第3話 企む奴らは暗がりが好き

【企む奴らは暗がりが好き】


 政の中心である王城は絢爛豪華だが不気味と静まりかえる一瞬がある。その一瞬を縫うようにして縦にも横にも大きな男が毛足の長い絨毯を踏み均して急いでいた。揺れる贅肉を包む服は上等。身のこなしも粗野ではない。王国三大公爵に数えられるシュシュ公爵は人気のない廊下をさらに人気のない方へと曲がり、目的の人物を見つけて歩みを緩めた。

 ことさらゆっくりと歩く宰相に並び耳打ちする。


「セドリック殿下は悠久庭園領に入ったようです」


 宰相は視線を前に据えたまま嘆息する。


「急な予定変更であの人にも困ったものだ」


 困った顔などしていない。

 それはシュシュ公爵も同じで、こちらはよりあからさまに喜色を浮かべた。


「薔薇狩りの準備は進行中でございます」


 手指を隠すようにゆったりと作られた袖の下で、宰相は指を握り込んだ。


「成功しなくても構わない。アルザス殿下に知られる事が重要だ」


「承知してございます。おまかせください」


「陛下のお望みだ。よきように」


 シュシュ公爵は頭を下げて暗がり消えていく。

 宰相は歩みを止めなかった。すでに許されざる一歩を踏み出してしまっている。宰相自身でさえももはや止められなかった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 指定された酒場に真夜が到着したのは開店前の時間だった。入るな、と、意思表示された下げ看板を無視して扉を開ければ、訳知り顔の店主が視線だけで奥の扉を指し示す。店主に習って無言で入店し、示された扉を開ければ地下に続く階段があった。階段を降りると乱雑に置かれた椅子とテーブルに、思い思いに座る男が三人。酒を出すために作られた小さなカウンターに寄りかかっている男は、真夜を見て手を上げた。緑青色の髪と目を持つ大男で左のこめかみに傷がある。真夜は長いこと傭兵だが、その男、フマルク以上に傭兵を絵に描いたような傭兵を知らない。

 真夜は手を上げてあいさつを返す。


「観光は楽しかったか?」


 初めて会う男たちの間を抜け、フマルクの近くに椅子を寄せて座った。


「どこを見ても花ばかりで飽きてきたよ」


 床にカバンを放って足を組んだ。


「違いねぇ」


 フマルクが頬杖を着いて人好きのする顔で笑った。

 部屋の中には傭兵だけ。依頼人側の人間は現れない。傭兵を複数集めるなら依頼人側でまとめ役を作るものだが、隠れるのが好きな依頼人らしい、と、真夜は勝手に結論づけた。


「あんたココの前はどこにいたんだ?」


 初対面の男が話しかけてくる。人見知りしていては傭兵は勤まらない。


「北の鉱山で暴動騒ぎの火付け役」


「あの謀反騒ぎに参加してたのか。儲かっただろう」


 簡単に答えた真夜にまた別の男が声をあげた。真夜は肩をすくめて見せる。


「ところがどっこい、規模がでかくなりすぎて支払いを渋られて予定の半分しか稼げてない。おまけに王城から騎士団まで出てきた」


 当初の話では少人数のグループが断続的に鉱山に入って暴動を誘発させる手はずだったが、人員の集め方を失敗したのか際限なく詰め込まれてすし詰め状態になっていた。収拾がつかないと踏んで真夜は早々に逃げ出したが、人を集めた人間の無能を散々恨んだ。


「おいおい、そりゃ火付けも火消しも失敗してんじゃねぇのか? そんなんで今回のヤマは大丈夫なのかよ」


 けんか腰で絡んできた男を真夜は相手にしない。


「今回はきっちり仕事を振ってもらえるだろうから大丈夫だろう。こういうのは適材適所だろ?」


 フマルクを見れば自信のある顔で頷いた。フマルクは人をまとめるのがうまい。傭兵にも役割がある。


「あのヤマは規模だけで質の悪い仕事だったよ」


 今まで黙っていた三人目の男が口を開いた。


「なんだよ、アンタも鉱山にいたのか? 黙ってるなんて水くさいな」


 被害者仲間の発見に真夜の声がわずかに高くなる。


「俺は外側で補給を担当していたからな」


 男のつくため息は哀愁すらにじませていた。


「補給物資、奥まで届いてないからな……」


 真夜がジト目で見れば男は眉間に皺をよせる。


「俺にいうなよ。アレだって出し惜しみされて骨折ったんだぜ」


「その愚痴、今回の仕事に持ち込むんじゃねぇぞ」


 フマルクにたしなめられて二人揃って肩をすくめた。

 同じ現場を経験した男が大げさにため息をつく。


「でかいヤマならジェラルドが出てくるとおもったんだが、本当に火付けのジェラルドは引退しちまったらしいな」


 その言葉に真夜も深く頷く。


「おかげで鎮火もグダグダでなかなかの泥沼。火付けのジェラルドってすごい人だよ」


「さて、仕事の話に入ろうか」


 止まらない愚痴が始まる前にフマルクが切り出す。話を詰めていくと、時間がなく五人集めるのがやっとだったという。人集めが得意なフマルクで五人がやっと、と、いうなら驚異の急ぎっぷりだ。五人全員が準備もギリギリの役を割り振られた。真夜が仰せつかったのは公爵邸の結界破りだった。


「結界の改変魔法が得意なんだな。稼ぎ放題だろ。盗賊でもやった方がいいんじゃないか?」


 やることも決まりそれぞれが動き出す。階段を昇る真夜に後ろから男が話しかける。鉱山暴動被害者仲間の男だ。


「傭兵は認可されているが盗賊は名乗れないだろう。結果、盗賊になることもあるけどな」


 傭兵は報酬が全てだ。命を賭けて金がもらえなければ相応の補填を自らするしかない。フリーランスの宿命だ。


「ああ、そうだな。でもそれは依頼主が悪いな」


「そうだ。依頼主が悪い。こっちは雇われだ」


 もしも今回報酬がなければ公爵邸からかっぱらおうと、二人はうなずき合った。



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