第2話 悠久庭園領

悠久庭園領ゆうきゅうていえんりょう


 薔薇の名所である悠久公爵領メモアー。治めるのは悠久公爵、または白薔薇公爵と呼ばれるアルモリーク卿だ。王国創世神話に出てくる〝命の薔薇〟降臨の地であり、王国西の小さな領地であるにも関わらず第二の王都とも呼ばれている。

 街一つ分の広さしかないが、薔薇の名産地として有名で、薔薇から作られる化粧品や薬品、薔薇を育てるための肥料、温室設備、輸送技術など、様々な分野の知識や技術が集まり大学や研究施設まである。歴史ある土地であり治める領主が代々王弟であることから歴史研究も盛んだ。

 薔薇を守るため領地全体が結界で覆われていて、許可書か悠久公爵の許可印がなければ入れない。

 厳しい入管を許可書一枚で通過した女はカバンを担ぎ直してキレイに舗装された大通りを歩き出した。象牙色の肌に琥珀の瞳。アーモンド型の目は猫科の動物を連想させ、愛嬌のある顔に怜悧そうな表情と起伏に富んだ体つきは道行く男性の目を惹く。黒く長い髪を高い位置で縛り、白シャツに革のジャケットとズボン。カバンは一つ。軽装の観光客に見えなくもはない。

 女の名前は真夜まや・ルゥ。職業は傭兵で、仕事のために王国で一番分厚い結界を通過してきた。

 領地に一歩踏み込んだ瞬間から包まれる薔薇の匂いに真夜は鼻を鳴らす。大通り沿いの商店や建物の外壁にも薔薇が飾られそこら中に花屋が並んでいる。彫刻や紋章も薔薇の意匠を施している。


「本当に薔薇ばかりなんだな」


 仕事で来たが物珍しさに真夜はキョロキョロと視線を飛ばす。王都よりも栄えている、と、言われるメモアーに入ったのは初めてだと思い出した。


「お嬢さん悠久庭園は初めてかい?」


 通り沿いの花屋の女将が初心者丸出しの真夜に声をかける。恰幅のいい女将に真夜は首を傾げた。


「悠久庭園?」


「ここは〝命の薔薇〟の降臨の地って言われているからね、メモアーっていうより悠久庭園って呼ばれているのさ。そしてこの白い薔薇は庭園の中でも公爵様の庭でしか咲かない悠久の薔薇だよ」


 大輪の白薔薇が差し出された。顔を近づけても匂いは少ない。上品にほのかに薫る程度だ。白薔薇が生けられた樽の値札をチラ見して首を引っ込める。


「他の花より高いんだな」


「当たり前さ。この白薔薇を扱えるのは白薔薇の刻印を公爵様から頂けた店だけだからね!」


 一歩下がって店の看板を見上げれば、そこにはアルモリークの文字と薔薇の紋章。紋章自体に特別な結界魔法が掛けられている。

 さすが、白薔薇公爵、なんてあだ名をつけられるだけある。商売のセンスは悪くないようだ、と真夜は勝手に上から目線で感心した。興味を惹かれて女将が差し出す白薔薇を受け取り現金を渡す。


「白薔薇は大切に扱うことにするよ」


 すぐに身につけられるように加工されている白薔薇は、特段花に興味がない真夜にでも見事だと認識できた。

 白薔薇を観察していると手元に影が差す。王家の紋章入り飛行船が上空を通過していた。


「王国一の観光地になると王家の飛行船が乗り入れるんだな」


 真夜の視線を追って女将が店から踏み出して空を見上げる。


「ああ、あれはセドリック王子だね。よく叔父の公爵様に会いに来るんだよ」


「セドリック王子……ああ、噂の」


 最近仕事でもよくきく名前に真夜は頷いた。前の職場ではタイミングが悪ければ鉢合わせしていたかもしれない御仁と、なんの因果かここで目的地がかぶってしまった。あまり喜べない事態に真夜は手の中の白薔薇を弄んだ。


「そうそう。遊び歩いてるって噂だけどね、うちの公爵様に懐いてるなら大丈夫さ」


 女将の自信が真夜には不思議に映る。


「ずいぶんとメモアー公は人気らしいな」


「そりゃ、悠久庭園は王都よりも栄えてるって言われてるからね。税金も高くないし、魔力回路の整備も万全。子供には無料で教育を受けさせてくれるし、他より安く薔薇の回復薬を分けてくださる。ここの生まれってだけで国中からうらやましがられるんだ。それを支えてくださる公爵様を悪く言う人間なんていやしないよ」


「完ぺきだな」


 それと放蕩王子の更生がどう関わってくるのかはわからないし、そこまで完ぺきだと逆にうさんくさく感じて真夜のメモアー公爵への評価が下がった。なにも知らない自分がこれなのだから敵にとっては目障り甚だしいだろ、と、心配にもなってくる。欠点を探したくなるのが人間の性なのだ。


「一目会ってみたいものだな」


 せめて見た目が醜いのなら敵の溜飲も下がるだろう。失礼極まりないことをそっと願った。


「ガーデンパーティーまでいるのなら見られるかもしれないね。公爵様は悠久庭園から出られないから、見られるならパーティーだけだ」


「公爵様は引きこもりか?」


「庭園の管理人としてここに留まってなきゃいけないのさ。それが国の決まりなんだとさ」


「貴族様も不自由なものだな。嫁に入るご令嬢も大変だろう」


「今の公爵様は独身だよ。それに代々白薔薇公爵さまは奥方を公表しないのさ」


 一言教えてもらう度にツッコミを入れたくなるがぐっとこらえた。


「それも国の決まりか?」


「さあねぇ。でも、王様の弟だから、さぞ高貴な身分のご令嬢をめとるんだろうよ。あたしたちは生活が変わらなきゃそれでいいさ」


「ま、そうだな」


 変わりたいともがく領地がある中、ここは幸せなトコロらしい。今回の仕事が領民に影響しないことを祈り、真夜は白薔薇を髪に飾った。


「よく似合ってるよ! お嬢さん薔薇と相性がいいね!」


 皮肉に聞こえて手を振って別れた。



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