第365話 12月22日

 今、彼女は背伸びをしている最中だ。

 けれどそれは、浮足立うきあしだっている訳ではない。


 ちなは大人になる一歩を踏み出す前に……これから見る景色を、踵をあげて覗いているんだろう。

 でも、あの子はまだ子どもなんだ。



 部屋の窓から夕日が見えたので、『今日はもう来ないな』と思う。


 その後、珈琲を飲もうと食事室ダイニングへ向かうのだが……淹れる手間が一人分なせいか、どこか物足りなかった。


(慣れないとな。ちなが卒業したら、じゃ済まなくなる)


 心なしか、口に含む珈琲が普段よりも苦い。

 しかし、カーテンの隙間から月明かりが入り込み始めた頃――スマホに通知が入り、感傷的な気持ちはなくなってしまった。



『今から、友達の家まで迎えに来てください』




 車へ乗り込むと、また一件の通知が入る。

 スマホを確認した途端、『本当に二人は似た者同士だな』と思った。


『駅まで迎えに来て! 今すぐ!』


 一瞬、断ろうかとも考える。

 だが、駅で待ち合せるならちなを迎えに行く過程で拾えるだろう。


 だから、『了解です』と返事をしたけれど……駅に着いた瞬間、後悔が生まれた。


「こっちこっち! 早く! 店が閉まっちゃう!」

「店?」


 腕を引っ張られながら、「どういうことですか?」と訊ねる。

 すると――、


「ちーちゃんへのプレゼントまだでしょ! もしもの為に買わせとこうと思って!」


 ――などと言ったので、無理やり車に押し込めた。




 バックミラーで確認すると、先輩は不満そうに頬を膨らませている。


「だって、直前に何か言われても間に合わないかもしれないでしょ?」


 つい、確かにと頷きそうになった。

 だが、『待ってほしい』と言われて、待たない訳にはいかない。


「けど、ここで隠れて何か買ってしまったら……ちなは本気で怒ると思いますから」

「……それは、そうかもしれないけどさ」


 不機嫌そうに結ばれた唇。

 それは、ちなと会うまで開かれることはなかった。



「わざわざ、ありがとうございます」


 会釈するちなに後部座席を指差す。

 直後、彼女の表情が柔らかくなった。

 どうやら笑顔を取り戻した彩弓さんと目が合ったらしい。


 それからすぐにリアドアが開いて閉まる。

 さっそく車を出そうと思った時――こんこんと、茉莉ちゃんに窓硝子ガラスを叩かれた。


「少し、いいですか?」


 窓を開けるなり、顔が近付いて来る。

 「何かな?」と首を傾げた所――、


「ちなのこと、ちゃんと待っててあげてくださいね」


 ――どこか大人びた口調で告げられてしまった。

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