第366話 12月23日(……決めた。私のほしいもの)

 明日は終業式だ。

 冬休みの訪れとクリスマスが重なったせいか、クラスメイトはみんな浮足立っていた。

 でも、例外はどこにでもいる。


 防寒の仕上げに首へマフラーを巻く途中、つい溜息がこぼれた。

 湿っぽく背中が丸まる様子は、越冬の準備を怠ったキリギリスと重なるかもしれない。


「……リクエスト、まだ決まってないの?」


 茉莉の声に頷いた直後――、


「もういっそ、物じゃなくてもよくない?」

「……え?」


 ――夕陽が放った一言は、凝り固まっていた思考に一筋のヒビを入れた。


「それって、どういうこと?」


 どこか呆けながら訊ねた所、夕陽は冗談ぽく言葉を紡いでいく。


「えっと……例えば、『クリスマスの夜に、あなたの時間をください』みたいな?」

「ちょっと、まさかちなに、『一緒に居られるだけで嬉しい』なんて言わせる気?」


 「ダメなの?」と首を傾げた夕陽へ、茉莉は「真面目に考えなさい」と返す。

 それは友人同士で行うおふざけの筈だった。

 でも、私は――、


「……ちな?」


 ――大真面目に考えた結果、クリスマスへ向けてエンジンを掛けたのだ。


「ごめん、先に帰るね」







 別に、恥ずかしい台詞を言いたい訳じゃない。

 でも、私が彼からもらいたかったのは……ずっと物じゃなかったんだ。


 クリスマスプレゼントなんていらなかった。

 お年玉なんてもっての外だった。

 誕生日プレゼントは……流石にいらないなんて言い切れないけど――ただ一言、『おめでとう』と言ってくれるのなら、物なんて欲しがらなかった。


 だって、私が欲しかったのは――もっと特別なだ。


 いつも、傍にいて欲しかった。

 ずっと、大人として見て欲しかった。

 いつか、気持ちに気付いて欲しかった。


 それに、私が嬉しかったのは物をもらった時じゃない。


 私が剣道をやめてはいないと言ってくれたこと。

 私を信じて進路は一人で決めさせてくれたこと。

 私と離れるのを寂しいと感じていてくれたこと。


 もらって特別嬉しかったのは、いつだって物じゃないものだった。


 だけど、『でも』とも思う。


 例えば、珈琲を淹れてもらうのは嬉しかったな、とか。

 マフラーをプレゼントされたのだって、本当は少しだけ嬉しかったのに、とか。

 子どもっぽくて素直になれなかっただけで、何かをもらう時だって、本当は嬉しかった。


 でも、それってつまり結局は全部……あなたが傍にいてくれたからこそ成り立つ訳で。


 その瞳へ、私を映してくれる瞬間が重なっていくこと……そういう時間が特別、好きなんだ。

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