探偵になれない者の末路
まるで探偵のようだ。と言っても例えばシャーロック・ホームズや金田一耕助みたいに難事件を論理的に解き明かすフィクション上の名探偵ではなく、現代日本に存在する現実的な探偵だ。まぁ簡単に言えば、浮気の調査であり、尾行である。俺だって古今東西の名探偵のように振る舞えるものならば振る舞ってみたいものだが、残念ながらそんな機会は訪れないだろう。
そもそも俺は、現代に存在する現実的な探偵でさえない。今の行動が探偵っぽいな、と比喩表現として使ったに過ぎず、俺はただのしがない青年である。しがない、というのは自己評価でしかないが、おそらく反論する者はいないだろう。哀しい話だが、俺は誰が見ても取るに足りない存在である。
そんな俺にも付き合って半年くらい経つ恋人がいる。俺には不釣り合いなほど性格と容姿に優れている、と友人に評されたその女性と交際していることを、一番不思議に思っているのは俺だった。「騙されているんじゃないか?」とその友人に深刻な表情で伝えられたこともあった。「そんなことない!」と否定しながらも激しく動揺してしまうのは、モテない男の哀しい性だ。
その恋人を、今、俺は尾行している。
一緒に暮らし始めた二ヶ月くらい前から彼女には不信感を抱いていた。何かを隠している。別に親しい間柄だからと言って、すべての情報を共有しなければいけない、とは思っていない。それがお互いの関係に亀裂が入らない程度のものであれば黙認していただろう。ただこの秘密に自分が関わっている、という確信にも近い予感を抱いてしまった以上、確認しないわけにもいかない。
いつか彼女に問い質さなければならない。そう思ううちに、時間だけが過ぎていき、焦りだけが募っていった。
尾行にいたったきっかけは偶然だった。
「友達と遊びに行く」と言っていたはずの彼女を駅の近くで見つけたのだ。彼女はひとりきりで、その姿を見た俺の頭に危険を報せる音が鳴り響いた。そして俺は彼女の後を追った。
気付く様子のない彼女は裏路地へと入り、その先にある寂れた雰囲気のアパートの階段を駆け上がっていく。浮気相手が住んでいるアパートだろうか。怪しい雰囲気だった。
彼女が入った部屋を確認すると、俺もアパートの階段を一段ずつゆっくりと上っていく。足が重かったのは、不安が兆したせいだ。もう帰ろうかな、と尻込みする気持ちを、俺は探偵だ、と心の内で言い聞かせて奮い立たせる。
暴かなければならない秘密というものは間違いなくある。だから世の中には探偵という職業が、あるいはその概念が存在するのだ。
俺は部屋の前に立つ。
鍵は掛かっているはずだ。呼び鈴を鳴らすべきか。それとも思いきってドアを叩いてみようか。そう思いながらも、ドアノブに手を回してみると意外にも鍵は閉まっていなかった。
思い切って中に乗り込むと、そこには見たことのない死体が転がっていた。
殺されてる……。なんだよ、これじゃあ俺はまるでフィクションの中の探偵みたいじゃないか、と思ったのも束の間、後頭部に痛みが走る。
意識が朦朧となり、真っ暗になった世界で声だけが聞こえる。
「もうひとり殺しちまってるんだ。ふたりになったところで変わらねぇよ。どうせ捕まったらすべてが終わりなんだ」
「ねぇ彼には手を出さないで、って言ったよね!」
「ふざけんな、状況分かってんのか。騙す側の人間が、騙される馬鹿に感情移入なんてするな」
「そうだけど……」
そうか探偵どころか、俺は最初から哀れな被害者でしかなかったのか。それでも最期に聞く彼女の言葉に一抹の救いを受け取りながら、俺は永遠の眠りにつく時を待った。それは取るに足りない人生を送って来た俺にとっての、せめてもの――――。
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