第4話 白薔薇公爵と甥
【白薔薇公爵と甥】
王国北方地域奥にある鉱山は魔力鉱石の養殖鉱山であり、王国のエネルギー産出の拠点でもある。鉱山は代々、王子の管理地であり、王子が管理官を任命して統治してきた。現在は三人いる王子の長兄、王太子になったばかりのセドリック王子が管理している。その鉱山で一月前に暴動騒ぎが勃発した。管理官の経費横領とずさんな管理が原因と噂されているが、第二王子がセドリック王太子の不正を暴くために仕掛けた、との噂も流れていて真偽は不明だ。国王が口出しをしなかったことで、王は王太子を見限ったなどと一部で囁かれている。
件の王太子、第一王子のセドリックは放蕩王子のあだ名がつけられ、よく訪れる悠久庭園領で温泉と女を漁っているという。領主が叔父の公爵なので見逃されているらしい。それもこれもただの噂である。
白薔薇公爵邸には飛行船を直付けできる係留塔が備えられている。王族の紋章を堂々と掲げた銀色の船体が塔の最上段に接岸した。上下船用扉に階段が接続されると中から扉が開く。颯爽と降りてきたのは金髪に深海色の瞳を持つ美形の青年、セドリック王子だ。従者に留まるように言いつけ、外套を翻して階段を降りる。風が吹き上げ乱された前髪を掻き上げると、憂いを帯びた瞳があらわになった。桟橋の下段にはテラスが設けられていて薔薇に溢れる悠久庭園領を一望できる。飛行船で乗り付けなければ見られない光景は貴族の憧れでもあるが、セドリックは一瞥しただけで歩を進めた。壮年の家令、クレイオが出迎える。
セドリックが案内された先は、庭を見るためだけに作ったサロンだった。窓際のソファーに座って待っていたのは悠久庭園領領主であり、セドリックにとっては叔父にあたる白薔薇公爵、アルザス・アルモリークだ。白い髪に白い肌、右半顔を銀の仮面で隠した灰色の瞳の男。白いスーツの胸元にはあだ名の由来である白薔薇が飾られている。
「大きくなったねセドリック」
老成した瞳に青年のような表情をにじませて甥を出迎える。成長期を過ぎたセドリックが見劣りするほどしっかりした体躯と身長だ。
「叔父上、俺はもう成人しているんですよ。いつまでも子供じゃないんです。認識を更新してください」
膨れるセドリックにアルの笑みは深くなる。
「私にとったら君たちはいつまでたっても幼い子供だよ。兄上は元気かい?」
年若い執事のキースがお茶を持ってきた。目元がクレイオに似ている。
アルの質問にセドリックはソファーに深く沈み込んだ。
「父上は最近部屋にこもりがちなんです。なにか悩んでいるようで、必要最低限しか姿を見せなくなりました。ほかは宰相に任せきりで」
「体調が悪いのかい?」
思いも寄らない報告に仮面の下の表情が曇る。
「気分が落ち込んでいる、と」
「そうか。私が心配している、と、伝えておいてくれないか?」
「わかりました」
沈鬱な雰囲気を塗り替えるように薔薇紅茶の香りがふわりと二人を包んだ。一口飲み込めば話題が変わる。
「鉱山の暴動の件は大丈夫なのかい?」
「俺が到着した途端に跡形もなく収まりましたよ」
肩をすくめて言うセドリックは他人事のような口ぶりだ。
実際、任命責任を問われ鎮圧のために騎士団を連れて出て行ったにも関わらず、なにもせずにとんぼ返りをしてきたので当事者意識は生まれようもない。
「なかなか手際のいい暴動だったようだね」
「傭兵を雇ったんでしょう。鉱山には国の結界があるのにどうやって入ったのか。管理官も、あとは自分たちに任せろ、の、一点張りで俺を中に入れようとしないんです。ベルアィーダ公爵が仲介に入ってくれているんですが、俺は蚊帳の外です」
それを聞いたアルは傍に控えていたクレイオに目配せをした。クレイオは入り口付近で控えているキースに目配せをし、受けたキースは黙って頷いてサロンを出て行った。
「なるほど。それで拗ねてここに来たということか」
叔父の揶揄にセドリックは頬を膨らませる。素直で幼い反応に放蕩王子の影は見えない。
「拗ねて……ますね。正直腹も立っています。でも、どうにも身動きがとれない」
「君の周りには君を利用したい人間ばかりのようだね。オスカーを頼ってみるのはどうだい? 違う派閥と縁があると聞いているよ」
「オスカーやアリィといると変な噂が出回ります。自分が無能だと言われるのは我慢できても、オスカーやアリィが標的にされるのは我慢なりません。叔父上のところに来られるのも、あなたが政治から離れているからだ」
自分の無力を嘆くセドリックは勢いに任せて薔薇紅茶を飲み干した。
クレイオが音もなくおかわりのお茶を注ぐ。
セドリックは薔薇のジャムを練り込んだケーキを摘まむ。末っ子王子で妹のアリエルが好きそうな味だ、と、苦い感情とともに飲み込んだ。
「婚約者はどうしたんだい?」
菓子は美味であるのに口に広がるのは苦みばかりでセドリックの唇は歪む。
「シュシュ公爵のご令嬢ですよ? なにを告げ口されるか」
「ずいぶんと後手に回ったようだ」
なにからなにまで知っていて、アルはあえて現実をつきつけてくる。
悪い噂は流れているが王城でも王宮でもセドリックは誰にもなにもいわれない。褒められもしなければたしなめられもしない。間違いを指摘してくれる存在はおらず、王太子だから、と、自由という名の放置を食らう。セドリックがアルを訪ねるのは、こうして自分を見つめ直すためでもあった。
「俺は、間違ったんですよね、きっと」
「間違いを悔いてもしかたない。決定的な間違いを犯しても成さねばならないことは変わらない。自分がなにをすべきか、よく考えることだ」
そういって、セドリックの背中を押すアルは、遠い目で庭を見つめていた。
「せめて叔父上が王城にいてくれればいいのに」
「おや、もう成人したんだろう? 子供のようなことを言うね」
嬉しそうに笑うアルにセドリックはまた膨れた。
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