未来、嘘、あるいはお金の話
これは今よりもずっと未来のお話……。
今日私がお話したいのは、私たちがSFでしか見たことのないものの多くが実現可能になっているらしい、そんな未来のお金の話です。
その世界ではキャッシュレスの普及に伴って、もう現金通貨――いわゆる、お札や硬貨のことですね――が存在していないんだそうです。もちろん世の中から消え去ったわけではなくて、お金としての効力を失った、という意味です。まぁでも今の私たちの時代を見回しても、そうなるのは自然な流れかもしれません。
なんでも特定の期間に現金通貨をデジタル通貨に変更できなければ、もうその従来の通貨は何の価値も持たないゴミでしかなくなり、期間を過ぎてしまったその世界のトイレではトイレットペーパーの切れ端と一緒に捨てられていて、誰も見向きもしないそうです。……というか、そんな世界でもちゃんとトイレットペーパーがあるのに、すこし安心しますね。
どの時代の、どこの世界でも、変わった人物、というのはいて、そんな不要になった現金通貨だった物を集めている青年がいたそうです。彼はかなり貧乏だったみたいですが、ゴミをいくら増やしても、お金持ちにはなれません。彼が集めているのは古い通貨ばかりでしたが、痛みの状態などに気を配っている様子はなく、マニアやコレクターという言葉が不似合いに感じたので、変わった人物、という表現を使わせてもらいました。
名前は分からないので、仮にTくんとしておきましょう。
Tくんは落ちているお金まで集めたりするような人物で、彼の住んでいる部屋がゴミ屋敷化して異臭騒ぎが起こったこともあり、周囲からは不審がられていました。
ただの物好きな変わり者にしか見えないTくんですが、実はその行動には秘密があったのです。
そしてついにそのお金が必要となる日が訪れました。その日、彼はアタッシュケースに持てる限りのお金を詰めて、ある建物へと向かったのです。
その建物で彼を待っていたのが、とある老人でした。彼も変わり者と評判で周囲からは煙たがられていましたが、豊富な知識と発明への情熱は本物で、彼は〈博士〉を自称していましたが、それに反論する者もいませんでした。〈博士〉を自称していますが白衣に身を包んでいるわけではなく、いつもスーツ姿だったらしく、それが余計に印象的ですね。
名前を明かすことはできないので、仮にS博士としておきましょう。
登場は遅くなりましたが、今回の主役はこのS博士です。
「先生、お約束のものを持ってきました」
開口一番、TくんがS博士に言いました。先生、というのはもちろんS博士のことで、Tくんは彼の信奉者だったのです。信奉者なんて彼くらいしかいなさそうですが……。
「よし、よくやった」
S博士がそう答えると、Tくんを地下まで連れて行きました。地下にはシャッターがあり、それを上げると、そこには平均的な人間の三倍くらいはありそうな巨大な機械がふたりを見下ろすように存在していたそうです。
S博士はなんとタイムマシンを作っちゃったのです。
その未来の世界の技術でも絶対にできない、とされるものだったみたいで、TくんのS博士への尊敬はさらに増したらしいです。
「やった、これで過去に戻れば一生遊んで暮らせるぞ」
そう、そのお金は、過去に戻って再利用するために集めたものだったのです。
喜んだのも束の間、Tくんは後頭部を殴られて、気絶してしまいます。犯人はもちろんS博士です。S博士は自分自身とTくんの持ってきたアタッシュケースをタイムマシンに乗せると、過去へと向かいました。最初からTくんは手駒でしかなかったのです。
S博士は未来の知識をひけらかすことで絶対的な名声を得ようとしたのです。名声を得れば自然と富も付いてくるとは思っていたものの、備えあれば憂いなし、ということで過去でも使えるお金をTくんに用意させたのです。
そしてS博士は未来からの来訪者として、私たちの時代を生きるひとりに成り済ましたのです。
彼は絶対的な名声を手に入れたのか、って? どう思いますか?
もちろん話はこれで終わりではありません。
嘘は残念ながらばれてしまうものです。S博士はその年よりも後に製造された硬貨を使用してしまい、その硬貨に不審を抱いたレジの店員が警察に連絡し、S博士はお金を偽造した罪で捕まってしまったのです。未来のお金とはいえ、その通貨は本物なのでばれても足が付かない自信があったそうです。確かに不可解な出来事過ぎますからね。「まさかレジの段階でばれるとは……」と悔やんでいました。監視カメラに映ると、顔が分かってしまいますから。
私は彼の弁護士としてこの馬鹿げた話をどこまで信じるべきかひどく迷っているのです。嘘と断じるのは簡単ですが、ただこの現代で通貨を偽造しようとする人間が製造年を誤るでしょうか。
すみません。こんな話を。私もこんな不思議な出来事に遭遇するのは初めてなもので、誰かに聞いて欲しかったんです。
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