君のカレーをたべたい

 絶世の美女を自称するつもりはないが、外見よりも年齢が若く見られやすいこともあってか、私は男性から好意……はっきりと言えば恋愛感情を持たれやすい。別にこれは自慢でもなんでもなく純粋な事実として、言い寄られる相手は二十歳前後の若い子が多い。それは間違いなく私の働いている職場にも原因があって、彼らからのそういう感情を受け取るたびに、やめとけばいいのに……、と内心ため息を吐く反面、嬉しい気持ちがないか、と言えばそれも嘘になる。


 その私の勤めている職場、というのが定食屋で、周辺は大学が密集するいわゆる学生街だった。リーズナブルで量も多く、そして身内への贔屓を抜きにしたとしても値段以上の美味しさは提供できているはずだ。そんないつも食べ盛りの男子学生で繁盛する店だったので、若い男性と接する機会が多いのは当然の話だった。


 そして今日も、

 ある男子学生がカレーを食べる手を止め、私に気付かれないように私をじっと見ていることには気付いていた。彼は最初、何人かのグループでよくうちの店に来ていて、周囲から「T君」と呼ばれているのが耳に残っていたので、名前は知っていた。ある時期からはひとりで店に来るようになり、その頃から私へ向ける好意の視線が顕著になった。


 ……とはいえ執拗に絡んだりするわけでもなく、雰囲気は爽やかな好青年で、私へ話しかける機会をうかがうような緊張感のある視線にも青さがあって、かわいいなぁ、と思わないでもない。だからすこし申し訳ない、という気持ちもあった。


「やっぱりこのお店のカレー本当に美味しいですよね」


 うちの店の一番の人気メニューはポークカレーだった。がっつりしたものを好む客層もあるのだろう。とにかくポークカレーが人気だ。近くにはカレー専門店があるのにも関わらず、そこよりも美味しくて量がある、と人気だった。


 一度そこのカレー専門店の喧嘩っ早い店主が、

『何、定食屋がカレーに色気出してんだ! 定食屋なら定食で勝負しやがれっ!』

 とうちに怒鳴り込んで来て、


 これまた喧嘩っ早いうちの店主が、

『嫉妬なんて見苦しい。定食屋のカレーに負ける程度のカレーしか作れねぇカレー屋なら、とっとと店畳んじまえ!』

 と怒鳴り返していたのはつい最近のことだ。


 まぁ何が言いたいか、というと、そのくらいうちのカレーは絶品であり、そのカレーを褒められるのは嬉しい。T君に「ありがとうございます」と言葉を返した時、きっと私はにこやかな表情をしていたはずだ。そこからすこし談笑して、厨房近くまで戻って来ると、うちの店主が険しい表情を浮かべていた。


「ったく。ガキが調子に乗りやがって。うちの大事なスタッフに」


 スタッフを気遣うような言葉を添えてはいたが、本心が別にあることには気付いていた。


「まぁまぁ」と私は怒る店主をなだめて、その日はT君とは関わらないようにして、その後の接客は別のスタッフにお願いした。T君と話すのは決して嫌いじゃないが、事を荒立てても仕方ない。


 それから数日後のことだ。この数日の間にうちのメニューにちょっとした変化があった。人気のカレーに新メニューを、ということで、新しくチキンカレーが追加されたのだ。


 T君はその日もうちの店を訪れて、映画が趣味だという彼は、最近観た映画の話を私に話してくれた。私は観たことのない映画だが、それは『君の膵臓をたべたい』という有名な純愛映画の話だった。「恋愛って、本当いいですよねぇ」と映画に感化されたのか、私に対して何らかの含みがあるのか。彼は何度もそんなことを言っていた。


「はい、まぁ世間話はこれで終わり。注文は決まってる?」

「いつも通りですけど、カレー、で」

「最近メニューが増えて、チキンカレーもあるんだけど、どうする? ポークにする? それともチキンにする?」


「うーん……じゃあ、ぼくは、君のカレーをたべてみたいなぁ」


 とT君が冗談ではあるのだろうけれど、それでも内心に本気で口説きたいという想いがすこし混じったような口調で言った。恥ずかしい言葉だなぁとか、結構な年上に対して馴れ馴れしいぞ、とかも思ったけど、そんなことは実際どうでもよくて、


 あぁまずい。境界線を越えちゃったかなぁ……、と焦った私は、すこし大きな声で、


「残念ながらそれはもう売り切れなんです」


 と言った。


 私がその場から厨房へと目を向けると、明らかに聞き耳を立てていたのであろうが、怒りを爆発させる寸前の表情で、指をぽきぽきと鳴らしていた。

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