第367話 12月24日(……似ているけれど、何もかも違うんですね)

 父が買ってくれたケーキを家族で食べ、クリスマスは慎ましく終わった。


 部屋に戻ってからは勉強、勉強、また勉強。

 ノートに引かれた罫線の上へ、ひたすら文字を走らせる。

 びっしりと解答で埋め尽くされたページは、真っ黒い雪が降り積もったようにも見えた。


「ふぅ……」


 鉛で出来た雪原を閉じた途端、細い溜息が漏れる。

 集中力が切れたせいか、急に寒くなった気がした。


(……どれくらい、集中してたんだろう?)


 ちらりと時計へ目を遣ると、背の低い針は『11』に寄り添っている。

 日付が変わるまで、もう一時間もなかった。


「…………」


 そろそろかなと、考えながら立ち上がる。

 窓へ歩み寄ってカーテンを開けた途端、道理で冷える筈だと思った。


「……雪だ」


 暗幕を張ったような空の中に、白い輪郭がいくつも浮かんでいる。

 羽毛みたいにゆっくり落下していく様子を目で追うと……もう、屋根に薄っすらと積もり始めていた。


 今年はいわゆるホワイトクリスマスになるのだろう。


(……ロマンチックなことですね)


 しかし、心のどこかで、『自分には関係ないことだ』と感じながら、スマホを手に取る。

 そして、彼へのメッセージを打ち込み――、


「…………」


 ――送信する直前、彼の家をちらりと見てから……カーテンを閉じた。


 さて、ここからは時間との勝負だ。


 コートの袖に腕を通し、彼からもらったマフラーも首へ巻く。

 家から出る前に母へ一言告げ、玄関のドアを開けた。


 一歩外へ踏み出した瞬間、冷たい風に頬を撫でられる。


「……寒っ」


 思わず声が漏れた刹那――去年は、マフラーさえ巻かずに家を飛び出したんだと思い出した。


(……マフラーをしてる分、今年は成長してるよね?)


 胸中で呟いた独り言は他人の耳には届かない。

 だから――、


(ガキっぽいのはあんまり変わらないけどね)


 ――と、自分で返事をしてから歩き出す。


「…………」


 彼の家からは死角になる道を選んで、ひとまず駅へ。

 だが、電車に乗るつもりなどなく……実はどこへ行くかも決めていなかった。


 けれどすぐに、『そうだ』と思い付く。


 去年、彼に見つけられた場所へ行こう。

 どこへも行けずに辿り着いた場所から私は……私達はまた始めるんだ。







 今日、この日は……色んなことが去年と似ている。

 でも――、


「……やっぱりな。絶対、ここにいると思った」


 ――彼が現れた時、ツリーを飾っているコンビニの前で飲んでいた缶珈琲は……去年よりも、温かかった。


 それに、今年は雪がつもっている。

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