第364話 12月21日【妹離れと色付きリップ】

 実は、妹と一緒に色付きリップを使ったことがある。

 唇を薄桃色に染めた直後、興奮した様子で「お姉ちゃん可愛い!」と羨ましがられたのだ。

 最愛の妹から褒められ、有頂天にならない筈はない。

 すぐさま陽菜の唇を薄桃色へと染め上げ、そのまま二人で登校した。


 ……この日に見た妹の顔は今も忘れられない。


 当時、あたしは薄桃色の唇が学校でどう見られるかなんて……深く考えなかったのだ。



 透明なリップを差した口から溜息がこぼれる。


「まだ決まってないの?」


 じとりと見つめた途端、ちなは慌てて目線を逸らした。

 この子は、明明後日しあさってがイブだと知らないんだろうか?


「少しはうちの妹を見習ったら? 陽菜なんて、一か月前から親とあたしとサンタに『コレが欲しい』って手紙書いてたし」

「……陽菜ちゃん、まだサンタ信じてるの?」


 再び目が合った親友へ、「そんな訳ないでしょ」と肩を竦めて返す。


「あの子はプレゼントの数を減らさないために気付かないふりしてるだけよ」


 しかし、呆れるあたしとは対照的に、親友は感心した様子で頷いた。


すごいね、陽菜ちゃん」


 これを大真面目な顔で言うのだから、本当に困ってるんだろう。


 再度、溜息をこぼしつつ、胸中で『仕方ないな』と呟く。

 そして、お兄さんにお願いリクエストする前の踏み台になるつもりで、「ねぇ、あたしからのプレゼントは何が良い?」と訊ねた。


「え? 別に、何でも」


 ぷつん、と何か切れる音がする。


「……智奈美?」


 特別低い声で名前を呼ぶなり、ちなの肩がびくりと震えた。


「……な、何?」


 本気で怒った訳でもなし……その驚いた表情で今日は満足しよう。


「何でもない。それより、ちなが何をあげるのかは決まってる?」


 てっきり、こっちでも悩んでるのではと心配していたのだが、


「それはもう決まってるけど?」


 予想外の返事が来る。


「そうなんだ?」

「ん。茉莉のも決めたよ?」


 つい、嬉しい気持ちが顔を出す。


「へ、へー……ちなみに何か訊いてもいい?」


「うん。色付きリップにしようかなって……ただ、どんな色がいいかはわからないから、買う時は付き合ってね」


「それはいいけど、どうしてそれ色付きリップにしたの?」


 首を傾げると、ちなは微笑みながらこう告げた。


「だって、来年から一人暮らしだし……茉莉に使ってほしいなって、思って」


 ちなは無色のリップを使う訳を知っている。

 余計なことをと思う反面……気遣いが嬉しくもあり、


「その、ありがと」


 なんというか……少しだけ0,000000001mm妹離れが進んだ気になった。

 


 

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