第7話 兄妹

【兄妹】


「オスカーお兄様!」


 悠久庭園領で真夜たちが着々と準備を進めている頃、オスカーの部屋に妹王子のアリエルが飛び込んできた。年頃の乙女らしい華やかなドレスをまとい金髪の長い髪にリボンを結んだ、晴天色の瞳を持つ姫だ。オスカーとは五つ違う。


「アリィ、はしたないよ」


 先触れも出さず自ら扉を開いて入ってきた妹をオスカーはたしなめる。椅子に座って本を読んでいたオスカーの目の前に立ったアリエルは両手を腰にあてて「怒っています」と、態度で示す。


「はしたなくたって構いません! 今セドリックお兄様からお菓子が届いたんです。オスカーお兄様と食べなさい、と。なんで本人がいらっしゃらないのですか!?」


 後を追いかけてきた侍女が菓子の入った籠を持ってオロオロしている。オスカーは自ら籠を受け取って侍女を下がらせた。テーブルに籠を置きながらため息をつく。


「兄上は……忙しいんだよ」


「遊び歩いてるってみんな言ってます。それだけではなくオスカーお兄様の施策を邪魔して、叔父様のところに入り浸ってるって。時間ならいくらでもおありなのに家族である私たちの前には現れないなんて! もう! もう!」


 感情が高ぶりすぎて言葉が出てこなくなったらしい。


「落ち着きなよアリィ。ほら、お茶を淹れるから、お菓子を食べよう?」


 オスカーは自らお茶を淹れはじめる。


「あらぬ噂まで立てられてオスカーお兄様はなんでそんなにのんきなんですの!?」


 兄を貶めようとしている弟、と、いった主旨の噂は否定しても後からどんどん湧いてくる。セドリックもアリエルも、オスカーがそんなことするわけない、と、一蹴してくれるのでなにも心配はしていなかった。


「兄上本人から気にするなって言われたからね」


 苦笑するオスカーの言葉にアリエルは目を見開いた。


「セドリックお兄様にお会いになったんですか!? ずるい!」


 結局のところ、アリエルは兄たちが大好きなのだ。周りに振り回され会えないことにだだをこねて、感情をこじらせた挙げ句オスカーに八つ当たりにきた。


「ほら、アリィはコレが好きだろ?」


 わかっているオスカーは薔薇の花びらが練り込まれている小さなクッキーをアリエルに差し出す。悠久庭園領の人気土産で、セドリックが必ず持ち帰ってくるアリエルの大好物だ。今日は薔薇が練り込まれたケーキも入っていて、兄の気遣いにオスカーは頬を緩める。


「わたしくいつからセドリックお兄様と会ってないのかしら……オスカーお兄様?」


 ようやく落ち着いてきたアリエルが整えられた席に座る。対面のオスカーを見ると、ケーキを摘まんでじっと固まっていた。


「アリィ」


 しばらく固まったあと、オスカーはケーキを割って断面をアリエルに見せてきた。ケーキの中から折りたたんだ紙が覗いている。薔薇の透かしが入っている便せんは白薔薇公爵邸のものだ。

 手紙にはセドリックの文字が並べられていた。


『オスカーはベルアィーダ公爵に気をつけるように。アリィはお菓子を食べ過ぎないように。ティーナ嬢とは仲良く』


 そっけない文章の行間にセドリックの精一杯が読み取れた。


「ほらね。兄上はお忙しいだろう?」


 手紙を掲げてなぜかオスカーが得意げに笑った。


「セドリックお兄様は王太子なんですよ!? もっとできるところを皆に見せなければ侮られます!」


「ボクたちができることをしないとね」


 ベルアィーダ公爵は、セドリックを取り込もうとしているシュシュ公爵に対抗できる駒を探している。アリエルの話相手のティーナ嬢はベルアィーダ公爵の遠縁にあたる伯爵令嬢だが、シュシュ公爵関連の噂はもれなく拾ってくるゴシップマニアでもある。王宮でも作れる菓子をわざわざ公爵邸で作って持って帰ってきた。兄の不器用さに兄妹はちょっと泣けてきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る