認するには十分だった。短剣を抜く人物は黒髪の女だった。美しいと感じた。薔薇が似合うと。

 対面する真夜は、公爵の姿を見て舌打ちをした。詳細は見えないまでも剣を持つ姿が美しいとおもった。名前負けする不細工なら惜しいとはおもわなかったのに、と短剣を構えた。


「なるほど。私自ら手折って差し上げよう」


 セリフを待って真夜は斬りかかった。細身で短い刀身は懐に入らなければ届かない。

 対するアルは騎士が使う片手半剣で通常のものより少し幅が広い。アルは受けるのではなく踏み込んだ。

 測った間合いを潰され、真夜はぶつかり合った瞬間に相手の刀身を受け流す。

 思わず舌打ちが出た。

 重い。まともにぶつかれば剣が折られる。


「薔薇を摘むのにそんな物騒な刃物いるのか?」


 勢いを流されたアルだがさらに踏み込んできた。脇を狙おうとした真夜だったが相手の間合いでもある。攻めるのを諦めて飛び退いた。背後は薔薇の生け垣だ。


「手塩に掛けた薔薇なのでね。よい刃物で摘むべきだと思わないかい?」


 真夜は本能的に薔薇からも距離をとった。理由は自分でも分からない。薔薇の壁に突っ込めば食われる気がしている。


「ここの白薔薇は高いわけだ」


 逃げ道を探した一瞬で距離を詰められ呼吸を乱される。下から斬り上げられ、獲物を弾かれるギリギリで受け流す。

 横に飛んで薔薇と公爵の挟撃からは抜け出したが相手の余裕に圧されている。領地に引きこもっている公爵様に剣の腕があるとはおもっていなかった。

 公爵が腕を上げ真夜を指し示す。


「よく似合っているよ。もっと美しく飾りたいものだ」


 一瞬なんのことかわからなかったが、買った白薔薇を髪に飾ったままなのを思い出す。


「手向けの花ってか?」


 姿勢を低くし深く踏み込んで胴に体当たりをかます。


「ぐっ……」


 体勢を崩したところで連撃を叩き込むが公爵は対応してきた。

 隙に剣をねじ込む。柄で弾かれるが剣先に仮面が引っかった。


「はっ――」


 反射的に素顔を隠した公爵の隙は見逃さない。首筋を切りつける。体を捻られて逸れたが致命傷にはなり得る手応え。公爵の白い服が赤く染まっていく。


「悪いな。薔薇をもらっていくぞ」


 追撃を仕掛ける。

 公爵は首ではなく顔を隠し続けさらには迷わず踏み込んできた。戦い方が相打ちを覚悟しているようで真夜は血の気が引いた。


(我が愛しき者を傷つけることは許さぬ!)


 地面から茨が伸びてきて足を取られる。


「なんだこの魔法……結界の類いかっ――」


 胸がカッと熱くなった。体から熱が吹き出ていくのを感じる。強く薫った薔薇の匂いに真夜は意識を失った。

 胸から血を流し倒れる真夜の傍、首は確かに切れているのにアルは平然と立っていた。真夜が髪に飾っていた白薔薇を摘んでむしゃりと食べる。血を流していたはずの首から傷が消えた。


「黒い薔薇が咲いたね」


 傍らの生け垣を見れば血染めの薔薇が闇夜で黒く光っている。白薔薇しか咲かない庭に咲いた変わり種を、アルは愛しそうに摘んだ。

 屋敷の東側も静まりかえっていた。


「旦那様」


 背後に音もなくクレイオが現れる。


「賊は?」


「申し訳ございません。逃がしました」


「傭兵だろう。どうやらこの女性が鍵のようだ。私が話を聞こう」


「かしこまりました」


 血染めの薔薇を黒髪に飾り抱き上げる。虫の息しか紡がない唇にキス落とせば胸から溢れる血は止まっていた。



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