第361話 12月18日(いや、まあ……訊いた私が悪いんですけどね?)

 夕食後、量の減った缶チューハイ片手に彩弓さんが「で!」と口火を切った。


「最終日に何を作るか、もう決めた?」

「……いえ、まだ考えてませんでした」


 返答するなり、朱色に染まった頬がテーブルへと押し付けられる。

 「えー……」と不満を漏らす仕草は、拗ねた小学生みたいだ。


「皆でご飯食べるの、明日で最後かもしれないんだよ? どうせなら、ちょっと特別なご馳走にしたいなぁ……とか思わない?」


 指先で缶のふちをなぞりながら、だんだん声に甘さが増していく。

 テーブルへ寝そべったまま上目遣いになる様子は、お腹を見せる猫っぽくもあった。


 けれど――、


「思わないですね」


 ――要求が退けられた途端、彼女は勢いよく上体を起こして、「嘘っ、何でっ?」と吠える。

 しかし、


「何でも何も……そのご馳走、作るのは私一人なんですよ? だいたい、ご飯会は二人から習った料理を、きちんと作れるようになったか両親にお披露目するための場だった筈でしょ? 『ちょっと特別なご馳走』なんて、教えてもらいましたっけ?」


 淡々と反論を終えた直後、彩弓さんはしぼんだ水風船のように項垂れてしまった。

 そして、見守り態勢だった彼が、ここに来てようやく口を挿む。


「ほら、彩弓さん。そんな子どもみたいに拗ねていないで……ここはの成長を見守る所では?」


 どことなく学校の先生を思わせる口調だった。

 つい、『また子ども扱いして』と頬を膨らませたくなる。

 でも、そんな私と対照的に彩弓さんの機嫌は直りだしたようだ。


「もう、言われなくてもちゃんとわかってるてば。ただ、酔った勢いで言いたくなっちゃっただけ……それに、ちーちゃんの作る料理ものなら何だってご馳走だしね」

「……彩弓さん」


 しばらく、静かに微笑む彼女の横顔を見つめていたのだが……時計の針が進むごとに、恥ずかしい言葉を聞かされたのだと理解し始めてしまう。

 だから、思わず俯いて目線を逸らしていたのだけれど――、


「…………」


 ――唇を結んだままテーブルの角と見つめ合う内に……気が変わった。

 顔を上げ、二人のに向かって、「あの……」と前置く。


「ご馳走は無理かもしれないですけど、二人のリクエストを聞くくらいなら……できるかなって思うんです」


 すると、彩弓さん達は互いの顔を見合わせ――、


「それなら、グラタンにしようかな?」

「じゃあ、オムライスが食べたいかも」


 ――仲良く声を重ねたのだが……その結果、まるで共通点のないリクエストが並んだ。

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